第9話 若き探偵
「できないな」
拒否の言葉であった。しかし、ドイルの真剣な眼差しからはなんとなく言ったのではなく、しっかりとした理由があることが読み取れる。
「ここは診療所だ。素性はわかるが確信が持てない相手に貸せるような場所ではないな」
ドイルの医者として正しい判断に、ホームズの眉の幅が少しだけ近づく。
「いやーでもあんまりじゃないですかねー? ドイルさん。仮にもドイルさんの! 小説の! 主人公ですよ?」
ナギの回答を聞くとドイルは浅いため息の後に「仕方ないな」と言い、ホームズに問いかける。
「君がホームズ本当にであるという証明が難しいから、質問をすることにする。もしかしたら、全て演技で我々を騙そうとしているのかもしれないからな。念のためだ。もし私がホームズだと思ったら今日は家に泊まるといい。もし私が君の答えに納得できない場合は諦めて他をあたってくれ。この時間からでは難しいかもしれんが、どうなろうと私は責任を取らない。私は医者ではあるが、ホームズだと嘘を付いて来るやつにかける温情はない」
ドイルが厳格な態度でホームズに言うとホームズの頬には汗が流れていた。ロンドンの夜に一人で外に放り出されるリスクを考えれば当然のことだと言える。
「わかった。それで質問とは?」
ホームズが息を呑みながらドイルに聞くとこう答えた。
「私、アーサー・コナン・ドイルについて推理をしてくれないか? どんな些細なことでも構わない」
ナギはドイルがどのような質問でホームズを確かめるのか不思議であった。先程ホームズと特定する手段がなくなったにも関わらずだ。しかしドイルの質問を聞いて納得した。
「おー確かに、ホームズといえば推理、今の状況でホームズだって確かめる手段としてこれ以上ない一手! 流石はホームズのパッパだけある」
ホームズはナギの発言に違和感を感じたが、聞き流す。
「確かに一児の親ではあるが、ホームズの直接の父親ではないからな?」
ナギから「へぇー子供いるんだ知らなかった」という声が聞こえて来るが、構わずホームズに問いかける。
「さあ、そろそろ何か推理できたか? 名探偵?」
ドイルがそう聞くとホームズは「はい」と肯定の意思を示す。
「まず、何か格闘技をされていますね? 恐らくボクシング。」
そうホームズが尋ねるとドイルは「そうだ。ボクシングをしていた」と答えた。ドイルが理由を尋ねようとするとホームズから補足がある。
「理由は耳です。ボクシングを真剣にしていた経験のある人の耳は変形していることが多いんです」
ナギから「へぇ~」と感嘆の声が漏れる。
「他には、正確な時期は分かりませんが大人になってからキリスト教への信仰心がかなり薄くなったのではないでしょうか?」
「ほーう? 何故そう思った?」
ドイルは眉をピクリと動かして理由を尋ねた。
「理由は奥にある本棚です」
ドイルが今座っている机の後ろにはあまり大きくない本棚が置いてあった。そしてホームズは話を続ける。
「そちらの本棚の中には2冊の本が置いてありますね。聖書とダーウィンの進化論です。ダーウィンの進化論はキリスト教の教えとは全く違う視点から生命の誕生を示唆しているものです。そちらに影響されれば必然と聖書は信じられなくなる、というものです。そして、聖書の上からはページ色が変わっていることが見て取れます。これは、何年もホコリが乗っていた証拠ですね。これが信仰心が薄まったと考えた理由です。それとここからはただの勘ですが、大学に通っているぐらいの時期に影響されたのではないでしょうか?」
そうホームズが言うとドイルは「全くその通りだ。驚いた。そこまでわかるとは」と目を見開いていた。
「あとは…家具の綺麗さから比較的最近ここを開いたようだが、長椅子にはかなり薄くホコリが乗っていて、汚れが一切ついていない。この眼科を開くと同時に家具を新調したが、客が少なく困っている。というところだろうか?」
ドイルの目が鋭さを増し、ギロリとホームズを刺してドイルが口を開く。
「ここに関しては間違いだ。ホームズ君」
ドイルがそう言うとホームズの顔に汗が流れる。そしてドイルは続ける。
「客が少なくて困っている訳ではない。客が全くこれっぽっちも来なく困っているんだ」
自分で今一番悩んでいることの傷口に塩を塗る。
「全くこれっぽっちも客が来ないって自分で言って悲しくなりませんか? それ」
「それ以上蒸し返すな。傷がえぐれる…」
ナギの言葉にドイルからお咎めが入る。
「何はともあれ、合格だシャーロック・ホームズ。とりあえず今日は家に泊まりに来なさい」
ホームズは安心したのか小さくガッツポーズを取った。
(ああ…ルイーズよすまない、勝手に決めてしまって。しかし彼らを放置する訳にもいかないんだ…)
ドイルは今からいきなり2人を家に泊めると言われて困惑するであろう嫁のルイーズへ心の中で深く謝罪をしながら2人のタイムトラベラーを連れて診療所を後にした。
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