第3話 居候少女
「うーむ」
ナギがこの「コナン・ドイル眼科」に来た経緯を説明すると、メモを取りながら聞いてくれていたドイルは指をコツコツと机に当てながら困ったような表情をしてメモを眺めていた。
(これは、おそらく、たぶん、いや確実に困っている。わかります、その気持ち。どうやって精神科医を進めるか考えているに違いない。わたしが当事者でなければ、確実に頭を疑う)
「ちなみに薬―――」
「してないです。薬はしてないです」
即答であった。当然言われるだろうという質問を先回りしてもはや言われるのを待っていたまである。
「うーむ。お嬢ちゃんの話を裏付ける証拠とかないのか? 今のままじゃ珍しい格好をした頭のおかしいお嬢ちゃんという認識にしかならんぞ。正直信じようにも信じれんぞ…ひょっとしてさっきの黒い板とかそうなのか?」
ナギはニヤリと微笑み「その通り!」と声をだし、まるで刀を抜く武士の様にわざわざ左のポケットにしまったスマホを右手で取り正面に持って来た。
「これが私が未来から来たという証拠です、スマホって言います。」
「それで、それは一体何をするものなんだ?」
「フフ…これは電話です」
自信満々に言ったが19世紀に電話があったか不安になった。しかしどうやら杞憂だったようだ。
「ほう…電話機か。電話線もないようだが本当に電話ができるのか? 運良くここに電話機がある。ここに電話はかけられるのか?」
「できません。こっちに来たときに使えなくなりました。」
「あ、うん…。それじゃ他にはなんかないのか?」
ドイルが他の物について聞こうとするとナギからストップがかかった。
「待ってください。このスマホ電話が全てではありません」
ナギはそう言うと電源ボタンを押して機能の説明を始めた。カラーで写真・動画撮影ができる、音楽が聞ける、撮影したものがすぐ見れる、明かりがつく、メモを残せる。などとっさに思いつく限りの機能の説明を順番にしていった。最初は疑っていたドイルもあまりの多機能ぶりに後半から「これは凄いな」としか言えなくなっていた。一息ついたところでドイルはナギに質問をした。
「お嬢ちゃん、一つ聞いていいか? 私の名前は歴史に残っていたりするのか、小説家として今はそこそこ売れているのだが」
それを聞きこの大柄な男の正体を思い出した。「アーサー・コナン・ドイル」彼がシャーロック・ホームズの作者であることを。
「あっ! もしかしてシャーロック・ホームズの作者の!??」
思わず椅子から立ち上がってしまう。
「そ、そうだが。」
「そりゃもうめちゃくちゃ有名ですよ! シャーロック・ホームズの名前は知らない人がいないレベルですよ」
あまりの絶賛ぶりに、ドイルはびっくりした。「シャーロック・ホームズの作者」というのが気がかりだが、そこまで有名になっているとは思いもよらなかった。まさか100年以上も長く読まれるものになっているとは。自分の執筆した小説の評判が徐々に良くなっているため将来的には、歴史の片隅に名が残っているかもしれないといった軽い気持ちだったが、予想以上の答えが返ってきた。これにはドイルも頬が緩んでしまう。
ナギはドイルの表情をみてここぞと言わんばかりにお願いをする。
「一つお願いがあるのですが、いいですか?」
「聞こうか」
「未来へ、2022年へ帰れるまで面倒を見てくれませんか? 具体的には寝床と食事!」
ナギは2022年へ帰れる保証も方法も定かではないが、ドイルにお願いをする。ドイル側にしてみれば、出会って間もない女の子を一人居候にするのだ。かなり難しい問題である。ナギもそれを承知していた。
「構わんよ」
「そう来ると思ってました。私はあんまり詳しくないですけど、2022年のイギリスも知ってますし…えっ……構わんって…いいんですか?」
「ああ、構わんよ」
予想外なことに、二つ返事で許可を貰えた。ナギは断られる覚悟をしていたため自分の有用性をアピールする準備をしていたのだが、結果オーライだ。
「よしぁ!」
トントン拍子に話が進んだが、結果的に寝床と食料の確保という問題を早々にクリアできたため拳を体の前に出してガッツポーズを取る。
この選択にはドイル自身も打算があった。ナギの髪や服装は綺麗で目立つ汚れは見つからず、髪に付けている花の飾りは、かなりの職人技で作られていた。もし、未来から来たという彼女の突拍子もない話が嘘であったとしても、彼女が高貴な生まれである可能性が高いとドイルは判断した。そのため金銭的余裕もあるだろうと踏んでのことだった。加えてこの短期間に十分な程の小説のネタが集まったため、この少女はネタの宝庫になるという投資から来た判断であった。半分正解で半分不正解である。
「お嬢ちゃん――――」
「ナギです」
ナギから間髪入れず訂正がはいる。これから最低6ヶ月は一緒にやっていこうというのだ。ずっとお嬢ちゃん呼びでは格好がつかない。
「ナギちゃん。ただし、6ヶ月だ。それ以上は難しい。こちらも無職をずっと抱えている訳にはいかんからな。それまでに食い扶持を探しておけよ。」
ドイルの出した6ヶ月という期間は、ドイルが一つの長編小説を一つ書き上げるのに十分な期間であった。それまでに貰えるだけアイデアを搾り取るという算段だった。
ナギは左目を閉じ右手を大きく突き出して気さくな返事をする
「OK!」
ナギの気軽過ぎる返事にドイルは逆に不安になった。いくら最近働く女性が増えて来たといえど、偉いとこのお嬢ちゃんがロンドンでの仕事をこなせるのかと。
(うーん。これほんとにわかっとんだろうか?)
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