心に残る風景(少年と少女)

あきこ

心に残る風景(少年と少女)

  今でも、忘れられないシーンがある。


 それは、10年以上たった今でも、強く、強く心に残っていて、思い出すと何とも言えないほろ苦い感情が呼び戻されてしまう·····、そんなシーン。


——— そう、あれは、


普段は行かないスーパーのフードコートで知り合いと待ち合わせしていた時だった。


 人気のないフードコートで座っていると、ひとりの女性が現れ、すぐ近くの椅子に腰掛けた。

 よく見るとその人は、女性と呼ぶにはまだ若く、少女と呼ぶ方がふさわしそうだ。わたしは自然とその少女を目で追い始め、そして目が離せなくなった。


 その少女は、とても綺麗だった。

 いや、容姿が美しいからと言うわけではない。

 髪の毛も服装も、どちらかと言うと派手で、普段なら絶対に綺麗だとは思わないタイプだ。でも、その少女は不思議ときらきら輝いていて、ずっと見ていたい、そんな気持ちにさせる魅力があった。


 なぜこんなにもキラキラしてみえるのだろう?


 わたしはとても興味をそそられ、少女の姿を目で追っていた。


 突然、ぱっと、少女の顔に明るさが増した。

 ん?

 わたしは少女が見ている方向に視線を移してみる。

 

 ひとりの少年が少女の方に向かって歩いてくる姿が見えた。

その少年はとび職の人達が着る股下がダボっとした作業服を着ていた。その作業服はまだ彼になじんではなく、おろしたての真新しいものであることが一目で分かる。

彼はとても照れ臭そうに、嬉しそうに、そして少し誇らしげに自分の姿を見せる様に少女の前に立った。

 その少年も、少女と同じように全身が輝いて見えた。


「とても似合ってる」

 少女が嬉しそうに言った。少年は照れながらも嬉しそうで、「明日から現場にでれる」と言うようなことを誇らしげに少女に伝えながら、椅子に座る。


 ああ・・・そうか。

 わたしは幸せそうな、キラキラしたふたりの笑顔を見ながら、納得した。


 少年は就職したばかりで、まさに今日が初出社だったようだった。

 その少年は働き始めるには若すぎる年齢に見える。きっと学校ではやんちゃをしていたに違いない。若くして働き始めるのには色々事情があるのだろうが、今、わたしの目の前に居る少年は,自分は社会人なのだと言う感覚に照れ臭さを感じながらも、一人前の大人になったのだ、という喜びで満ちていてとても幸せそうだ。


 彼は自然と出てくる笑みをこらえながら照れ臭そうに、初めての職場の様子を彼女に話して聞かせる。そして、彼女の方は、彼の言葉を聞きながら本当に嬉しそうに彼を見ていた。


 なんて幸せそうなのだろう・・

 彼らから溢れ出ている幸せのオーラは、わたしの心にも届いて来ているようで、わたしの心も幸せな気持ちにさせてくれた。

 がんばれ

 心の奥底から溢れ出る応援の気持ちをなんと口に出さないように抑え込んで、そっと心の中でつぶやいた。

 この時、わたしは自然と柔らかく微笑むような表情になっていて、周りからはきっと彼らと同じように幸せそうに見えたことだろう。


 彼らは「行こう」と言いすぐに席を立ったが、わたしはもっと彼らを見ていたいと思いそのまま彼らの姿を目で追い続けた。

 彼らはすぐ横の携帯ショップのカウンターに行き、そこで座った。幸いとても近い位置だったので、彼らの会話がかすかに聞こえてくる。


 彼らは連絡を取り合うための携帯が欲しい、安いものはどれか、など、店員の若い女性に聞いている。店員と話すのもとても楽しそうだし、嬉しそうだ。

 彼らにとっては何もかもが初めてのことなのだろう。照れ臭そうな様子で、店員さんに質問したり、ふたりで相談したり・・・

 かわいいなぁ

きらきら輝いている彼ら見ていて、また思わず口に出そうな気持ちを抑える。私の中には、彼らからお裾分けしてもらった幸せな温かい感情が溢れていた。


 彼らは何を買うのか決めたようだ。気に入る色もあったようでふたりとも満足そうだった。店員が申し込み用紙を出してきて少年の目前に置くと、彼はペンをもって書き始める。

きっと書類を書くといったことも初めてなのだろう、ちょっと照れた様子で時々ペンを止めて彼女と相談するような仕草をしている。やはりかわいいと、わたしはそう思った。

店員も彼が書くのをサポートしよう思ったのだろう、彼の手元をのぞき込んでいる。

あ、と店員が短いがこちらにも聞こえる大きさの声をだした。同時にふたりが顔をあげ、店員の女性をみる。店員が言った。


「保護者の方の同意が必要ですね」


その瞬間——— 彼らの顔から、一瞬で、笑みが消え、光を失った。

 

大げさではない。本当に店員のその言葉は彼らからすべての光を消し去ったのだ。

彼らはすぐには反応できないほどのショックを受けたようだった。


わたしも、だ。

一瞬で彼らが光を失い、真っ暗な闇に包まれるという姿を目の当たりにして衝撃を受けた。決して大げさではない。本当に店員の言葉が彼らから全ての輝きを消し去るその瞬間を見たのだ。


 その言葉は、決して彼らを傷つけるために発せられた言葉ではない。ルール通りに普通に発せられた言葉だ。しかしその言葉は、彼らにとってはナイフのように鋭く、胸をえぐってしまう鋭い言葉だったのだ。


 光を失い、言葉を失っていたふたりだが、少女の方が先に声をだした。

「え、でも彼はもう働き始めているんですよ?」

少女がそういうと、店員が申し訳なさそうな顔をする。

「未成年の場合は、保護者の承諾が必要なんです」

「でも、働き始めて、もう家とは関係ないんですよ?」

少女は更に食い下がるように言った。その横の少年はよほどショックだったのだろう、まだ何も言えずにいた。

「家ももう出てるし・・・、働いているのに・・どうしてダメなんですか?」

少女は納得いかないという様子で訴える。

「すみません、未成年の方は保護者の方の承諾がないと手続きは出来ないんです」

繰り返される店員の言葉に、少女はまた言葉を失い、ふたりは茫然とした状態になった。


 ——彼らにはきっと、親御さんには頼めない、なにか複雑な事情があるのだろう。


若すぎる年齢で働き始めた事情もそういう所にあるのかもしれない。

 名前さえ知らない少年であるにも関わらず、彼のバックグラウンドが垣間見え、私の心の奥に重苦しい感情が沸き上がってきた。

打ちひしがれる彼らを見て、できる事なら自分が保護者の代わりになってあげたいとも思ったほどだ。


「もういいです」

そう言いうと彼らは椅子から立ち上がった。

ふたりとも何も言葉を交わすことなく、ノロノロと歩き始め、その場を離れていった。

歩き去る彼らからは、もうきらきらした光も魅力も...何も感じる事は出来なかった。


—— 今、彼は、いったい....どれほど悔しく思っていることだろうか?


どれほど努力しようとも、自分の力ではなんともしようのない「年齢」という壁に、彼らは打ちのめされた。そう、何をどう努力しようとも、どうやっても、彼自身ではどうしようも無い。

数分前には、自分はもう一人前になったんだと、喜びに溢れていただろうに....


 きっと、これから先も彼は何度もこの壁にぶち当たる事だろう。そして、くやしい思いをすることだろう。

 

 ああ、それでも…どうかくじけることなく、前を見て進んでほしい。

どうか、君が本当の大人になるその日まで、君を取り巻くものが君にとって優しいものでありますように、そして君を守ってくれるものでありますように・・・。

私は光を失ってしまった彼らを見送りながら、心から願わずにはいられなかった。


2022年4月。成人の年齢が18歳に引き下げられた。

そのニュースを見て、わたしはまた彼らを思い出した。

当時の彼らは、おそらく18にも満たない年齢だったと思うが、今は幸せにくらしているのだろうか?

もうとっくに大人になっているはずの彼らは、このニュースをいったいどんな気持ちで見ただろうか...。

 

 わたしは、きっとこれからも幾度となく彼らを思い出し、そしてその度に彼らの幸せを祈る事だろう。










 


 

 


 

 

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