第8話 もう一人の時間旅行者2

「その…僕もシャーロック・ホームズだ」

 ベストの男が自分がシャーロック・ホームズだと名乗った。しかし、それはあり得ないことであった。タイムスリップならいざ知らず、本から出てきたとなれば話が違う。

「えーー! って…は?」

 ナギは座り込んでいたソファから立ち上がり、ポカンとした表情を浮かべたが、かろうじて頭は情報の処理を受け付けていた。

(ちょっとまった。一体何を言ってんだコイツは。1860年から来たとか抜かした上に自分がシャーロック・ホームズって。何なの? 死ぬの? でもあり得ない度で言ったら私もこの1891年のロンドンに来ているわけで…あーもうなんというか頭が痛い)

「あーもう知らん」

 ドイルからやるせない言葉が出た。ドイルの視点で見てみればタイムスリップして来たとか言う頭のおかしい少女に会い、その少女が起こした事件で一時警察の厄介になり、自分の書いた小説が未来でよくわからん展開になっているかと思ったら、今度は自分の書いた小説の主人公が現実に現れてしまった訳である。一日の間にこれほどパプニングが起こってしまうのなら、いくら責任感がある医者といっても思考放棄の一つや二つぐらいしたくなるというものだ。

「いや、ホームズって言って君、いや何歳? どう見てもめちゃクソ若いけど…」

 当然疑問に思う。本に登場するシャーロック・ホームズは高身長、痩せ体型のオジサンである。いくらナギがホームズに詳しくないとしても、それぐらいは当然知っていた。

「僕は30年も昔からやってきたんだから今の僕は今より年を取っていてもおかしくない。君の知るホームズと違うのはそのせい…だと思う」

 どこか歯切れの悪い返事である。

「そうだったぁ…」

 ナギはついさっき聞いたばかりの30年前からやって来たということを失念していた。というより、このベストの男がシャーロック・ホームズと名乗ったため驚きで直前の記憶が藻屑と化したのだ

「でも、そもそもホントに本物のシャーロック・ホームズなんですかぁ? どうなんですか。ドイツさん!」

 ナギはスピーディーにドイルの方に体をひねった。自分では判断できないために、原作者のドイルに話を振り、すべての責任を擦り付ける魂胆である。

「うーん。こりゃーまずいぞ。私にもわからん。ホームズの過去とか全く考えてなかったぞ。まぁ、確かにシリーズ化するならそれをいれるのもありだなぁ…」

「なぁーに感心してるんですか! これじゃ本人確認できないじゃないですか!」

 2人は打つ手の無さに解消し難いむず痒さを感じた。

「僕としては、それより、さっきのジェームズ・モリアーティとシャーロック・ホームズの関係と殺されるに至った経緯を聞きたいところだ」

 ホームズは曲げた肘を伸ばして言う。それに続きドイルも発言する。

「確かに私も知りたい気持ちはあるな」

「う~ん。私も一回ちょろっと読んだだけだから詳しく覚えてないんだけど…確か…ロンドンの最強チート犯罪者ジェームズ・モリアーティっておっさんがいて、ホームズはそいつの組織を壊滅させるんだけど、それにモリアーティがブチギレてホームズを追っかけ回すの。んで、結局ホームズは捕まって最強犯罪者のモリアーティと心中エンド。みたいな感じだったはず」

 ナギの解説にところどころよくわからない単語が出てくるが、大まかな流れは理解できたようだった。

「なるほど…」

 ドイルは小説のアイデアとして受け入れたのか頷ていたが、一方でホームズはというと…

「それが本当なら、僕はおっさんと死ぬのか…なんで17歳の時点でおっさんと心中する未来を知ってしまうんだ…」

 地に付してなよなよしい声を出していた。よほどショックだったのだろう。いくら冷静沈着として描かれているホームズとはいえ、これほど若いときにおっさんと心中することになるといわれればくよくよしたくもなる。

「いや、自分から聞いたんじゃん」

 錆びた歯車に差す塩水。傷ついた心にかけるマジレスである。

「ナギちゃん、そういえば未来の小説にホームズの若い頃の話はないのか?」

 ドイルからの質問に、ナギは少し前に出した顎に人差し指を立てて斜め上を見ながら記憶に検索をかける。

「ごめーん。あった気がするけど、今すぐには思い出せないや」

 ナギの回答に対しドイルは「うーん」と何か考えている様子であった。

「もう今日は頭回らんからホントに帰ろう」

 帰る準備が完了したドイルはカバンを手に持ち、ホームズに視線を向けこう続けた。

「すまんが今日は本当にこれで店を閉める。また明日来てくれ」

 ホームズは何かを考えるようにまた人差し指の腹を顎に戻してこう言う。

「申し訳ないが、今日泊まる場所がない。この場所を一夜だけ貸して貰うことは可能だろうか?」

 ホームズの言葉を聞き2人して「あー確かに」と声を出し、ドイルがこう答える。

「できないな」

 拒否の言葉であった。

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