良い最後。


 

 生き残れたらこの陽電子脳ブレインボックスを売り払って人生逆転出来そうだけど、普通だったらもう、ちょっとやそっとじゃ這い上がれないし。

 

 生き別れた母なんか何処にいるのか知らないし、父も死んだし、頼れる身内も居ない。当たり前に死んで行く孤児が、当たり前に死んで行く。ただそれだけの事だ。

 

 それでも、死ぬ前に野生のバイオマシンに乗って、天然の陽電子脳ブレインボックスそのままで操縦するなんて、凄い体験までしてから死ねるんだ。めっっっちゃくちゃ幸せな最後じゃん。あの世でクソ親父に自慢出来るじゃん。

 

 御伽噺よりちょっとマシくらいの確率らしい、野生そのままのバイオマシンが、僕の操縦で動いてくれて、しかも元気なバイオマシンと戦って、しっかり勝てたんだ。最高じゃん。

 

 子供残して死んだ馬鹿な傭兵の息子の最後としては、最上級の最後じゃないか。

 

 よし、死んだらクソ親父に自慢しまくって煽り散らしてやろう。そうしよう。


「…………でも、君はダメだ。君が死ぬのは嫌だ。凄く嫌だ。僕があの世に持ってく幸せな想い出が、そんな悲しい最後だなんて嫌だ。凄く嫌だ。絶対に嫌だ。何がなんでも嫌だ。ほんの少しも納得出来ない」


 きっと古代文明では、しゃんとした軍人さんを乗せるために作られたのに、薄汚れた鉄クズ漁りの、バイオマシンの死肉を漁って食いつなぐ卑しい現代人の操縦を受け入れてくれた。

 

 こんなみすぼらしい孤児を乗せて、ボロボロの体で勇敢に戦ってくれた。

 

 僕がなんの相談も無く飛び出して、敵のコックピットに乗り移っても、まるで裏切って乗り換えた様に見える行動をしても、エネルギーが切れる最後の最後まで戦ってくれた。命を振り絞って、信じてくれた。背中を預けてくれた。

 

 こんな子供が、野生のバイオマシンに乗って、バイオマシンと戦って、華々しい初陣で見事勝利する。こんな素敵な大戦果贈り物を僕にくれた。

 

 間違い無く天使だし、控えめに言って女神だよ。……やっぱり天使で。天使の方がなんか可愛いし。

 

 僕は、この子が死ぬ事だけは認めない。文字通り、死んでも、絶対に、絶っっっ対に認めない。

 

 明日も明後日も、陽に焼かれながら日銭を稼いで、僅かばかりの水を買う。そうやって食い繋いで、何時いつまで続くか分からない、緩く深いこの地獄。

 

 それがまた明日も、明後日も続いて行く。そんな日々を彩る、心の底から楽しくて幸せで、誇らしい想い出が出来た。

 

 怖かったけど、マジで楽しかった。勝てて嬉しかった。昨日までのクソみたいな毎日が、明日も明後日もずっと続くくらいなら、本気で今日この時が最後で良い。そう思えるハチャメチャ楽しい経験だった。

 

 僕はもう多分、どうにもならないけど。きっと、父が死んで一人になったあの日からずっと、僕は死んでるのと変わらなかった。

 

 なのに、そんな僕に、このクソみたいな人生の最後に、こんな最高のプレゼントをくれたこの子が死ぬは、嫌だ。

 

 絶対に嫌だ。それだけは嫌過ぎる。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 どうせ今から町に向かっても間に合わない。出血か脱水か、どっちにしろ僕は死ぬ。絶対に町まで辿り着けない。

 

 マジで血が止まらない。なんか大きな血管でも切ったかな。にしては長持ちしてる気もするけど、この陽射しの中なら大差ない。

 

 この止まらない癖に中途半端な出血量が、まるで昨日までの僕の毎日だ。緩くて終わらない死への道。本当にクソだったな僕の人生。

 

 母は多分どっかで生きてるっぽいから、正確には僕って孤児とは言わないのかもしれないけど、でも何処にいるか知らないし、実質孤児で合ってるよね。

 

 一山いくらの孤児が、ゴミみたいな人生が明日からも続いてゴミみたいに死んで行く孤児が、最後にクッソ楽しい経験させて貰った。

 

 本当に感謝だ。さっきはバラそうとしてごめんね。本当にごめんね。


「いやぁ、良かったぁ」


 母の顔も思い出せない歳に家族が別れて、傭兵でろくでなしの父親にアチコチ連れ回されて、最後は寄りにもよって砂漠の町なんて言うクソ難易度の場所に置いてかれたまま先立たれて、マジのガチでゴミみたいな人生だったけど。

 

 だけど、こんな人生だったけど、僕は最後に納得して死ねるんだ。いやもう、本当に感謝だ。天使。本気で天使。


「だから、もうどうせ死ぬんだから……」


 流石に突然過ぎたけど、本気で血が止まらないし、もう助からないって分かるし。寒いし。自分の最後にめちゃくちゃ納得出来る幸せを貰ったし。


「だから僕の命、君にあげるよ」


 思い付いたよ。

 

 天使が助かる方法。


「そうだよ。簡単じゃん」


 バイオマシンは、陽電子脳ブレインボックスが本体だってクソ親父が何回も言ってた。酒に酔ってベロベロになって、何回も何回も同じ事を言うんだ。

 

 あのクソ親父マジで死ね。いやもう死んでるんだけどさ。

 

 でも、クソ親父に植え付けられた知識のお陰で天使が助かる。だからコレだけはめっちゃ感謝してやろう。マイナスと相殺してもマイナスの方が大きいから結局ギルティだけどね。


「そう、そうだよ。陽電子脳ブレインボックスが本体で、機体を乗り換えても良いんだから、めったゃ簡単じゃん。だってそこに、死にたてホヤホヤが居るんだもん」


 だから僕が、この子の陽電子脳ブレインボックスを、ついさっき魂を引っこ抜いて空になった機体に、ササッと移植すれば良い。


「……僕、ちゃんとした整備とか知らないから、新しい体も乱暴に開けちゃったけど、そこはバイオマシンの自己回復能力で何とか、こう、良い感じでお願いね!」


 よし、やるぞ!

 

 幸い、新しい体の方はもう、コイツを取り出す為に開けた道がある。だから後は天使の魂をボロボロの体から引き抜くだけだ。

 

 こっちの体は二度と使わないと思うし、魂に傷が付かない様に気を付ければ、他は乱暴に壊しても大丈夫なはずだ。速度最優先で。バリバリ行こう。

 

 天使も凄い弱ってて、最後も力を振り絞ってくれた。陽電子脳ブレインボックスも弱ってて時間が無いかもしれない。

 

 もしかしたら時間に余裕がある可能性も、まぁ有るけどダメだ。移植が終わる前に僕が死んだら天使も死ぬんだから、結局急がないとダメだった。


「…………良く考えたら、これって死ぬ前に整備士の真似事までしてるんだよね。それも、ちゃんと動く機体で」


 そう考えると、これも凄い経験じゃ無いだろうか。クソ親父だってきっと、陽電子脳ブレインボックスの積み替えなんて経験無いと思うし。

 

 ははっ、天使のお陰で僕の最後がどんどん華々しくなっていくぞ。最高の死に様だ。天使は本当に天使だなぁ。どんどん好きになって行く。


「野生のバイオマシンに乗って、初めて一人で操縦して、戦って、勝って……! 何時いつも見ていた整備士の、本格的な経験までして…………」


 それで。


「最後に、恩を返して死ねる」


 ああ本当に、良い最後だ。


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