第55話 ギルバートの驚愕

 〜〜sideギルバート(騎士団長)〜〜



 私は侯爵様に頼まれて、本日のグラン様とリック様の審判役を務めることになった。

 決闘が行われる訓練場へと行くと既にグラン様が来られていた。

 私に気づいたグラン様はゆっくりと近づいて来て、軽い挨拶をした。

 それから決闘時の自分の立ち位置などを確認し、私の元から離れて行った。



 あの日から私を含め多くの人達がグラン様への期待と興味を失った。


 他の国なら差別などがあるかもしれないが実力主義国家グロース帝国の場合だと、弱い者は上位貴族だと認められないだけで、特に差別などがあるわけではない。

 もちろん一部の者はそういった負の感情を抱くこともあるだろうが、大半の者はただ興味が無くなり無関心になるだけだ。


 あの日、侯爵様からグラン様の結果を聞いた時は期待していた分だけ失望はしたが、翌日からは存在自体を忘れていた。

 今回の件を侯爵様から話されたことで、グラン様のことを思い出したくらいだ。


 決闘の話しを聞いてから私はただの興味本意でグラン様の食事を担当している料理人の元へと行った。

 グラン様について話しを聞いてみれば食事は朝と晩の二回、しっかりと決められた時間に毎日お召し上がりになっていたそうだ。


 それだけでは断言はできないが、恐らくは外出などは基本的にはせず、毎日を屋敷の自室か何処かで過ごしていたのだろう。


 魔物狩りに力を入れていたとしたら、帰って来れない日も、一日くらいはあっても不思議ではない。


 グラン様はカース持ちで、固有スキルは戦闘の役には立たない。それに加えて才能値が『オール・ワン』だと考えれば、魔物狩りをしていたとしても、日帰りで夕食の時間までに必ず戻っている事を考えれば、今回の決闘はリック様の勝利で間違いないだろう。


 戦闘の才能があったグラン様なら、成長しきっていないリック様に少しは勝負論があるのでは? と興味が湧いたが……料理人の話を聞くに結果は決まっている。


 そして先程、私の前に姿を見せたグラン様を見て予想は確信へと変わった。



 見ない間に随分と変わられたものですね。



 決闘時刻の少し前に侯爵様が来られ、時刻ギリギリに第二夫人様とリック様が二人で話しながら来られた。

 途中でグラン様の存在に気づいたからか? リック様は強い殺気を僅かな時間ではあるが放たれた。


 先週、私に『今の僕ならあの義兄と戦っても勝てるでしょうか?』と尋ねられた時は分からなかった。その数日後、侯爵様に審判役を頼まれたことで理解した。


 ただ、決闘をしなくても力の差は歴然なのに……なぜしたいのか? 私は理解に苦しむし、弱い者を一方的に痛め付けるような真似は好きではない。それに関しては、悲しいことに第二夫人様の性格がリック様に影響してしまったのだろう。



 殺気を向けられたグラン様の方へと視線を向けると誰も居ないところを見ていた。恐らくは自身のステータスプレートでも確認しているようだが……勝敗が決まっている決闘の前に何故? 確認する必要があるのだろうか? そんな疑問をほんの少し抱いたが、すぐに視線を戻した。



「それではグラン様とリック様の決闘を始めましょう。両者構えて――始め!!」



 ――そして決闘は私の合図で始まった。



 決闘の結果は私の予想通りでもあり。



 ――予想外だった。



「ッッな!? 馬鹿な……」



 私の予想通り一方的な決着だった。


 開始の合図と共にリック様がグラン様の背後へと空間魔法で転移し、両手で持っていた剣を上段から斬り下ろそうとし――グラン様の短剣によって、剣が弾き飛ばされた。


 リック様が転移をした瞬間に、グラン様は左足を軸に右回転をしてから、いつの間にか短剣を右の手で逆手に持っていて、その短剣を使ってリック様の剣を軽々と不自然に弾き飛ばした。

 剣と短剣がぶつかり合うような剣戟の音はせず、止まっている剣を短剣で斬りつけたような不自然な剣戟の音が訓練場に響いた。


 理由はわからないが、リック様は身体に力を入れることが出来なかったのだろう。



 リック様の剣を弾き飛ばしたグラン様は、左足を軸にしたまま更に一回転した。

 その際に、右手に持っていた短剣を捨て、自由になった右手を左手に添える。


 左手にはもう一本の同じ短剣が逆手に握られていた。その短剣はリック様の心臓のあたりを貫いた。

 それから添えられた右手に力が入り、短剣がより深く心臓に突き刺さった。


 私が――いや、観戦していた全員が衝撃的な展開に驚愕している間に、グラン様の手によって迷いなく、リック様の命が奪われるという結果で決闘は終わりを迎えた。


 決闘、開始時から観戦者全員がリック様だけを視線で追っていた。

 剣が短剣によって弾き飛ばされるまでの間は、誰もグラン様のことを見てはいなかっただろう。



 それ故に気付けなった。



 剣が弾き飛ばされた後も驚愕のあまり、しばし思考が停止していた。


 だから皆の思考が追い付いた時には、リック様は地面へと仰向けに倒れ、胸からは大量の血を流して死亡していてた。



 疑問が多過ぎる。



 なぜ――グラン様は何の迷いもせずにリック様を亡き者にしたのか?


 なぜ ――そんなに冷たい眼差しで亡き義弟を見下ろせるのか?


 なぜ――才能値が『オール・ワン』なのにリック様以上の速さで動けたのか?


 なぜ――私や侯爵様がその強さを今さっきまで気付くことが出来なかったのか?



 疑問を挙げれば切りがない。



 グラン様に再び視線を向けてみると、興味を失ったのか? 決闘前と同じくステータスプレートを見ているのだろう。



 しかし、その姿は全くの別人だった。



 銀髪の伸びた前髪で隠されていたはずの顔は姿を現した。

 髪型が整髪料も付けていないはずだが……なぜかそれなりに整えられていた。


 そんな事を思っていると徐々に皆の止まっていた時間は動き始めた。



「リッックーーー!!」



「いやぁぁーーー!!! 私のリックちゃんがどうして? どうして?」



 侯爵様は大きな声を上げながら、リック様の元へと走り出した。第二夫人様は泣き叫びながらその場へと座り込んだ。


 他の者はその場で戸惑いながら、じっと状況が落ち着くのを待っている。



「やはり、死んでいるか……」



 侯爵様は気付いてはいたが、リック様の近くで確かめるまでは、その現実を受け入れたくはなかったのだろう。

 顔色が次第に悪くなり、小刻みに震え始めると視線をグラン様へと向けた。



「グラーーーッンどうし――」



「侯爵家の当主が家臣達の前で取り乱すなんて……見っともないですよ? てかさ〜誰のせいで今の状況になっているのか? 分かりますよね? 父上は地面を見ながら、少し頭を冷やしていて下さいね」



「「「「「ッッ!?」」」」」



 その場所にいた全員が驚きを隠せない。


 グランに掴み掛かろうとした侯爵様が地べたに這い蹲る姿を目の前で見せられた。

 それに加え、全く感情の無い声でグラン様が侯爵様に対して、説教まがいな事をしているのだ。


 そして、反射的に動けてしまった。騎士団の面々も同様に地べたに這い蹲るか、片膝をついて辛うじて踏ん張れているか。



 この力は何だ?



 真上から圧倒的で理不尽なほどの強い力で抑え付けられている。さらに体内を不思議な何かでかき混ぜられ続けているような感覚がし、強い吐き気がしている。



「この場にいる皆さん、私もまだ状況整理中なので、しばらくの間はその場から動かずにジッとしていて下さいね」



 何が起こっているのか?



 全く状況は理解できず、必死に真上からの圧力と強い吐き気に耐えている。



 ――そんな中ある人物が動いた。



「私のリックち ――」



「《荒れ狂え》」



 第二夫人様が鬼の形相で叫びながら、魔法を使おうとした。その瞬間 ――グラン様が一瞬で第二夫人様の背後に現れ、第二夫人様の肩に右手をそっと乗せてから何かを呟く。


 それから第二夫人様の顔色が急激に悪くなり、小刻みに震え始めた。



「本当に困った人だな〜あなたは……」



 グラン様は呆れたような声を出しながら、肩に乗せていた右手を後ろへと引いた。

 それによって、第二夫人様は地面へと無防備な状態で倒れていった。


 倒れた第二夫人様の表情はまるで、苦しみながら亡くなった人の様だった。生きてはいる様なので、グラン様が発動した何かに耐え切れずに気絶しただけだろう。



 それからは誰も言葉を発せず、無音の世界がしばらく続いた。



 その間、私はある事を思い出していた。



 それは私が侯爵家に来る前に、どこかの冒険者から聞いた話しの中にあった『神の試練』と『神残しんざん』だった。


 『神の試練』とは、名の通り神によって与えられた試練だと言われている。

 世界中には様々な試練が存在し、それを対象者が乗り越えた場合、その者は神から新たな固有スキルが授けられる。


 この事が広まった後に、試練を乗り越えた者と同じ事を成し遂げた者が何人もいた。

 しかし、その者達は神から新たな固有スキルを授けられることはなかった。


 その事から『神の試練』には、特定の対象者が存在し、その対象者が試練を乗り越えた場合に限って、力を得ることができると考えられるようになった。



 対象者に関しては未だに分かっていない。



 これらについては有名な話しなので、私も知っていたが……『神残』と呼ばれる現象については知らなかった。


 『神残』とは、『神の試練』を乗り越えた者の中からごく稀に現れる現象だという。


 その現象とは、まるで神の様な力を一時的に行使できる様になることだ。

 その現象は『神の試練』を乗り越えた者に対して、神が固有スキルを新たに授けた時に行使される神の力が、少しだけ対象者に残ってしまい起こる現象だという。


 私はその話しを聞いた時は、誰かの作り話だろうと聞き流していた。


 しかし、その話しは本当だった……私の目の前でグラン様が行使していると考えられる力はまるで神のようだ。

 この理不尽な力には、逆らってはならないと本能が必死に警告している。


 私は今後、グラン様に逆らうことは恐らく出来ないだろう。

 なぜなら『神残』と呼ばれる一時的な力だったとしても、私の記憶に強く刻み込まれた物は一生残り続けると思える。



 グラン様とリック様の衝撃的な決着に続き、侯爵様がグラン様を掴み掛かった時から始まった『神残』だろう現象によって行使された力――私は今夜眠りに着くまでの間に、あと何度驚かされることになるのだろうか?



 驚愕の一日はまだまだ続きそうだ。


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