第1話夢に殺される

 夢を見ている。夢だと自覚する事自体珍しいからこそ、わざわざその情報を文字に入れ替え声に乗せているものの(夢の中で声を出すというのも変だと言うのは野暮だぞ)、本来ならばそんな暢気な事をしている場合ではないのだから、我ながら素晴らしい精神力の持ち主だと褒めざるおえないななどと馬鹿らしい事を言いながらあたりを見渡す。

 「本当に変な場所だな。」

 投げ出される疑問。 

 時刻は昼頃か?太陽と一緒に月がかおをだしているし場所や角度によって景色が変わるため当てにならない。

 辺りには、名は体を表すとはよく言ったもので、鋭く尖った針の葉を携えた針葉樹が群れをなしている。更にその針先には人のようなモノと形容するしかないような死体が腹から、内臓を破れた皮膚の合間から滴る黄ばんだ液体とセットで飾り立てられている。それが何千本もの木々の、数え切れないほどの葉の先に互いにぶつかったりしないよう律儀にソーシャルディスタンスをとって突き刺され、中には腐り辺りに腐った卵よりも強烈な臭いを振りまいている。ただ何故かこれほどまでに素晴らしい(彼らあるいは彼女らにだ)物件が揃っているにもかかわらず、蛆どころか蝿一匹見つけることができず少し気がかりだ。

 そうして辺りを見渡していると視界の隅っこに何かが写った。最初は見間違いかと思い放っておいたものの何度も辺りを見渡しているうちに、あれは見間違いじゃないんじゃないか、と思うようになりその頃には私の飢えた好奇心を満たすほどの光景はなくなっていた。だからこそ退屈しのぎに私はそれに向かって大声を出した。 

 まぁ結果的にこの行動が後の私の大きな弊害となるんだけどしょうがない。だって辺りの巨大な死体の樹と比べても遜色ないほどの巨大を持つ化け物がいたら誰もが見間違いだと思うし、その中から余計なことをするやつくらい出て来るだろう。

 私の口から飛び出した声は辺りの木々にぶつかり跳ね返ったりしながら巨人に向かって奔る。そして数秒の沈黙。

 この瞬間まで私は事態を楽観視していた。

普通そうでしょ。夢で殺されかけるなんてそんなの夢じゃないんだもの。

 振り返りった巨人は最初は声がどこから聞こえたのかわかってなかったようでキョロキョロと辺りを見渡していたものの、視界の隅に私を捉えるやいなやその巨体からは想像できないほどの素早さで走り出した。

 巨人の前に立ちはだかる木々は一瞬で砕け散って、吊り下がっていた死体は腐敗臭と最高に腐った肉汁を辺り一帯に押し付けてきやがった。

 その瞬間、情けない声を出しながら(怖いんだ。しょうがないよ)逃げ出していた私は巨人のその大きさが霞むほど奇妙な現象を目にした。 

 吹き飛ばされたはずの木々や死体が一切見当たらないのだ。まるでそこには元々何もなかったかのように、ただ不自然に木が生えていないからわかるだけで自然な様子だった。

 何が起こっているのか分からず、巨人に追いつかれない程度に速度を落としめを凝らしてみてみると、なんと空を舞う木々その他諸々etcが熱風に晒されたアイスのように溶けていた。

 衝撃の出来事に目を奪われていた私は目の間にある木に気付かなかった。

 ぎりぎりのところで気づき、左右どちらに避けてもその先に別の木があると確認すると前のきに向かって大きく飛び込み鼻スレスレのところで深く膝を曲げて着地すると、曲げた膝を勢いよく伸ばし縦に勢いをつけそのまま数十メートルの木の頂点目指して跳躍した。

 鋭い針の様な葉や剥き出しになった人の骨にぶつかり肉を裂きながらも勢いのままにそれらを押し退け、ついに頂点に到達した。

 ちょうどそのタイミングで挙動不審な太陽が水平線に差し掛かったようで、突き刺す陽の光が針の葉に反射して世界を夕暮れの赤に染めた。

 そして、その光景に見惚れてしまった私は今の今まで右手に自分よりも遥かに大きな鎌を持っていて、それが木に引っ掛からないように常にてを上げていたのを忘れ、壮大な景色の前に脱力し両手をダラリと下げてしまった。

 巨大な鎌が擡げた刃が幹に刺さる。跳躍の勢いも相まって相当なエネルギーが発生したのであろう、突き刺さった刃は少し力を入れた程度ではうんともすんともいわない。

 バキッボキッと木々の折れる音が背後から近づく。

 「クソッッ どーすりゃいいんだよ!!」

先程の余裕はもう微塵もなく、焦りと刃が抜けない事に対するイラつきが美しい顔を醜く歪める。眉間に皺を寄せながら体全体を使い少しづつ鎌を引き抜く。

 辺り一帯に鳴り響いていた轟音が全く聞こえず、ただひたすらに突き刺さった鎌と激闘を繰り広げる彼女の声のみが静まり返った森林に木霊しているのに気づいたのは単純に運が良かったからだろう。

 「あいつ、どこに行ったんだぁ?」体を這い上がるようにして嫌な予感がするのを振り払おうとして下を見た瞬間、太い幹の麓で佇みこちらを見つめる巨人と目があった。

 鋭い眼光が体を貫き全身に激しい悪寒が走る。

 巨人は近くの幹を引きちぎると先程の素早さとは打って変わりゆっくりとその巨躯を捻り、打者の様なポーズを取ると瞬間、バットに見立てた幹を豪快に振り抜き一撃で少女のいる木を粉砕した。

 激しい轟音と木片か辺りの静寂を吹き飛ばす。

 幹にいた少女は一連の流れに対応することができず折れた木片の中でも特に大きなものの下になり自由落下していく。

 「このままじゃ木に押しつぶされて地面とサンドイッチだ。早く抜け出さねぇと」そしてまた鎌を引き抜こうとする。火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。全く抜けなかった鎌がケーキ切るかのごとく樹皮を裂き、飛び出した。

 その瞬間少女は幹を蹴り空に逃げ出した。そして…巨人の豪快な二振り目に直撃した。

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平行線を辿る螺旋の記憶 川柳時雨 @omoinohitokakera

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