第15話 伝記

 ナギはシャーロック・ホームズの音読の休憩がてら再び、ロンドンの町に来ていた。

 天気は晴れ。

 霧の町と言われることも多いロンドンであるが、昨日今日と天気は良いままだ。

 昨日ドイルと町を歩いていたときと、あまり変わらないようにも見えるが、今日は心なしか歩いている人が少なくなっているように感じた。


「ふぅーやっと昨日の続きができますよー。翻訳疲れるんだよねー」

 実際翻訳はハイペースで進んでいる。

 読み上げ速度は通訳には及ばないものの、かなりの速度で読み上げていたため、合間に休憩が挟まることは当然だ。

 そう言った意味での休憩である。が…本当はあまり疲れてはいない。

 サキとの地獄の練習に比べればたいしたことはないからだ。

 当時、英語への興味が薄かったナギに絶対使うからとトレーニングされた時期があった。夏休みに週100時間やったのは今でも苦い記憶である。

 抵抗しようにも姉パワーは絶対である。上手く逃げることもかなわない。

 しかし、その経験が今生きているのは間違いない。

 そう考えると、やっていてよかったのかもしれない。


「まぁ昨日は色々あって全然回れんかったからなぁー」

 ドイルから上がった声だった。

 その横にはもう一人の人間がおり「僕にも色々と教えて欲しいものだ。ここは既に僕の知るロンドンでは無いようだからね」とドイルの方へ顔を向けて話す。

 ホームズだ。


 一人だけ置いてけぼりにする訳にもいかないため、ホームズも必然と一緒にロンドンの町を回ることになった。


「あー忘れとったわ。そういえばホームズもそうだったな…」

「ドイルさんひっどーい」

 ナギが茶々を入れる。実際にひどい気はする。なんと言っても自分が考えた人物の年齢も把握していないのである。

 ホームズにとっても好ましいことではない筈である。

「仮にも僕の伝記を書いている人物とは思えないね」

「伝記…? ドイルさん、伝記って何でしたっけ?」

 ナギは聞いた覚えはあるが確証が無いため横目で小説家であるドイルに話を振る。

「伝記っていうのは昔の人の実際にあった話をだなー。歴史にそって書いた本のこと…だ…伝記?」

 何故か自分の言ったことに急に自信が持てなくなったようにホームズの方を見つめ、ナギもそれに釣られてホームズへと視線が流れる。


「いや、なんだ…? 何かをおかしくことでも言った…か?」

 ホームズがドイルに話を変えろと言わない理由が判明した。

(うわーなるほど。確かに自分が空想の人間だったなんて思わないよね普通は)


「なるほど…確かにホームズの立場から考えれば伝記に聞こえるのか…」

「どういう意味です?」

 ホームズが首をかしげてドイルの方へ頭を動かす。

 ドイルが言葉に詰まっている様子であったのでナギが先に言ってしまう。

「ホームズくん、君はドイルさんが作った空想上の人間なんですよ。本当は存在しない人間なんです」

 さらっと言ってしまったが、言った後に少々キツイ言い方だったかもしれないという後悔をした。

 自分が今まで生活して来たものすべて作り物であったと言われるのだ。初めはもう少しマイルドにしても問題はなかったかもしれない。

 しかし、シャーロック・ホームズではあんまりホームズの過去とか書かれてないとサキが言っていた気がするため、その辺りがどうなっているのかが気になるところではある。


「作者のドイルがホームズの過去を知らないというのはこういうことだったのか…不思議に思っていたんだ。ホームズとの交流が無いのに小説を書いているし、過去も知らない。もちろん、またまた名前が同じの別人という説もある。創作物であるならまだ納得が出来る…しかし、僕は生きている。昔の記憶もある。その辺りはどうなのか? 作り物であり、ドイルも知らないと言うのならこの記憶があるのも不自然だと思うが?」


「たしかに…」

 一理ある。というかタイムスリップという現象事態が既に常軌を逸した出来事であるため記憶の有無など考えずそういうものだと思考放棄していた節がある。


「そこまで言われると、今まで疑問に思っていたことが現実味を帯びてきたな」

 ドイルは一人歩くの止めてナギとホームズがドイルを少し追い越した後に体をひねって振り返る。

「というと?」

 そうホームズが問いかける。

「実は私の見た夢をそのまま書いているんだ。今までは単なる夢だと思っていたのたが、ホームズがいる世界を垣間見ているだけかのかも知れないな…」


 (なんか、よくわからんことになって来たなぁー。脳内お姉ちゃん。解説頼んだ)

 しかし、脳内お姉ちゃんには反応がない。ナギが理解していないものをナギの頭で解説しようなど無理な話だ。

 

 ナギか今いない人物に脳内で解説を頼んでいる間にもドイルの話しは進んでいく。


「不思議に思っていたのは、私がホームズ関係の夢を見るときは妙にリアルさがあるのだ。もちろんホームズ以外の夢も見るそれに比べるとリアルさがまるで違っていたのだ」


「完全な創作ではないということか?」

「ああそうだ」


「ジェームズ・モリアーティもか?」

「ナギちゃんの言ってた奴か? 生憎まだそこまではまだ夢を見てない。すまんな」


 二人の会話を聞くが結局のところこのホームズが何者なのか、どこから来たのかもよくわからない。ため一応質問を投げておく。

「うーん。結局ホームズはドイルの夢に出てきた奴なわけ?」

「いや、どうだろう。僕だと断定できる情報が無いからね」

「結局、よくわからんってこと?


「そうなるね」

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