探偵嫌いのコナン・ドイル

SaiKa

第1話 時間旅行少女

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体などとは一切関係ありません。


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 一目でわかった。

 彼らの視線の先は箱だ。

 中央に置かれた箱。

 それが彼らを釘付けにしていたのだ。

 箱には関節をバラバラにされた人間が箱に詰められており、頭だけが見つけられない。

 そして黄色い液体に浸されている。



 それに加えて…



 大きな魚の頭だ。

 それが視線を集める一番の要因だろう。いや、疑う余地もない。


 まるでこれが頭の代わりだと言うように置かれている。

 カエルのように大きな目玉はギョロリをこちらを覗き込むようで、鼻と口が広い。口からは牙が見えており細長く尖っている。

 ただの魚にしてはあまりにも不快で、気持ち悪く、思わず目を背けたくなる形をしていた。

 辺りから漂う甘い匂いに隠れた腐敗の臭い。

 それが空気を汚染し、ただならざる空間を作っていた。


 この場所に来たばかりの僕であってもこの異常な雰囲気に呑まれてしまいそうになる。


 うぅ…気持ち悪い…


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「えっ遅れる!?」

 待ち合わせていた姉、桂川 彩希カツラガワ サキ からの電話であった。

「せっかく来たのに出迎えてもくれないんだー?」


 そこには、姉に文句を垂れる一人の少女がいた。

 彼女の名前は桂川 カツラガワ ナギ。黒色のツバの長いキャップを被り、プラチナブロンドの髪をキャップの後ろの隙間から出して、お団子が作っている。お団子は紅い花の簪で止めているようだ。


 ナギはこれが日本から遥々ロンドンまでやって来た妹に対してする仕打ちだということを考えると、名状しがたい感情が込み上げてくる―――しかし、姉であるサキの遅刻癖は今に始まったことでは無かった。

 サキは学校に通っていた時期も頻繁に遅刻していた。きっと今のロンドンでの仕事にも遅刻しているだろう。

 というのも定期的に連絡こそ取っているが、サキからはロンドンで仕事をしているとだけ聞いていて、どのような仕事をしているかは聞いていないのである。家族の誰にも伝えていないようで、仕事内容は就職から5年たった今でも謎のままである。


「ごめーん。先に例の喫茶店まで行って待ってて。タクシーだけ予約してたのがあるから、それ乗ってくり〜」

気の抜けた明るい声でだった。

「はぁ…こっちはロンドンに住んでる訳じゃねーんだぞ! って言ってやりたい気分なんですが…」

 あえて内心に思ったことをそのまま口にして伝えるが、今の口をすぼめたアヒルのような表情は伝わるはずもなかった。

「メンゴ、メンゴ」

 サキは当たり前のように死語の仲間入りをした言葉を使った。

「そんな調子ならもう一人で旅行しちゃうよ。いいの?」

 ナギは姉の言動に呆れていた。

「まぁまぁ、着いたらシャーロックホームズの聖地巡礼ガイドをするから機嫌直してよぉ」


 そう、今回私がロンドンに来た理由であった。幼い頃からサキは共有することが特に好きで気に入ったものはガンガンおすすめしてくる人だ。シャーロックホームズもその一つであった。

 サキはシャーロックホームズが好きで、グッズを買い込んでいたり、イベントなどにもよく参加していた。

 しかし、私はシャーロックホームズについてそこまで詳しくない。家族の一人が毎日歌っている曲は嫌でも耳に残ってしまう。まさにそのような感じでシャーロックホームズのことは、要所要所で知っている程度である。

 にもかかわらず、サキに案内してもらうのは、雰囲気を堪能しに来たからである。見たこともない映画の続編を見に行ったり、美術館で詳しくもない仏像、骨董品、絵画を見に来る人がいるだろう。まさにそれだ。もっとも美術館では美術品に詳しい人の方が珍しいと思うが。


「じゃあ、早く来てくださーい」

「了解であります! サキは今から急いで準備するので! これにて!」

「はーい。また後で一一」

 サキはようやく遅れている事実に焦りを覚えていたのか、ナギが喋り終える前に「テレンッ」と通話が切断された音が鳴った。

「ね……恐ろしく早い…」

「よし、行きますか」

 スマホをポケットにしまうと空港を後にした。

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 空港から出た後、サキが予約した黒い艶があるタクシーに乗り込む。

 目的地は「アッパー・ウィンポル・ストリート2番地」という場所である。その場所はカフェらしい。その場所は姉が事前に資料を送って来ていた。詳しくは見ていないが、どうやらシャーロック・ホームズの聖地の一つらしい。

(詳しい説明はお姉ちゃんに任せるのが一番だからなー。資料をくれたのはいいんだけど、また、全部語っちゃうだろうから、今は見なくていいや。帰りに見よう)

 ナギはサキが送って来てくれていた資料の存在を思い出しながら。流れていくロンドンの街を目で左右に追っていると、あっという間に目的地であるカフェに到着した。


「思ったより早く着いちゃったな。気長に待ちますかー」

 サキはスマホを開いて現在の時間を確認していた。


(それにしてもこのカフェは本当にやってんの? ドア越しじゃよく見えないけど、暗いから電気もついてないみたいだし。それに、人の気配を全然感じないんだけど。というか、交差点付近なのに全然人も車も通らないじゃん。ここ、ホントにロンドンで合ってる? これじゃ日が出てるのに真夜中に来たかと疑うレベル。お姉ちゃんが嘘ついてないならここ、シャーロック・ホームズの聖地な筈なんだけど…。最低限の観光客とかいても、おかしくない筈なんだけど…。まさかとは思うけど、今日は休業日でしたみたいなオチは………それは勘弁してほしい〜!)


 恐る恐る扉に触れると鍵はかかっていなかった。扉を開けると「チリンチリン」と扉の内側についているベルが音を鳴らした。

「ヒッ!!」

 正体不明の音に「ドキン」として、思わず扉から両手を離してしまい扉が閉まってしまう。そしてすぐに扉の内側についているベルだと気付き、もう一度扉に手を伸ばしてもう一度恐る恐る店の中に入っていくナギであった。


「すみませ~ん」

 ナギがゆっくり扉を開けると、そこはナギがイメージしていた小洒落ていて、アンティークな雰囲気があるイギリスのカフェとは違った。ここはもはやカフェと言っていいのか怪しい場所であった。

「カフェなのに客用のテーブル無いのはどうななの?」

見渡すと、そこには壁沿いに数人が座れるような長い椅子があり、中央のスペースが通りやすいように開けている。

「日本のカフェだと椅子とテーブルはさすがにセットなんだけど。もしかしてイギリスだとテーブルって文化ないとかあるの? 私が知らなかっただけとか…?」

 想像と現実のギャップにナギは驚きを隠せなかった。


 入り口でオドオドしていると、店員らしき男が一人奥から出てきた。

 その男は紳士的な格好をしていて、大柄。身長は190cm近くあるだろうかという背丈があり、筋肉質である。黒い髪は整えられて、横に流してある。そして、唇の上には尖った髭が乗っていた。

 彼の外見を一言で言い表すなら「偉い人のボディーガード」である。サングラスさえかけてしまえば完璧だ。カフェの店員にしては、少々パンチが効き過ぎている。大抵の日本人なら萎縮してしまうだろう。ところが、そんな外見とは裏腹に、大柄な男は少し微笑んだ表情をしていた。

 大柄な男は、こちらを見て優しくこう言う。

「今日はどのような症状ですか?」

 渋い声色だった。

「―――んん?」

 ナギは想定外の一撃を貰い、焦りから顔の輪郭に汗が伝うのを感じる。

「もも、もしかして、ここって何も無いと入っちゃダメな場所…みたいな?」

 ナギが気まずそうにそう言うと、大柄な男から先程の微笑みが消えるのを見た。そして、首を少し下に傾け深いため息をついていた。

「―――はぁ……またか………珍しい服装の嬢ちゃん冷やかしに来られると、正直迷惑です。」

 大柄な男は、眉を顰めつつ、こちらを見た。

「えーっと、ここカフェ…デスヨネ?」

「お前、ここは眼科だぞ」

「えっ?」

(うわ、この勘違いは恥ずい。そりゃそう。どっからどう見てもカフェじゃないじゃんここ。わかるじゃん)

 思わず恥ずかしさで顔と耳が赤く染まる。今被っている帽子で顔を隠したいぐらいだが、帽子の後ろから髪を出しているためそれがかなわない。

 完全にカフェだと思って入った場所が眼科であったのだ。こんな間違いをするのは古今東西探してもナギぐらいのものだろう。この通りには似たような入り口が多い。きっと隣の建物に入ってしまったのだろう。ナギは羞恥心から早々にこの眼科から去ることを決める。

(この人にも申し訳無いから早く出よう。いや、すぐ出よう)

「間違えましたぁ!」

 そう言って勢いよく外へ出た。


 今度こそ間違いが無いようにと周囲を見渡し、目的地である「アッパー・ウィンポル・ストリート2番地」を探そうとする。すると入って来たときと風景が変化していることに気がついた。道路は馬車で溢れており、人も多い。やはりさっきの妙な程の人の少なさは奇跡的に噛み合っただけだと安心する。しかし、何故か激しい違和感を覚えた。

「んー? なんかおかしいんだよね。人は居るし、日は出てるし、馬車もたくさん………」

「って馬車!??」

 思わず声が裏返ってしまう。いつの間にかロンドンの町に多くの馬車が通るようになっていたのである。驚かない訳がない。日本でも京都などでは観光目的で人力車が使われていたりするが、そういう次元ではなかった。車の影すら見当たらなかった。

「ちょっと待って」

突然の出来事過ぎて思考を放棄したくなり、思わずおでこに手を当てる。



 バァン!


 大きな音と扉の上についたベルの音が部屋中に鳴り響いた。

「すいません! さっきのデカい人まだ居ますか!」

 突然のことに思わず目を大きく開き、眉を上げ、キョトンとした顔になる。何が起こったかといえば、つい先程閉まったはずの扉が勢いよく開いたのである。そして入り口にいたのは、先程の珍しい服装の少女であった。

「オイ! ドアが壊れたらどうするんだ! お前。」

 あまりの大きな音だったために要件より先にドアの修理費の心配をする。

 それにしても、彼女はあの短い時間で大切な物でも忘れたのだろうか、と少女が再びここを訪れた理由を考えていると、少女はこう言ってきた。

「そんなことより! ここどこですか?」

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