第59話 ラクサスの回想

 私ラクサス・レイブンは帝国学園に入学してすぐに初恋を経験した。



 その相手こそ私の妻、シオンだった。



 彼女に出会うまでの私は実力主義国家グロース帝国の貴族らしく、強さだけを求める様な日々を過ごしていた。


 ――父の期待を裏切らないように。

 ――他の侯爵家に負けないように。

 ――民を守れる貴族になれるように。


 その為に、レーヴァン騎士団長のギルバートとの剣術の稽古を全力で励み、毎回立てなくなくなるまでやり切った。

 騎士団達との魔物狩りにも積極的に参加し一日でも早く侯爵家の人間として、グロース帝国の貴族として、相応しい実力を身に付けなければと、ただそれだけを考えていた。



 そんな私が恋に落ちた。



 初めこそ混乱したが、私がシオンに恋をしたと自覚してからは積極的に行動をした。

 それまで剣術の稽古や魔物狩りなどしか見えてなかった私が、気づけばシオンだけしか見えなくなっていた。


 恋に落ちた翌日、私は勇気を出してシオンに声を掛け、友になる事ができた。

 それから学園ではほぼ毎日会い、時には休日に食事などにも誘い色んな事を話した。


 シオンと友になってから半年が過ぎた頃、彼女も私に好意を持ってくれていると確信することが出来たので告白をした。


 勇気を出した告白の答えは『ラクサス……流石に遅過ぎない?』だった。

 答えは『はい』か『いいえ』のどちらかで返ってくると思っていたが、それは違った。


 私がシオンに一目惚れした事、その翌日に勇気を出して声を掛けた事などを告白の時に伝えていたのだが……それが良くなかった。


 彼女は私と始めて過ごした休日から、それとなくアピールしてくれていたらしいが……私はそれに気づくことが出来なった。


 あの日の夕食後に告白をしていればと物凄く後悔した。私が慎重になり過ぎたせいで、彼女をずっと待たせてしまったのだ。



 まあ、今となっては良い思い出だ。



 私の人生で最初で最後の告白は、初めこそ『遅過ぎない?』と可愛い文句を言われて、少し複雑な気持ちになってしまったが、無事に成功する事ができた。


 付き合う前の期間も含めれば、学園生活の間はずっとシオンと過ごすことができ、私は本当に幸せで楽しい日々を過ごせた。


 学園を卒業する年にお互いの両親に私達の事を伝え婚約し、学園卒業後に私達は正式に結婚して夫婦となった。



 学園の時と変わらず、私達は幸せだった。



 結婚してから半年後には、シオンのお腹の中にグランを授かり、そして何の問題も起こらずに予定通り無事に生まれてくれた。



 このまま幸せは続くと思っていた。



 シオンの体が完全に回復したら、グランに弟か妹を作ってあげよう。

 もしかしたら次は双子かも? などと幸せな未来について考えていた。



 しかし、それは叶わなかった。



 グランの出産祝いに来た父から『二人だけで話したい事がある』と言われた。

 その話し合いにより望まぬ妻が一人増えることが決まった。


 もちろん最初は断ったが……父からフリアの家族には大きな恩があると言われ『私が助けられた時の様に、私も力になりたい』と私に向かって頭を下げられた。


 尊敬している父から頭を下げられた事に加えて、もし受け入れてくれるのならレイブン侯爵家の当主を今すぐ譲るとまで言われた。

 そこまで言われた私は悩みに悩み、父の頼みを受け入れる事にした。



 この決断は間違いだった。


 

 私の第二夫人としてレイブン家に嫁いで来たフリアは初日からシオンに対して、強い敵対心と嫉妬を向けていた。

 父からフリアについて聞いた時、婚約を結んでいた相手から卒業する年に婚約破棄されたとは聞いていたが……私は双方のすれ違いによる結果だと思っていたが違った。


 フリアの性格はたった一日生活を共にしただけで、なぜ元婚約者が婚約破棄を決断したのか? 想像できてしまうほど強烈だった。


 夫婦生活が始まってすぐに後悔したが……どうする事も出来ない。

 私が貴族ではなく平民だったなら、早急に別れる様にも動けた。

 貴族の私が一度承諾した事を後からひっくり返す様なことは出来ない。

 そんな事をすれば父の面子だけではなく、レイブン家歴代当主様がこれまで築き上げた名誉や品格に大きな傷を付けてしまう。



 後悔しても諦めるしかないのだ。



 私が唯一考えるべきは、フリアの敵意がなるべくシオンに向かない様にする事だった。


 フリアが第二夫人になってからの私は……現実逃避もあり、執務をする時間が少しずつ増えていった。執務作業をしている時はそれ以外の事を考えなくても良いからだ。




 それから五年ほどの時が経ちグランの教育が始まり、私に良い報告が二つあった。


 家庭教師のディーナからグランの学習能力が高いと報告があり、その次は騎士団長のギルバートから『グラン様の戦闘に関しての才能はかなり高いです』と言われた。

 まさか、あのギルバートから戦闘の才能を褒められるとは思ってもいなかった。


 私とシオンの子が褒められた事を嬉しく思うと同時に、グランへの期待が高まった。


 しかし、そんな期待はグランの選定の儀で裏切られる事となった。

 グランが授かった固有スキルは、カースと疑わしき名を持つ【足手纏い】という聞いた事もない固有スキル名だった。


 

 カースと疑わしき名でも、これまでレイブン家からカース持ちが現れた事はなかったので、才能値を見るまで分からないと必死に自分へと言い聞かせた。



 現実は残酷なものだった。



 グランにレベルを上げさせ、才能値を確認すると『オール・ワン』というカース持ちを裏付けるのに十分過ぎる結果が待っていた。


 その日から私はグランに会うことを避ける様になり、更にフリアが嫁いで来た時よりも執務に没頭するようになった。


 シオンとの関係も気まずくなり、私は毎晩の様に執務室を訪れ、酒を片手に夜空を眺める事が増えていった。


 そして、気づけば次男リックの選定の儀前夜となった。いつも以上に強い酒を飲み、大きな不安を抱えながら夜空を眺めた。


 迎えたリックの選定の儀は私の期待を大きく越える結果となった。

 レイブン家歴代最強だったと言われた方と同じ、支配者の名を持った【空間の支配者】の固有スキルを授かった。

 更に才能値が『オール・ファイブ』と、歴代最強当主になれる可能性があった。


 私とシオンの子がレイブン家の後継ぎになれなかったのは残念だが、リックなら私の後を任せられると大きな安心が得られた。

 この日からグランに期待していた時の様にリックの将来を期待するようになった。


 それから二ヶ月近く経った日の夜に、私の元にフリアとリックが訪れた。



 嫌な予感がした。



 なぜなら、フリアの表情が今までに見た事がないほどの笑みを浮かべていたからだ。

 私の予感は当たり『シオンの息子と決闘させてあげたいのよ』と頼まれた。


 その理由を二人に聞いてみると、選定の儀前のグランと比べられ、リックは常に苦しんでいたという。

 それが今でも残っているから『過去を乗り越える為にも義兄と決闘をしたいんです』と頭を下げてまで頼んできた。


 リックの主張も理解できなくはないが……私としては断りたい。

 グランとリックが決闘する事になれば、間違いなくシオンが悲しんでしまうからだ。

 これ以上彼女を苦しめる事はしたくないが、フリアとリックの頼みを断って私の知らない所で行動されるよりは良いだろう。



 だから私から条件を二つ出す事にした。



 その条件を二人がすぐに受け入れた事で、リックが希望した来週の7月2日に決闘を行うことが決まった。

 その日は朝からシオンが外出する予定だったので、タイミングとしても良かった。私が出した条件の一つである『シオンには秘密にし、立ち会わせない』も満たしていた。



 決闘の当日。



 私が訓練場に着いた時には、既にグランは決闘を行う自分の立ち位置で待っていた。


 あの日からグランと会うのは、今日で三度目となる。一度目は、半年前にシャルロッテ皇女殿下の件を伝えた時。

 二度目は、先週にリックが決闘を希望しているから受けて欲しいと頼んだ時。


 半年前にグランを呼び出した時は、あの日と比べてもそこまで大きな変化はなかった。

 しかし、先週呼び出した時は……あまりの変化に心が痛んだのを覚えている。それに加えて、決闘の件を伝えた後の返事の早さには少しの不気味さを感じた。


 普通に考えて、自分が負けると分かりきっている決闘なら受けるのを躊躇する。それなのに……それまで通りの声で特に問題がないかの様に返事をしてきた。



 私には、理解できなかった。



 最後にフリアとリックが来たことで、予定通りに決闘は始まる事となった。

 リックがグランを見た時、短い時間だが殺気を放っていたので、私は警戒を強めた。



 なんだか嫌な予感がする。



 私は決闘が始まってからリックの手元と魔力の動きに最大の注意を払った。決闘開始の合図と共にリックは転移魔法を使い、グランの背後へと転移した。


 それからリックが剣を振り下ろす直前に、突然現れた魔力に全身を包み込まれ、手元が緩んだのが分かった。

 その次の瞬間、リックの剣はグランの短剣によって弾き飛ばされた。



 しばらくの間、思考が停止した。



 私は目を離してしまったと、慌てて視線を戻すと……既に勝敗は決まっていた。


 グランは何事もなかったかのような表情で何かを見ていた。リックは地面へと仰向けに倒れ、胸からは大量の血が流れていた。



 リックが死んだ。



 倒れたリックを見た瞬間から分かっていたが……受け入れたくなかった。私はしばらくの間、冷たくなったリックを自身の手で感じながら悲しんだ。


 その後は混乱したまま、平然としているグランに対して強い怒りを覚えて、感情のままに掴み掛かった。

 しかし私は何も掴めず、気づいた時には目の前に地面があった。

 そして、グランから感情のない声で『侯爵家の当主が家臣達の前で取り乱すなんて……見っともないですよ?』と全く反論が出来ない説教を受ける始末だった。



 それからの事はあまり覚えていない。



 執務室へと移動した私は、冷静さを少しずつ取り戻しはしたが混乱したままだった。

 そんな私に突き付けられたのは、リックが息子ではなかったという衝撃の事実だった。



 その事実は私の心を壊すには十分過ぎた。



 フリアが嫁いで来てから色々と我慢をし、耐えてきたのに……その全てが否定されたかの様で辛かった。この10年間は何だったんだろうとかと? 何度も、何度も、何度も考えていたら私の手に温もりを感じた。



 それは、シオンの手だった。



 彼女は何も言わず、ただ私の手を優しく包み込み寄り添ってくれた。そんな彼女の暖かい愛が私を救い、癒していった。


 だんだんと立ち直り始めた私は、彼女に胸の内を少しずつ吐き出した。

 私の内面の弱さや未熟さなどの全てを彼女に曝け出すと、優しく受け止めてくれて『私がずっと側に居るから一緒に強くなろう』と励ましてくれた。



 それから数日後、私は完全に立ち直った。



 私が当主として復帰し、決闘後の事ついて確認してみると……グランが当主代理として殆どの後始末を終わらせていた。

 あの後、騎士団長や執事長達と話し合って早急に対処が必要な事柄のリストを作成し、わからない事に関しては、わかる者を呼び出して話を聞き対処したそうだった。


 まだ10歳のグランが下の者を上手く使い、当主代理としての役目を果たしていた事には驚きを隠せない。


 その事もあって……現在のレイブン家内では次期当主になるだろうグランを、心の中では当主だと思っている者までいる。


 すぐには無理だとしても私がグランの父親であり、レイブン家の当主だと誇れる様にならなければと強く決意した。



 今までは表面だけの偽りの当主だった。



 私は必ず真の当主になってみせる。



 先ずは家族三人で話し合わなければな。



 私は新たな大きな一歩を踏み出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る