誰かの庇護者

ボウガ

第1話

早朝、ある人通りのない川にかかる鉄道の高架下。

《ブンブゥンブゥンブゥン、ブゥン》

バイクのエンジンをふかす音が鳴り響く。次にバイクは一人の女性をめがけて発進した。どこからみても事故なんてものではない、狙いを定めて突進する、事件だ。

《ギュルルルル……ォオオオーン、ドカッ!!、キィキィー、ブルルルル》

一人の女性がバイクに引かれた。しかし奇妙にも女性は逃げ惑うしぐさをあまりしなかった。バイクも逃げることもせずターンしてとまり、バイクからバイク乗りが下りてくる。ヘルメットを外してバイクの座席においた。

「やっととどめを刺せそうね、“お母さん”、無駄に生き永らえようとするんだから!!」

「大きくなったわね」

 サングラスにポニーテールの女性は、いかにも敏腕の殺し屋といった筋骨隆々にスマートないでたち、白シャツにジーンズ、ライダースジャケットを着ている。ジーンズの後ろポケットから拳銃をとりだし女性に向けた。女性はごく普通のワンピースにおしゃれな羽織もの、主婦のような格好をしている。

「ここまで苦労した、何度殺そうとしてもあなたは私の前から逃げた、もう50回も、ボディガードが邪魔をしたり、あなた自身が私と戦ったり、それもおしまい、これであなたを殺せる、あなたが無責任に生んだ過去の亡霊に“殺されなさい”あなたの無責任さは、“死に値する”」

何を思ったか殺し屋の女性のほうは拳銃をしまい。女性のすぐそばにむかう。女性はひかれた足を骨折したのか地面につっぷしたまま上半身を両手でささえて体を動かそうとさいている。

 《がしっ》

 女性の傍まできた殺し屋は女性のロングヘア―をがっちりとつかみ、大きく前後にゆらした。女性は鼻血をながしがくがくと頭をゆらされ、白目をむいた。

 「レナ!!いい加減にしなさいよ」

 「やっと会えたんだからいいじゃない、シンディ」

 「何の策略なの!?もう逃がさないわよ!」

 「何って、私は、本当にあなたの求める私じゃないからよ……私をころしても」 

 そこで何か妙な違和感を感じて、シンディ(殺し屋)が拳銃に再びてをかけ、レナという彼女の母親らしき人の鼻先に銃口を当てた。

 「話をこんがらがせて、逃げようって魂胆ね!!私は騙されない、あんたが私を無責任に生んで、育てることを放棄して、裏社会の人間にうってから私はまともな仕事もしらず、まともな生活もしらず、裏社会の、マフィアの舎弟として生きるしかなかった、あんたが私をつくった、あんたが適当な、あんな狂暴で危ない男と寝て、そのけじめをつけなかったからよ!」

  

「疲れたのよ、今もそう、そのときもそう」

 シンディは首をひねる。どこか、違和感がある。たしかにいつも写真でみていた母親の顔だが、鼻のあたりに、鼻のあたりに違和感が?

「母さん、そんな位置にホクロがあったかしら?あんた本当に」

「ククク、クハハ」

けん制の銃弾を女性の直ぐ傍にうった。

「早く撃ちなさいよ、私を」

「なんなのあんた……あんた“違う”でしょ」

今度はむしろ、レナのほうがつかみかかってきて、襟首にすがりついて、シンディを見上げた。シンディはたじろぎ、なぜだかおびえたようにその女にビンタを打った。

「大丈夫よ、あの日以来、本当の私は私は死にたがっているから、あなたに“負けた”とさとった数日前、私は体力であなたにまけた、私はナナ、あなたの敵ではないけれど……あなたのために殺されてあげる」

「!!!?あんた今なんていった!?ナナ?」

シンディには覚えがあった。たしかに同姓同名の妹がいたらしいことは、事前情報で調べていたからだ。レナが左手首を見せる、大量のリストカットの跡。

「あなた、本当に……母さんじゃないわ、母さんがこんなことするわけがない」

「そうよ、私は“殺され屋”なんだから」

「そんなの……きいたことないわ、ちょっ!!あんた、私の母のレナは、あんなに無駄に生き永らえようとばかりしていたのに!あんたは正反対じゃない!」

 シンディが頭髪をつかんだのを面白くおもったのか自分から頭をゆらしていた。それは抗っているのか、むしろ殺されたがっているのかわからなかった。

 「面白い話をしよう」

 レナは、そうしてある話をし始めた。遠い昔、ある双子の姉妹がうまれた。姉は器量がよく、大人に気に入られ頭もよかったために、幼少期から神童とよばれ大切にそだてられた。一方妹はその正反対、いつもうつむいてうつろなかおをして、生気が感じられず、頭も顔よくなかった。それを面白く思わなかった彼女らの両親は、そろって彼女を、妹のほうをいじめつづけた。虐待である。姉はそれをみて助けもせず、ただ無表情に見ているだけだった。


 そんな日々がずっと続き、二人は大人になった。双子の妹は自己肯定感が低いまま、家族を嫌っていたが、好いてもいた。長い虐待の末に、逆に家族意外に自分を大事にするものはいないという、いじめられる側といじめる側という“共依存”のような関係に至っていた。姉はタレントの仕事をしていたが妹は地味な仕事ばかりをしている毎日だった。そんなある日、姉がある国の大富豪と知り合いになった。器量のよい姉は富豪の知り合いをどんどんふやしていき、ついにはある国の国王と知り合い、そのまま付き合うことになり、とんとん拍子に話はすすみ、ついには彼らは結婚することになった。

 妹は、姉の役にたちたかった、ずっとずっと、姉につきまとい、姉のような人生にあこがれていたから、自殺も何度も試みた、姉に生まれ変わるために、けれどそれもかなわなかった。国王はそんな妹を救おうと、ある提案をする。

 “君を姉の代わりにしてみせよう、ただし、我々の国の軍の精鋭部隊の試練に耐えかねたらね”

 妹は死に物狂いで、その提案をうけ、死に物狂いで部隊の試練をうけた。日々血反吐をはくような鍛錬と訓練を受け続けたのだった。


レナ「私は、その後彼女の分身となった、時折彼女の代わりになり、買い物をしたり、式典に出たり、それでも私の心はみたされなかった、私はもとめていたのだ、姉にいたぶられ、殺される日を、なぜなら私は、そんなことをしても心が満たされなかったから、姉は冷たく、私を見下していた、両親よりも、何よりもつめたく、生ぬるい愛情で、私を……そんな姉に生まれ変わり、私は姉を、見下す側になりたかったのだ」

シンディ「あなたが、時折姉の振りをして、わたしと戦っていたの?確かに妙に手ごたえのある“レナ”にあう事もあった、その時はあなたがでてきたのね、でもなんで」

レナ「いったでしょ、“疲れた”からわざと引かれた、私は気づいたのよ、姉になんて生まれ変わることはできない、けれどあなたは、きっと姉を殺せる、だったら早く私は、彼女の代わりに一度死に、あなたに私の代わりに姉を仕留めてほしいのよ、私の両親を、私には成し遂げられなかった、私は肉親という枷を破れなかった」

そうしてレナはシンディのもっていた拳銃を盗み、自分の胸に向けて一発撃った。

《ズドン》

しかし銃弾は、あるものにはばまれ、それを貫通しなかった。それはシンディの片手、特殊な籠手だった。

「どうして、かばったの」

「からだが……とっさに」

「あなた、“殺され屋”ってボディーガードみたいなもの?」

「影武者がいいところよ」

 シンディは迷っていた。殺しなら何度もしてきた。凄腕の殺し屋と呼ばれて何十年もたつ。今頃人の一人や二人かまわないはずだ。だが死にたがる人間を殺すのは初めてだし、この女には奇妙な気持ち悪さがあった。そして驚いていた、自分に人の死をかばうという精神が芽生えていたことに。

「姉はね、この国では行方不明ということになっているけれど、それは私の姉が裏社会で多く恨みをかってきたから、それでもいるのよ、うまく生きながらえる人間が、私の両親もそうだった、篤志家で金持ちで有名で表の顔は人気者、でも裏では……私は、でも血のつながった私の両親を恨む事ができなかった、それでも殺してやりたいという思いはあった、矛盾した思いをかかえながらも、そばに狂人しかいなかった私は、私の手でその物語を終えることができなかった、けれど今日、それもやっと終える事ができる」

 「スッ」

 彼女レナは今度は自分のポケットから拳銃をとりだし自分の頭を撃ちぬこうとトリガーをひいた。

 《どすっ》

 またもや、シンディが籠手で銃をうけた。

 「いっでええ、いくら特性の籠手でもこれ以上は……」

 「殺して、私は無能なの、何をやってもダメなの!!」

 「お前、こういう才能があったじゃないか、こんなに身体能力があるやつはいない」

 二人はもみ合いになり、しかしほぼ一方的に、シンディはレナを肉弾戦で圧倒していたが、しかしあるとき、一瞬だけレナは組合からのがれ、武器すべてをレナにうばわれたのをしってか、何かを胸元のポケットから取り出す。シンディはつかれきっていてそれが何かはわからなかったが武器だとおもって、身構えた。

 「“ナナ”よ、殺し屋がここにいるわ、けれど私はもうこの仕事をやめようと思っているの、いますぐ私を殺しにこないと、この女に、レナの居場所を話すわ」

 「で、電話!?」

 呆気に取られている間に、“ナナ”はスマホを川になげすてた。


 「ボディーガードを今一人よんだわ。すぐにかけつけて私を撃つはずよ」

 レナが指をさす、シンディがその指の先をみる、その先には川の堤防があり堤防の向こう側から坂を今、上ってくる人影の頭がみえた。その瞬間、ギラリと光る何かをみて、すぐにシンディは身を構えた。だが、おそかった。レナがいう。

 「ホラ、あそ……!」

 《ズドン》

 レナの頭がうたれて、その内容物が飛び散る。

 「うわああああ!!」

 その時、シンディの頭の中に強烈な衝撃が走った。シンディは自分の頭の中の気の迷いを瞬時に理解した。“自分の親族”でありながら“自分と同じような悩み”をもつものをいま、たったいま、なくした。“もっとも恨む母親の手のものによって殺された”

怒りくるったシンディは叫びながら、堤防を駆け上がる。その途中も銃弾をあびせられたが、シンディにはそんなものはへでもなかった。なんどもそんな戦場を生き延びてきたのだから、肩を銃弾がかすめ、激痛がはしる。

 「ぐうっ」

 「ぐわあ!!」

 シンディは次の瞬間ボディーガードにつかみかかり、頭にめがけてゼロ距離で弾丸をうちはなった。


 それからシンディはどうなったのか?2週間足らずで彼女は母親を望み通り殺した。いや、殺さなかった。もっとも固いボディーガード“ナナ”の抜けた母親レナの周囲はスキだらけだった。だが彼女の母親は小便をもらして命だけは助けてとこうたのでばからしくなったのだ。そして彼女は姿を消した。だがその後の彼女の変化を知るものはすくない。なぜなら名前も顔もかえたのだから。そして彼女の生まれ変わったあとの職業はなんと“ボディーガード”それも、ヴィップ専用であり、自分の気に入った人間しかまもらない。彼女は気弱な人間を、あの時の叔母や自分の内面と同じ人間の代わりに、ボディーガードという仕事を選んだ。なぜなら、実の母など尊敬できず、彼女は死に接したその間際も自分に命をこうた、それよりも、命を捨てても自分の価値を証明しようとした叔母を尊敬したために、叔母にならってその仕事をえらんだのだった。


 今でも叔母の命日には花を墓にそえる。唯一尊敬のできる肉親を復讐の最後に見つけることができたのだから。シンディは周囲の人間になぜ危険な仕事を選ぶのか聞かれるとこう答える。

 「かつて罪をおかし自分の過去を恥じているものは、死の恐怖など恐れるべきではないのよ」

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誰かの庇護者 ボウガ @yumieimaru

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