第14話 メスガキ令嬢

「患者ではありませんわ! 私は、メア・カシミア。カシミア家の娘ですわ!」

 少女は誰もが知っていて当たり前のように名乗った後にドヤ顔を決めていたが、ナギとホームズはポカンとした表情をメアに向ける。

「いや、誰?」

 ナギの素朴な質問にドヤ顔を崩して答える。

「カシミア家も知らねーんですの? 田舎から来たにも程がありますわ!」

 メアが部屋の全員に聞き渡る声でそう言うと、ドイルから補足が入る。

「カシミア家はロンドンにある繊維工場を持っている家のことだ。聞いたところによるとロンドンにある服の大半はそこで作られてるらしい」

「ほえー知らなかったわー」

(まぁ知ってる訳ないか)


 ドイルの説明に納得していたナギであったがホームズは納得していないようであった。

「ドイル、恨みを買うようなことでもしたのか?」

「覚えがないと言いたいところだが…少しある」

 メアは真っ直ぐドイルを見て

「このクソ医者、覚えてないとは言わせませんわ! あなた医師でも無いくせに医者をやっていますわね! すぐにここからでてけですわ!」

 

 メアの発言にナギはドイルへ振り返る。本当であるなら完全に悪役はドイルである。

「ドイルさん本当ですか?」

 ナギは疑惑の念を持ちながら問いかけるが、ホームズはあまり動じてないようであった。

「私は医者の免許は持ってるぞ。昔は船医だったこともある」


「カシミア嬢、何故ドイルを? 確かにドイルは医者免許は持っているが『眼科医の資格』は持っていない」

「もう知ってるのか…」

 ドイルの残念そうな声が聞こえる。

「はい。昨日ルイーズさんに伺いました」

 メアに向かってホームズは問いかける。

「眼科医の資格無しに診療所を開く。確かにこれは資格を持った医者が多いロンドンでは悪手かもしれない」

 ホームズの言葉がドイルにグサリと刺さる。

(痛いところを突くな…)

「しかし、これとあなた方とは関係がないのでは? ドイルがあなた方に四の五の言われる理由が思いつかないが」

 

「ごちゃごちゃうっぜーですわね。せっかくお前らに教えてやったのに、何でわかんねーんですの!」

 今までずっと陽気であったメアの機嫌が悪くなったのか、ぱっちりとした丸い目つきが少し鋭くなる。そして何かを思いついたのかまた丸い目つきへと戻る。

「わかりましたわ! そこのぶっせー女とうるけー男もこのクソ医者の仲間ですのね。金もねー貧民のクセして服と髪と髪どめだけどっかから見繕って私を騙してたんですのね! ぶたにしんじゅですわ!」

 後半からは殆どナギへの悪口である。それを聞き、今まで黙っていたメイドのネリーナが初めて口を開く。

「メア様…それくらいにして、今日は帰りましょう…」

 どこかたどたどしいような、焦っているような様子である。入ってきたときはメイドに怖い印象を受けたナギだが、今は仕事の失敗を隠す部下のようであった。


「何言ってんですのネリーナ! 何で今日はこんなに早いんですの! このクソメイド!  今日こそ決着をつけるんですわ! 私はロンドンを守るんですの!」

 メアは必死にネリーナに文句を言うが、ネリーナは冷静にメアに告げる。


「ですがメア様、今日はチョコレートをまだお食べになっておりません。無くなってしまえば、今日は食べられなくなってしまいますよ」

 反抗していたメアは、ネリーナの言うことを受け入れたのか、じたばたするのを止めた。

「それは…こまりますわ…。」


 うまくネリーナに言いくるめられたメアだったが去り際に言葉を吐く。

「お父様に言い付けてやるんですわー!!」


ヂャリンヂャリン!


 勢いよく扉を閉めたため入り口のベルが鈍くなる。


「キィーあのガキ、くっそムカつくんですけど」

 ナギは口を尖らせ毒を吐く。

「後半私のことばっか。自分が権力持ってるからっていい気になりやがってー。もうちょっと大人だったら完璧に悪役令嬢。でも、ちっちゃいからもはやメスガキ令嬢だよあんなの。あーわからせてぇー。」

 

 ドイルがナギに続いて口を開く。

「はぁ…。しかし、カシミア家のお父様に言いつけられたら流石に困るな…客が来なくなったら本当に潰れるしかない」

「元から客なんて来て無いだろ?」

 そうホームズが言うとドイルが静かに答える。

「うるさい」


 三人が嵐が過ぎ去った次の日のような気分でいると再びベルの音が鳴る。


チャリンチャリン


 そこには先程のメイドの姿があった。扉を全開にして開いている訳ではなく、半分程度開きその隙間から体の半分を中に入れているという形であった。メアを相手しているときとは打って変わって、最初のような異様な雰囲気を醸し出していた。


「そこの異様な服の女」

 そう言ってナギを指差す。キョトンとしていたナギは少し間を置いて自分のことだと認識した。


「えっはい。えーと…ネリーナ? さんでしたっけ? 何の用ですか?」

 ナギがそう言うとネリーナはナギの方へ向けた指を少しずらしてナギの手の方へと動かす。ナギの手には現在スマホが握られていた。

「それ、あんまり使わない方が身の為ですよ」


 そう言い残した後、再び扉を閉めて去っていった。

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