第15話 皇帝陛下

 帝国城の皇帝専用応接室へと案内された俺達は左から俺、父上、母上の順にソファーへと座り、皇帝陛下が来るのを待つ。



「グランちゃん緊張してる?」



「帝国城へ向かう馬車の中では緊張してましたが、途中で何度か驚かせられたので気づいた時には緊張が消えてました」



「クスッ。それは良かったわね〜」



「なぜ、笑うのですか?」



「だって……あの時のグランちゃんの驚いた顔を思い出したらね」



「グランはそんなに驚いてたのか?」



「ラクサスは書類ばかり見ているから大切な息子の驚いた表情を見逃しちゃうのよ」



「すまんな……中途半端に残っていたのがあってな、皇帝陛下への顔見せ前に終わらせたかったのだよ」


 会話を始めて30分ほど経った頃、一人の足音が聞こえ、応接室へと近づいて来た。



「来られたようだ」


 父上も足音に気づくと即座にソファーから腰を上げ、母上と一緒に後に続く。


 扉は開かれ――皇帝陛下が姿を現した。



「久しぶりだなラクサス」



「お久しぶりですね皇帝陛下」



「彼が君の息子だね……私が今代の帝国皇帝――ルーカス・エンペラー・グロースだ」



「お初にお目に掛かります皇帝陛下。私はレイブン侯爵家当主ラクサス・レイブンの息子グラン・レイブンと申します」



「グランか良い名だ。三人と楽にしてくれ」



 一礼してから再度ソファーに腰掛ける。



「シオンも久しぶりだな。最後に会ったのは確か……君が学園を卒業した時か?」



「お久しぶりですね皇帝陛下。はい、その時が最後だったと私も記憶しております」



「もう五年以上も経つのか……時が流れるのは本当に早いものだな」



「本当に早いですね。グランが生まれて気づけばもう五歳、歳を重ねるほど時の流れが早く感じますね」


 目の前に座っている皇帝陛下は思っていたイメージとは違った。


 その見た目はロングに近いミドルの金髪オールバックで、薄っすらと日焼けした肌と口元には整えられた髭、いつでも戦闘が出来そうな服装といい――まるで、冒険者ギルドのトップに立つギルドマスターのようだった。


 それなのに見た目にしても、服装にしても帝国の皇帝としての風格を不思議なバランスで保っていることが驚きだ。


 実力主義国家なのは分かっているし、皇帝陛下が帝国で一番強い存在なのも分かってはいるが……この見た目といい、服装といい、会う前に俺が思っていたイメージとはかけ離れていた。

 そんな事を考えていると皇帝陛下と目が合ってしまった。


「さて……此処には私とラクサス達の四人しか居ない。そろそろ堅苦しいのは止めにしようではないかってことで――俺、本来の話し方をするぜ! なあ〜グラン君さ、さっき俺のこと見て皇帝陛下ってよりもギルドマスターぽいとか思ってただろ? 正直に言ってみ?」



 目が合った時、本能的に嫌な予感がした。


 それは正しくとうとう見た目だけではなくて、話し方までも冒険者ギルドのマスター風になってしまった。さっき、俺が考えていたことを勘? でほぼ当てられてしまった……さあどうするか?



「はい……確かにいつでも戦闘が出来そうな服装で、お会いする前に思っていたのとは、少し違うなと思いました。それなのに、皇帝陛下としての風格が不思議なバランスで保たれていたので、どうしてだろう? と疑問には思っておりました」


 皇帝陛下の前では嘘は付けないなと思い、ほぼ正直に答えることにした。



 さて、どうなるか?



「ガッハハハハハハ!! そうか、そうか正直で良い。元冒険者が皇帝になるとな、俺みたいな皇帝になるんだぜ」



「皇帝陛下は元冒険者だったんですか?」



「そうだ。子供の頃に、父と祖父から初代皇帝陛下の話を聞いてから冒険者に憧れちまってよ〜皇帝に即位する少し前までは冒険者をやってたんだぜ」


「特に建国宣言時の『皇帝とは、最強で無ければならない! 弱くては――大切な国民を守る事が出来ないからだ!! 最強であれば余裕ができる。弱ければ――国民を守る余裕はできない!! だから、どの世代でも一番強い物が皇帝になるべきだと俺は思う』てのは皇族として、男として生まれた俺には強く響いてよ!! 俺も冒険者をやって強くなって、初代皇帝陛下を越えるんだってな」


「まあ……俺なりに必死に頑張ってはみたんだが、初代様を越えるどころか皇族の目標である80階層突破すら出来なかったがな」



「80階層……父上だと何階層なんですか?」



「私は75階層の壁が越えられないくらいだな。先程、皇帝陛下が言った『皇族の目標』と同じで、私も侯爵家の目標を越えられなかったんだよ」



「それだと、皇帝陛下が攻略している階層とほとんど変わらないんですか?」



「近いようで凄く遠いのだよ。ダンジョンは25階ごとで急激に難易度が変わる。だから私と皇帝陛下の実力差は大きいのだよ」


「そうなんですね。私にはダンジョンの経験がないので、その目標がどれほど難しいのか分からないのですが、何が原因で越えられないのですか?」



「俺の場合は魔物を狩るスピードとかが足りなかった。仲間がいれば関係ないが、80階層の壁の前に立った時には、誰も付いて来られなくなるから一人で越えるしかないんだ」


「初代様は次の世代を他国に負けない程度の実力までは育てて下さったが、それ以上は手を貸さなかった。

 初代様が『力を与えられ過ぎれば力に溺れて我を失うだろう。もしそれ以上の力を望むのなら自分自身の力で手に入れろ。自分の力で手に入れた力はしっかりと制御することができ、力に溺れる無様な姿を晒すことはないだろう』と言ったそうだ」


「この言葉もなかなか痺れるだろ。でさっきの答えだが――次世代の皇族に与えられたのが75階層突破できる力まで、侯爵家は70階層までだったて訳だ。建国から700年近く経った今でも皇族も侯爵家も最初に掲げた目標を達成出来てないんだよ」



「なるほど……初代皇帝陛下に見守られながらと、常に死の恐怖と隣合わせの状況だと難易度が違い過ぎるって事ですか?」



「そうだな。中には心が折れて諦めてる人も居るし、俺みたいに心が折れなくても狩るスピードが足りなくて時間切れで、即位するパターンもあるな。

 皇帝になったら出来ないからな……突然、『ダンジョンで皇帝が死にました』なんて事になったら国が混乱しちまうからな」



 そんな話で盛り上がっているとバタバタと足音が近いて来て勢い良く扉が開かれた。



 そこに居たのは――




「お父様!! また話に気を取られて、私の事を忘れていましたね?」



「シャルか……すまんすまん。つい初代様の話になると集中し過ぎてな。ほら、せっかくお前から来たんだから挨拶したらどうだ?」



 皇帝陛下の言葉に一瞬イラッとした表情を浮かべたものの、すぐに切り替え――



「そうですわね……私は現皇帝ルーカス・エンペラー・グロースの娘、第二皇女のシャルロ――」



「「「……」」」



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