失声症の筆談令嬢と、失読症のワガママ王子

如何ニモ

失声症の筆談令嬢と、失読症のワガママ王子


 恋はショコラトルのように苦く、シャルカラのように甘い。

 口溶けの良さに、もっともっとと唇を啄みたくなる。


 澄み渡る紺碧の夜空に並んだ星々が照らす、ロココ様式を極めた荘厳華麗なカルディナ宮殿。今宵も若い貴族の子息子女たちが、小鳥のように賑やかに交わる社交場。

 精緻に作り込まれた巨大なシャンデリアの灯りの下で、贅沢を極めた宮廷料理と豪華なドレスやスーツに身を包んだ若者たちが、各々会話をしたり、時には踊りを興じてみたり、物陰で男女の愛を囁いている。

 演奏家たちの優雅な音楽の奏を聴きながら、青色を基調とした絹のロングドレスに身を包んだ私は、中心から離れて一人椅子に座りワイングラスを口元に傾けていた。

 

「あの、よろしいでしょうか、美しきマドモワゼル? 私はサンクルー子爵の子で、名をグヴィオンと申します。あなたのお名前を聞かせてはいただけないでしょうか?」


 キザっぽい誘い文句を吐く若い男の子。珍しい、私に話しかけてくる男がまだいたとは。

 にっこりと笑顔を作った、新品の燕尾服に身を包んだ若い殿方は私の返事を待っている。

 けれど、私は軽く会釈をするだけで返事をしない。そもそも、返事が出来ないのだ。


「……………」

「その……お気に触ったでしょうか?」


 困った表情を浮かべる彼に対して、私はハンカチを取り出すように、手に持っているメモ帳を差し出して答えた。


「ふむ、『私の名はローレイン・ド・アルサケス。アルサケス公爵令嬢。そして、言葉を話せないため、筆記でしか話せません』……あ、あはは、そうでしかた。それは失礼」


 男は苦笑いを浮かべ後ずさっていく。この反応は見慣れたもので、失声症の障害を持った私は腫れ物のように扱われてきた。家族にも、召使いにも。文字でしか意思疎通が出来ない私は、自他ともに認める面倒な女。

 去り際の彼に近づいた取り巻きの男は、私に聞こえるような声でこう言うのだ。

 

「やめておけ、グヴィオン。あのご令嬢はいつもああなのだ。社交界に来ては結婚相手を探すこともなく、ただ隅っこに座って社交場を眺めているだけ。美しい見た目だが、話もできないんじゃ相手にするだけ無駄さ。この宮殿に飾られた人形のようなものだと思っておけば良い」


 ケラケラと軽い嘲笑の声。たとえ私が聞こえていたとしても、声を荒らげて抵抗しないことを皆知っている。だから、私のような20歳にもなる年増に対して、直接陰口を叩いて煽りに来る者もいた。

 

「あらあら、結婚する気もないくせに、社交場に顔を出してるだなんて。殿方に話しかけもせず、ただのうのうと人生を浪費しているだなんて、なんて優雅な時間の使い方なんでしょ。ああ、申し訳ないわ、あなたは声をだすことが出来ないんだものね。くくくっ……」

「公爵令嬢という恵まれた身分ですから、行かず後家でも大丈夫なんでしょうね。ああ、なんて羨ましいんでしょ。きっと、ご兄弟のお子様や夫人に対して口うるさい姑になるのがお似合いでしょう。あら、ごめんなさい、ローレイン嬢は口が聞けないのでしたわね」


 やいのやいのと羽虫のように、私の神経を逆撫でするような言葉を吐いてくる。だが、私は別に言い返す気もないが、腹が立たないわけでもない。だが、憤ったとしても、それに屈して涙を流すのも勿体ないし、私はただ人形のように佇んでいるのがお似合いなのだろう。

 社交場は出会いの場であり、私のような許嫁を持たない貴族の男女にとって重要な婚活の場だ。男は独身でも潰しが効くが、女は結婚適齢期になれば必死に旦那を捕まえないと体裁が整わない。家柄もよく相性の良い男性を必死に探さないと、職を持てない貴族の女は家のお荷物にしかならない。

 だからこそ、ここにいる女は必死に結婚相手を探さねばならないから苛立って仕方がないのだ。そのストレスを物言え無い私にぶつけているだけだと考えると、哀れみで少しは溜飲が下がる。

 

 古今東西、貴族の女の唯一の仕事は結婚。そして、旦那に尽くして子供を作り、家紋に傷をつけぬように振る舞うだけの人生。そんなつまらない人生のスパイスとして、愛人を作るのも常識。

 私の母もそういう女だった。王族の娘であり、私と似て容姿の良い美女だったため引く手あまた。父とは許嫁で結婚したのにもかかわらず、母は愛人との関係にのめり込んでいた。

 

 声を失ったのは、私が12歳の頃。

 

 母親が愛人との情事を行っていたのを目撃してしまい、あまりのショックから私は声が出せなくなったのだ。だが、父は母が不倫していたことを認めていたし、それが貴族の女の生き方であることも多感な年頃の私には理解できなかった。

 声を失った私に突きつけられたのは、貴族の女としての価値を大きく損ねたこと。声も出せぬような面倒な女を、誰が嫁に貰うというのかという現実。父には幻滅され、母には蔑まれ、兄弟や召使いからすらも見下される青春を送った。

 そんな私でも、いやだからこそ厄介払いとして、15歳の時に父に連れられ国王陛下に謁見し、社交場へ参加するようになった。結婚相手を早く見つけて、さっさと家を出てほしいという親の意図もあるだろうが、失声症の障害を持つ私でも社交界に参加できたのは、ひとえに公爵家という権力あってのものだというのも分かってる。

 

 華々しい絢爛な社交界の空気の中、当初は声をかけてくる殿方もいたけれど、それも次第に減っていき。私は5年もの間、社交場のお飾りとして君臨していた。

  私は頭の中ではおしゃべりさんで、いろんなことを考える。けれど、それを人に伝えることが出来ないから、人形のように口を瞑るだけ。

 

 そんな、自分にも唯一、声をかけてくれる殿方がいる。

 その殿方の従者が私の元へやってきて、いつものように耳打ちしてきた。

 

「ローレイン嬢、アレクシス殿下がお呼びでございます……」



 □   □   □

 

 燭台が灯る仄暗い王宮の廊下を渡った先に、王太子のために作られた部屋がある。

 私は従者の後ろを黙々と歩き、そして私を呼ぶ殿方へと相まみえた。


「おお、よく来てくれたローレイン嬢! 余は待ちわびておったぞ!」


 馬を模した玩具や、ボードゲーム、ギリシャ彫刻や絵画などありとあらゆる娯楽で溢れている。

 その子供部屋の主は、国王陛下の末っ子にして、ワガママ王子と名高いアレクシス殿下。

 15歳の若さに美貌あふれる美青年。秋の稲穂のような美しい金髪に、くるりとした大きな碧眼。そして、愛嬌のある笑顔が似合う端整な顔つきは、人々を魅了する白鳥のような佇まい。

 

「すまぬ、今日もまた社交場であれよこれよと話しかけられていて、お主を呼ぶのが遅れてしまったのだ……退屈であったであろう?」


 アレクシス殿下との付き合いはかれこれ3年の月日が経っている。私が喋れないことを知っているし、それに対して配慮をしてくれる殿方は彼だけ。

 殿下は椅子に座った私の手を優しく握り、そして眉をひそめて申し訳無さそうな表情をしてみせる。それに対して、私はいつものように背中を擦って答えた。『問題ない』と。

 

「ふふっ、お主は寛容だのう。余であれば、構ってくれなくてふてくしていたところだ!……まっ、それは良いとして。茶菓子と紅茶を用意しておいたから、それを食してくつろぐがよい!」


 私は一切返事をしない。そして、私は自身の持つメモも使わない。

 それでも、王子は私に対しての気配りを苦とも思わず、進んで言葉を話し、そして行動に移してくれる。ワガママ王子と揶揄されていても、私にとっては居心地の良い殿方。

 

「お主に見てもらいたい絵がある。それっ!」


 殿下は部屋の片隅に置かれていた、キャンバスを取り出し私にそれを見せる。

 それは殿下の趣味である油絵なのだが、写実的とは一切言えない抽象的に描かれた湖の畔。色使いも独特で、パステルカラーを基調とした描写は朗らかさを醸し出す。とても芸術とは言えない落書きのようなものなのに、心の中を映し出したような魅力を感じる。

 

「余の新作だ! 王宮の水庭をモチーフに描いてみたのだ。どうだ、味があって良かろう!!」


 自慢気に語るアレクシス殿下に対して、私は小さく拍手を送る。

 王子は芸術や文学といったものを作るのが趣味なのだが、その独特なセンスから伝統を是とする者たちからは嫌われがちだ。けれど、私のように面白いと思う者も必ずいるだろう。


「ふふっ、お主なら気に入ってくれると思っておった。余も誇らしい!」


 自分は絵の才能が無い人間なので、自分の思うがままに筆を動かせる彼を羨ましいと思う。

 マカロンを摘みながら、少しぬるめのアッサムを口にし、王子の話し相手を付き合っていく。

 殿下が作った絵画や彫像を見せてくれたり、時には耳にした物語や自分自身の話を聞かせてくれたり。時にはボードゲームで一緒に遊んだり。私が退屈しないように、いろんな話題で楽しませてくれる。

 

 この良好な関係に私は満足しているけれど、その出会いというのは最悪だった。

 

 

 □   □   □

 

 あれは3年前の出来事、いつものように社交場の端っこで座っていると、たくさんの従者を連れた若く活気な男の子が声をかけてきた。ふんぞり返った態度は、いかにもボンボンといったような出で立ち。

 

「余はこの王国の末子、アレクシスである! 社交場は初めて故、挨拶に回っている。そなたの名前を聞かせえていただきたい!」


 とても元気がよく、そして自身に満ち溢れた少年に対して、私はメモ帳を取り出した。けれど、その瞬間に殿下は非常に不機嫌な表情を浮かべて怒鳴ったのだ。

 

「お主、余が文字を読めぬからと、からかっておるのか!! この無礼者め!!」

「…………」


 差し出したメモ帳を手で払い、殿下は怒り心頭と言った表情で私を睨む。辺り一面に静寂が漂う。

 私は心底驚いた。平民ならいざしらず、貴族で文字が読めない人に出会ったことがないからだ。そして、私は声を出せないから、とっさに弁明も出来ない。

 窮地に追いやられた私はしどろもどろになり。床に落としたメモ帳を震える指先で拾うが。若き王子は自分のプライドを傷つけられたことで怒り狂っていた。

 なぜ、私はこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。今まで周りから失声症を馬鹿にされてきた辛さも加わって、あまりにも自分が酷く惨めに思えて、自然とポロポロと涙を流してしまった。

 

「なんだ、なぜ泣くのだ!?」

「……王子、このご令嬢は声が出せないのです」



 □   □   □

 

 その後、私はこの部屋に連れられて、王子から直接謝罪を受けた。レディを泣かせてしまったこと、事情を知らず傷つけたことを謝ってくれたのだ。

 ワガママざかりの12歳の子が、私のような女に思慮深く接してくれたことがとても嬉しかった。私は王子の従者にメモを渡し、そして謝罪してくれたことに感謝の意を示した。

 それ以降、私は社交場に来ては王子の自室に呼び出され、通訳となる従者を間に挟んでは密会を繰り返していたのだが。ある時から王子は従者をこの部屋に入れず、私が話さなくても良いようにコミュニケーションを取ってくれることになった。

 

 王子はとても素敵で思慮深いお方。

 率先して話を切り出してくれたり、私が反応しやすいようにイエスかノーかで答えられやすいように訪ねてくれる。

 私もまた、言葉を話せなくとも、体の動きで意志を伝えたり、体に触れ合うことでお互いに喜びを分かち合うこともしてきた。

 

 私が言葉を話せないのと同じく、王子は生まれつき文字が読めず、書けない障害を患っていらっしゃった。

 

 そのため、周りからは劣等生として扱われていたが、王子は知的好奇心が人一倍強く、教師の話を聞いてはそれを暗記することに長けていた。だが、どれほど王子が賢くても、貴族が文字の読み書きも出来ないのであれば、平民と同じ様に自然と見下されるのは当然の流れ。

 

 私たちは似た者同士だった。だから、殿下は私のことを気に入ったのだろう。

 けど、それは憐憫であって、哀れみの感情にすぎないと私は思っている……

 

「晴れやかなる空のもと、木の枝に集いし二羽の小鳥

 互いに動かぬ片羽を重ね、もう片方の羽で羽ばたく

 まるで連理の枝のように、支え合う小鳥たちは、

 共にゆく雲の彼方のごとく、死がふたりを分かつまで、

 二羽はお互いの苦難と幸福を我がことのように享受しあうだろう」

 

 殿下の趣味の一つに詩を吟じることがある。

 それを紙に書き写すのが私の役割。文字が書けない彼の代わりを私がするのだ。

 元々、私は声を失ってから、ずっと文字を書き続けてきた。ちゃんと癖がないように、分かりやすく読みやすい文字を書くように心がけていたら、綺麗な文章を書けるようになった。

 それにしても、恋愛の詩を歌うのは殿下にしては珍しい。どことなく、殿下も恥ずかしげにしていて、ちょっぴり可愛いとさえ思った。

 

「お主の書く字は余には読めぬが、美しさだけは分かる。心のこもった美しい字で、余の思いを書き写してくれるこの喜びは、感謝しても尽くしきれぬ……」


 字が読めなくても、殿下は私の書く文章をいたく気に入ってくれた。毎回会うたびに、殿下は詩以外にも自分の考えや伝えたいこと、そういったものを私に書き留めるように命じた。

 この作業は私にとっては苦ではなく、むしろ一緒に言の葉を紡げることがとても楽しい時間。話せない私に代わって殿下が言の葉を紡ぎ、私はそれを紙に記していく。


 この関係は、私達2人だけの世界だった。言の葉が睡蓮のように浮かぶ湖だった。

 

 作業が一段落した後、私が椅子に座って背伸びをしていると、殿下が目の前に近寄ってくる。

 普段とは違う行動に驚いたが、殿下は私の足元に跪くと手を取って震える声で呟いた。

 

「余の愛おしきローレイン嬢、余は、余はお主のことを愛している……」


 殿下が私のことを愛していることは知っていた。けれど、いざそれが形となってしまうと、心臓が跳ね上がってしまう。体が震える。

 だが、これは貴族にとってはよくある恋愛ごっこの一つだと、私は知っていた。

 社交場は結婚相手を探すのと同時に、愛人関係を結ぶ場所でもある。

 

 そう、貴族にとって、退屈な人生において必要なスパイスが恋愛。夫や妻を持ちながらも、不誠実な色恋に身を投じるのが貴族のロマンス。

 私もまた、母上のような、菓子のような消耗品としての恋愛の対象となる覚悟はしていた。

 

「そなたが返事を出来ぬことは知っておる。それゆえに一方的な告白で申し訳ない……」


 殿下は私という、人形を気に入っているだけだ。それは児戯のようなものであって、恋というものではない。言葉も話せない、喘ぎ声も零せないような欠陥品の女に同情しているだけなのだ。

 きっと、殿下は自分が文字の読み書きが出来ないことに対して、私とシンパシーを感じているだけで、愛するという言葉もきっと、表面上のものなのだろう。人生を共にするほどの女ではないと、分かっていらっしゃるはずだ。本気にしていらっしゃらないはず。

 

 だが、私も殿下のことは好いている。出来ることなら、夫婦になりたいと思ったこともある。

 でも、現実はそんなに甘いものではなく、私は愛人関係で済まされるのが妥当だろう。

 それでも良い。こんな、貴族として無価値な女は、王太子の愛妾になれれば御の字。現実はココアの様に苦いものなのだから……

 

 

「ローレイン・ド・アルサケス公爵令嬢、余の、余の妻になって頂きたい!」



 予想とは遥か上を通り越した言葉が聞こえてきた。

 私と結婚したいと、殿下がそう明言したのだ。

 コレにはたまらず、私は殿下の肩をつかんで大きく首を横に振った。

 こんな年増で口も聞けぬのような女に、若く有望な殿下が本気で入れ込んでしまってはいけない。そんなことをしてしまえば、殿下の将来に傷が付いてしまう。

 

「お主の言いたいことは分かる。余とは不釣り合いだと申しておるのだな……確かに歳は5年離れておるし、お主は口がきけぬ……しかし、余から見たらそれは逆だ。余にとって、お主は代えがたい女性なのだ」


 それは、殿下が自身の障害と、私の境遇を重ねてしまっているだけで、そんなものは幻だ! 一時の感情で、その先の人生を決めてしまうのはあまりにも愚かだ。

 私のような女など、殿下の遊び相手程度の扱いでいいのだ。そうでないと、私はあまりにも殿下に申し訳が立たない……

 

「今、お主は自分自身を卑下しておるのだろう。たしかに、周りのものもお主のことを、口の聞けぬ女と馬鹿にするものもいる。そして、余もまたそんな女にうつつを抜かす虚け者と揶揄されておる。だが、そのようなこと、知ったことではない!」


 お考え直すべきだ! 私は必死に殿下の肩を揺さぶるが、眼の前にいる愛しい彼の表情は凛々しく、そして断固たる決意を秘めた男のものだった。

 殿下は私という人形と遊んでいるだけだ。私は人間じゃない。貴族の女にもなれない、声も出せぬ出来損ないだ。どうか考え直してほしいと、自然と涙が頬を伝う。

 

「文字も読めぬ余のために、お主はいっぱい書き記してくれた。その手紙一つ一つが余の宝物だ。余の思いを深く知り、余の思いに答えられる人間は、この世にお主ただ一人だけなのだ……ああ、どうか余と共に、夫婦の契りを交わしてはくれないだろうか?」


 ああ、声が出せないのがこんなにもどかしいだなんて! 私はすぐにでも殿下のお考えを改めて頂きたいと思う。けれど、こんなに嬉しいことはなくて、泣いているのについにやけてしまう。

 きっと、国王陛下だって、こんな女と結婚することはお許しにならないはずだ。

 

「お主のことだ、余のことを案じて怒っているのだろう? 余とそなたは不釣り合いだと。だが、そんなことはない……国王陛下にも、話は通してある」


 そうだ、私の気持ちなんてどうでもいい。ただ、殿下のことを愛しているからこそ、殿下にはこんな女に本気になってほしくない……

 けれど、殿下は私の乱れる様を落ち着かせ、そして引き出しから紙束を取り出してみせた。それは、私が殿下のために綴ってきたもの。

 

「余は自分が欲しいものは何でも手に入れたいと思っておる。余の気持ちや感情を、美しい文字にして記してくれる人はお主だけだ。陛下も、この文字を読んで、余の思いの丈を知ってくれた……人間は皆不完全で、自分にできないことが沢山ある。余の人生の至らなさを埋めてくれるのは、お主だけだと陛下も納得してくださったのだ」


 しくしくと泣く私に対して、殿下はぎゅっと体を抱きしめてくれた。その暖かさに、私は心を砂糖のように溶かしていく……ああ、これが恋心というものなのだろう。

 

「ああ、言葉が足りぬ! お主に対してどれだけ愛を伝えれば、お主が納得してくれるのだ……返事は今すぐにしなくても良い。だが、余は……」


 普段はなんでも欲しがるワマママな王子と称されているのに、私に対してだけは寛容で優しく、そして可愛げがある。ああ、声が出せるのなら、殿下に対していくらでも言いたいことは沢山ある。いっぱい、とっても、メモ帳には書き写せないくらい膨大な言葉が頭の中に溢れる。

 

「どうした、ローレイン嬢あらたまって……んっ!」


 どんなに言葉を重ねても、この思いのすべてを打ち明けられないだろう。

 だから、私は殿下の唇にキスをした。ああ、私も母上と同じだ。身を焦がすような恋に堕ちたいと無意識に願っていたのだろう。

 

 恋はショコラトルのように苦く、シャルカラのように甘い。

 口溶けの良さに、もっともっとと唇を啄みたくなる。

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