第2話 今日の新聞

「そんなことより! ここどこですか??」

ナギは気負いよく大柄な男に質問を投げかけた。

 少女の質問内容にキョトンとしながらも、大柄な男は答える

「えっ? な、なんだ? 看板も見てないのに入って来たんか? さっきも言っただろ? ここはコナン・ドイル眼科だぞ」

 間を保つように組まれた腕は太く、筋肉の隆起がそれに拍車をかけている。それにしても一介の医者が放つようなプレッシャーではない。もし、この外見の圧力で怒られたら患者は別の症状が出てしまうだろう。

「いや、そうじゃなくて―――」

 そう言って大柄な男へ視線を向けると、彼の近くにある紙束に視線を奪われる。それは新聞であった。

 ナギは慌てて新聞に近寄り日付を確認する。

「――いや…まじかぁ…」

 そこには1891年 5月1日と書かれた新聞があった。

「こ、これってなんですか?」

 念の為にこの男に確認を取っておく。この新聞がもしかしたら130年前の遺物かもしれないからである。しかし、130年前の物にしては妙に新しかったため、ナギは嫌な予感を覚えた。

「何って今日の新聞だが。新聞、見たことないんか?」

 とんでもない事態になっていることに衝撃を覚えた。新聞に書かれた1891年という文字を、そして大柄な男から「今日の新聞」と伝えられたことを、ナギは受け止められず、頭を抱える。

(いや、待て待て、落ち着けナギ。よくよく考えて見ればこんなことが本当に現実に起こるか? お姉ちゃんの手の込んだいたずらという説は? そうだ、お姉ちゃんのことなら正直全然ありえる。ここまで規模がデカいのは初めてだけど)


「桂川 彩希って人知ってますか?」

 ナギは我ながら直球な質問だと内心思いながらも手っ取り早く事態を知れる質問だと思った。

「お嬢ちゃん、さっきから一体何なんだ? いい加減ここを荒らさないでくれるか? あのガキンチョに言われたんだろうが、こっちも仕事でやってるんだ。こっちもこれ以上は付き合ってられんぞ」

 大柄な男の表情が変わって少しむすっとしたものになる。この体格で不機嫌な表情をされると怖さも2倍という感じだ。

「よくわかんないですけど、そのガキンチョ? とは無関係です。私にも命がかかってるんです。ふざけてなんていません」

 嘘ではない。もしサキのいたずらでなくても、現代と違いすぎる時代の流れに対応できずナギが死ぬ可能性もある。もしサキのいたずらであれば、サキの首がナギの手によって飛ぶ。

「命…か…」

 そう言われると大柄な男も医者故に邪険に扱えないようだった。

「さっきの質問に答えるとしよう。誰だそれは、私は知らんぞ。お嬢ちゃんこそ本当にあのガキンチョの仲間じゃないのか?」

「いや、私も今ここに来ただけで、本当にそのガキンチョのことはわかんないです」

 大柄な男の強ばった表情が少し緩んだ。どうやらそのガキンチョに苦い経験があるらしい。


「ちなみになんですけど…あなたは誰なんですか?」

 大柄な男は「はぁ…」とため息を一つつくとこう答える

「アーサー……アーサー・コナン・ドイルだ。嬢ちゃんは?」

「桂川 凪です。」

(アーサー・コナン・ドイル、すっげーどっかで聞いたことある気がする……うーん思い出せん)


 双方の自己紹介が終わると「ピロン」と何かの音が部屋中に響いた。ドイルは不思議そうにこちらを見て口を開く。

「何の音だ?」

「あっスマホのです」

 ナギのポケットに入れられているスマホの通知音であった。

 この通知でナギはそっと胸を撫で下ろした。スマホが使えるということは、1891年などと先程のふざけた新聞も嘘であったことがわかる。

(焦ったぁ。本当に1891年に来ちゃったかと思ったわ。お姉ちゃんの野郎、見つけたらその場でしばいてやる)

 ポケットにしまっていたスマホを取り出すと、ドイルがこちらをじっと見つめているため、ナギは授業中にスマホで遊んでいることがバレた高校生のような気持ちになった。

 サキのドッキリのネタばらしが遅いという気持ちと、見事にドッキリに引っかかり悔しいという思いでスマホに目を向ける。しかし、そんな甘い希望は当然のように崩れ去った。

「圏外……」

 スマホから鳴った音は受信した通知ではなく、システムから定期的に来る通知であった。

 当然である。100年以上前に電波が通っているはずもない。しかし、そんなことを考える余裕はなかった。入ってきたときと風景が違うロンドンと、十数分前まで回線が通じていたスマホが圏外になっていたのだ。今自分が置かれている状況を確認するだけで頭が痛くなりそうな事態であるからだ。

 ナギが通信機能という一番大切な機能が消失した端末を眺めているとドイルが口を開いた。

「その…黒い板はなんだ?」

 ナギはゾワッと全身が震えるような感覚に襲われ、ここが今までいた時代とは違うという実感をこれでもかというほど感じさせた一言であった。

 一瞬ナギは硬直し、少しの間顎に手を当てて考えた結果。深呼吸をしてから、とりあえずこのアーサー・コナン・ドイルと名乗る男性に現状を聞いてもらうことにした。医者と名乗っていることもあり、最初に相談する相手として申し分ないと判断したからである。

「えーっと。ちょっと話を聞いてくれる時間ってありますか?」


 ナギが真剣な表情に切り替わったため、本当にこちらを馬鹿にしているわけではないとドイルは感じ取った。

(私が優れた医者であれば、困った様子の人の相談を足蹴にするだろうか。いいや、しないだろう。それに今書いている小説のネタにもなるかもしれん。聞くだけなら損はないはずだ)

 ドイルは「問題ない」と一言告げると受付用の机がある場所に座りメモ用の紙とペンを取り出し話を聞く準備を整えた。

 そして幸か不幸か、ドイルがナギから聞く言葉は彼の予想を遥かに超えるものとなった。

「では改まして、私の名前は桂川 凪といいます。2022年から来ちゃったみたいです。」

「何言っとんだ君は?」

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