平行線を辿る螺旋の記憶

川柳時雨

プロローグ

 コツッコツッと机を爪で叩くような小気味よい音が暗闇に響き渡る。

 光が死んだ闇の帳の中から突然、鳴り響く音の主が姿を現した。

 幼げで少し丸みを帯びた顔、儚く触れるだけで溶けてしまいそうな華奢な体つきにキリッとした白藍色の瞳、遠目で見れば性別がわからないほどで、わずか体の膨らみから少女だとわかる程度だ。

 その小さな体を覆うようにして、御伽の国の魔法使いが着るような黒のローブを身に纏い、病なのではと見間違うほどに透き通る白い肌を持ち、少し黒味がかった白銀の、肩の高さで切り揃えたそれを靡かせながら歩いている。

 彼女の身に纏うそれは彼女自身の身長よりも一回り大きく、本来ならば地面を這うようにして主を追従するであろうローブの裾はところどころ破れており、必要なところだけがチグハグな布で覆われている。右手にはただでさえ小さい彼女のさらに頭2個分大きな禍々しく赤黒い鎌が収まっている。

 白い肌と傷ついたローブに汚れた鎌がその美しくも儚い顔と透き通った白藍色の瞳と相まって死神のような、それでいて今にも壊れてしまいそうな神秘の香りを醸し出している。

 「疲れたーっ!!」

 わかりきった答えを言うように少女が声を吐き出す。

 「ここはどこ?どうして私はこんなところにいるの?」

 「どれだけここにいるの?」

 少し投げやり気味に彼女は呟く。

 「そして何より…。」

 一瞬、次の言葉を躊躇ったが、まぁ別に誰かが聞いているわけ無いからいいかと小声で呟き、そして全てを受け入れるとでも言うような表情を浮かべて言った。

「どうして何もおもいだせないんだろう?」と。    「記憶がないって感じじゃないし。」「それだけじゃないし、何も感じない…のかなぁ?」「感情というか欲が無いって感じかなぁ?」と続けざまに疑問をどこか釈然としてなさげに呟く。

 「でもそれじゃあおかしいよね。だって欲がないはずなのに自分が誰なのかとっても気になるもん。」

 現状に対しての不満をぶちまけながら、疑問をうちから外に出して考えてみながら宛もなく歩いていたが突然、少女はそれまで一度も止めたこのなかった歩みを止め真っ直ぐに前を見つめた。その先には今まではなかった光が差し込んでいた。

 それを目にした少女は「あれって出口?でももしかしたら罠かもしんないしなー。あー、どーしよ。」と立ち止まり頭を抱えて悩んでいた。だからこそ気づかなかったのだろう。さっきまで目を凝らしてやっと見えるくらい離れていたはずの光がいつの間にか暗闇を喰い進み、1m先にまで迫ってきことを。そして光と闇の曖昧な境界線にいくつもの骸が山のように折り重なっていたことを。

「ッッ?!」

 そこで初めて危機を感じた少女だったが、回避に移ったときには時既に遅く、近づく光は飢えた肉食動物のように少女に襲かかり一瞬にして呑み込んでしまった。

 食事を終えた光はスーっと消えていき少女の声も暗闇に消えていってしまった。

 あとには少女が飲み込まれる前に放った驚きの声だけが木霊していた。

 




 

 

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