拙い手術。



 やり方は知ってる。僕ら孤児からでも生体金属ジオメタルを買い取ってくれる代わりに、ちょっとだけ買い叩くオジサンから教わった。

 

 丁寧に、慎重に、終わった後に元の状態へと戻す前提での作業なんか知らないけど、装甲を剥ぎ取って乱暴に陽電子脳ブレインボックスを引っこ抜くだけなら、僕にも出来る。

 

 工具を装甲に突き立て、大きな留め具を塞ぐカバーをバキッと外して、どんな仕組みなのかも分からない留め具も乱暴に外して行く。

 急げ、急げ、急げ。

 

 十分で終わらないと意味が無い。再起動したデザリアくんにぶっ殺される。

 

 剥いで、剥いで、剥いで、取って、向いて、退けて、抜いて、捻って、逸らして、外して、滑って、引いて--……。


「ああああああ意味の分からないケーブルとクソデカアクチュエータが邪魔ぁああッッ! でもケーブル切るのはダメぇえ! アクチュエータ壊すのもだめぇー! うねうねしてるパイプも意味わからんんンンンッッ……!」


 壊す気でやってるけど、本当に壊すのはダメだ。変に力が掛かってるパーツとか、バチィッて弾けて僕に向かって来たら、下手すると僕が死ぬ。

 

 ダウンさせたけど生体金属心臓ジェネレータはまだスタンバイモードで動いてるんだ。そんな機体の中でめちゃくちゃやったら、マジで死ぬ。

 

 ああ時間が無い。時間が無い。この場所から外すのが最短ルートだったはずなのに。焦ると時間の感覚が分からなくなってくる。

 

 もう何分経った? まだ一分? もう五分? それとも十分リミット


「あっあっあっ、あった! あったぁぁあッ! 陽電子脳ブレインボックスッッ……!」


 ぐちゃぐちゃしてたり、うねうねしてたり、ギチギチガチガチしてるデザリアくんの中を弄くり回して、やっと辿り着いた中心部。

 

 何となく、サソリの後頭部ってこの辺? みたいな場所の中心にある、ガッチガチに硬そうで色んなケーブルやパイプに繋がった箱。

 

 僕は慎重に、その箱に工具を差し入れる。必要な金具を必要なだけ外して、この箱の中にある陽電子脳ブレインボックスをゆっくり取り出す。

 

 それは、堅牢な宝箱の中に仕舞ってあった、不思議な箱。

 

 僕が膝を抱えて座ったくらいの大きさがある箱で、正四角形の立方体。

 

 外側の素材は透明で、多分キャノピーなんかと同じ様な素材なんだろう。中にはオレンジ色でキラキラした謎の液体がうねって見える。その液体の粘度は高そうだ。

 

 もう正直、この箱を叩き割ってデザリアくんを完全にぶち殺したい衝動に駆られる。僕達を殺そうとしやがって。お陰で血塗れなんだぞ。と言うか血が止まらなくてちょっとマズイ気がして来たんだぞ。

 

 血液だって水分には違いないし、砂漠のど真ん中でこんなに血を流して水分を失うとか、実質もう僕って死んでるんじゃないの?

 

 …………あれ、僕これマジで死ぬんじゃないッ?


「ぐぅぅ、叩き割りたい……! けど一○万シギルぅ……!」


 葛藤かっとうの末、僕は我慢した。僕のイライラよりシギルの方が尊いし価値がある。孤児はそれを良く知ってるんだ。


「……よし、急げ急げ急げ!」


 僕は本体を引っこ抜かれて実質死亡したデザリアくんの体内から、新鮮で元気な陽電子脳ブレインボックスを抱えて外に出た。実質死んでるなんて、デザリアくんってば僕とお揃いだね。ふふ、許さないからね。怨むからね、君の事。

 

 とは言え、これは大事な飯の種。座った僕くらいに大きいのに、思ったより軽くてビックリするけど、そんな事より一応の保全として陽電子脳ブレインボックスに布を巻く。

 

 使う布は僕のターバンだ。無事な布がこれしか無いんだ。服はコックピットを出る時に切ってズタズタだし。本当に怨むからね。

 

 ……いや本当に血が止まらないんだけど。え、死ぬ? 僕、死ぬ?


「ま、まぁそんな事より! ねぇ見て! 勝ったよ! ほら、君と僕の勝ちだよ! 万全なデザリアを、一緒に倒したよ!」


 まず勝利報告。この勝利は、親友の力あってこそだ。この子が居なかったら勝てなかった。

 

 まぁ、そもそも出会わなかったらこんな目に遭わなかったんだけど、でもお陰で一○万シギルで売れるブツが手に入ったんだから怨んでない。

 

 と言うか僕が瀕死の親友へ勝手に近付いて、一方的に殺そうとして、勝手に巻き込まれだけである。

 

 親友は完全なる被害者だ。デザリアくんは間違いなく加害者で、僕も加害者で、親友だけが完全に被害者。

 

 むしろ、一時は親友をバラそうとしてた僕なんかに協力して、命懸けで戦ってくれた。性格が天使過ぎる。砂漠の天使だ。この過酷な環境にも天使は居たんだ。なんか感動して来た。

 

 え、マジでこの子天使じゃない? 凄い良い子じゃん。


「あっあっあっ、ダメだ、ダメだよ。やっぱり君は死んじゃダメだ。こんな良い子が死ぬとか有り得ない。君みたいな天使が死ぬべきじゃ無い。この場で死ぬべきクソはコイツと、僕なのに」


 血みどろのまま、ターバンでぐるぐる巻きにした陽電子脳ブレインボックスをシェイクする。

 

 コイツめ、分かってるのか。砂漠の天使をイジメやがって。許さないからな。お前なんて整備屋に売り飛ばしてやるからな。


 専用施設で初期化されてクソみたいな傭兵に買われてしまえ。


「僕も、ちょっと本気で血が止まらなくて、ヤバくなって来た。砂漠で寒気がするとか、本気で死ぬんじゃないかなコレ」


 ………………うん。これ、死ぬな。本当に死ぬな。これもう助からないな。寒くなって来た。

 

 まぁ、良いか。どうせ僕、孤児だし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る