幻影テレビ

@zelcoba

第1話

「本日6時より、東京は雪に包まれ、、、。」



 カーテンの閉められた暗い部屋に、垂れ流しにされたアナウンサーの明るい声が響き渡る。



 だが、それ以外の音は全くしないのだ。異常なまでの無音がそこにはあった。とはいえ、それは当然のことである。だってその部屋には誰も居ないのだから。光の無い暗闇の中で明るいテレビだけが異常なまでに輝いていた。





 私がそのテレビを手に入れたのは今から5時間程前のことだ。その日は本来仕事があったのだが、朝から体調が悪く、ちょうど上司に使えと言われていた有休を使って休むことにしたのだが、結局体調は昼前には治ってしまい、予定にない休みが急に出来てしまったのだ。



 仕方なく私は暇つぶしに町に繰り出すことにした。



 平日の、まだ午後2時頃である。町を歩く人の数は少なく、普段人で埋め尽くされる町一番の大通りもその時間は自分と同じように休みを取って遊びに繰り出している者と、スーツ姿で歩く仕事人くらいしか見かけない。だからだろうか。今まで何回も通ったはずの大通りに、見た覚えのない店を私は見つけた。



 少しすす汚れた全体に、望遠鏡や、地球儀が置いてあるショウウィンドウ。イメージはハリーポッターなんかに出てくる魔法具店といった感だ。そして私は店の入り口の横に立っている看板に注目する



 "魔法具店 Illusion"



 魔法具店、、、。私はその看板に釘付けとなった。確かに魔法具店のような見かけだと連想したが、まさか本当に魔法具店だとは思いもよらなかったのだ。さらにそのあとに書いてある、Illusionという単語。一体どういう意味なのか。そんなことを考えていたら後ろから急に声を掛けられた



 「魔法具店、イルシオンにようこそ。店名の由来はフランス語で幻影という意味なんだが、、読めたかね?まあ、どうせ胡散臭いとか思っとるんじゃろ?まあ、だまされたと思って入ってほしいのぉ」



 野太いような、でもなんだか甲高いよな。そんな不思議な声だった。私はすぐに振り返った。そしてそこにいる、まさに魔法使いのような恰好をした老人を見る。



 私は少し苦笑いをする。まさかここまでとは。



 「お、その顔、、、そういう”設定”の店だと思っとるじゃろ。まあ、口で言って信じてもらえんのは分かる。じゃからほら、中に入るんじゃ」



 そういって老人は私を押して、中に入れる。その時私はまだ彼のことを信じてはいなかった。



 だが、扉の中に入った瞬間、私はこの店が”魔法具店”だと信じないわけにはいかなくなったのだ。





 「は、、、?」



 店内に入った瞬間、私の口からうっすらとした声が漏れた。  



 その理由は店内の様子がまさに”森”であったからである。



 天を衝くほど高い樹木に、質感のある土。木々の隙間から漏れ出る日光は暖かく、鳥のさえずりがどこからか聞こえる。まさに森であった。



 私はその光景に驚きのあまり固まり、数秒の後思い出したかのように振り返る。 



 そこにはにんまりと笑う魔法使いと、ドアが一枚だけ立っているだけであった。



 「え、いや、、、ここは、、、?」



 私は混乱する頭の中を整理しながら魔法使いにそう問いた。そしてそれに対する魔法使いの答えは単純明快であった。



 「見てのとおり、”森”じゃよ」



 それは分かるのだ。今私が立っているのは確かに森である。だが、その事実を私の経験が否定する。



 こんなことはありえないと



 だが、認めざるを得ないのだろう。なぜなら彼は体験してしまったのだから。



 圧倒的な、非日常以外何者でもない魔法という存在を。





 その数秒後、魔法使いは私が落ち着くのを待ってから口を開いた



 「どうじゃ?落ち着いたかの?まあ、大抵の人間はこの光景を見ると唖然として動けなくなるもんじゃ。じゃが、これでどうしゃ?信じてくれたかの?」



 信じ得ざる得ないだろう。私はゆっくりと頷く。



 「そうか、そうか、信じてくれたかの。それはよかった。では、改めまして、ようこそ”魔法具店 Illision”へ」



 そう、魔法使いは挨拶しなおしたのであった。





 「それで、この店には何が売ってるんだ?」



 混乱と興奮も落ち着いてきたころ、私はその質問を魔法使いに投げかけた。それに対し魔法使いは



 「例えば、この”予言望遠鏡”や、”転移地球儀”などかの」



 と、どこからか取り出したか分からない望遠鏡と、地球儀を私に見せてくれた。店頭のショウウィンドウに飾ってあったものであった。




 彼の話によると、予言望遠鏡は未来が見え、転移地球儀は指さした場所に転移できるという。



 なんとも便利な道具なのか。私はそれを欲しいと言ったが、魔法使いはそれに対し



 「残念じゃが、お前さんに売ることはできんのじゃ。なんせお前さんは魔法使いじゃないからの。これを買うための金を持っとらんのじゃ」



 要するに、魔法使いしかもっていない金を使わないと買えないということだ。つまり私ではどうやっても手に入らないのだ。そう、残念がったとこに魔法使いは



 「じゃが、お客さんがここに来たのは久しぶりじゃからの。手ぶらで返すわけにはいかん。じゃからお前さん、これも何かの縁だと思って一つだけ譲ってやろう。ほれ、この”幻影テレビ”をやろうか。」



 そういって魔法使いはまた、どこから出したか分からないテレビを取り出した。今ではほとんど見かけない旧式のブラウン管テレビだ。



 「このテレビはの、その名のとおり自分の思った通りの幻影を見せてくれるのじゃ。使い方は見たい幻影を思い浮かべながらテレビのチャンネルを絞るだけ。ほれ、試してみぃ」



 そういって魔法使いは私にそのテレビを渡した。大きさはサッカーボールくらいでかなり小さい。重さは魔法具らしく、感じなかった。



 にしてもやはり、都合の良い道具だ。私は半信半疑で試してみることにした。



 最初、思い浮かべたのは高級フレンチ料理である。いつぞやの、初任給の日に奮発して入った高級料理店。そこで出てきたコース料理は絶品で、当時高級料理を言うものを食べたことのなかった私に衝撃を与えたものだ。



 私はその時に食べたフレンチ料理を連想しながらチャンネルを絞っていった。すると画面に急にフレンチ料理が映り込んだのである。だが、それでは食べることはできない。ただの絵に描いた餅である。



 やはり都合がよすぎたのか。私は残念な気分になりつつ、魔法使いを見る。すると魔法使いはまたにやりと笑い、



 「そのフレンチ料理、取り出してみぃ」



 と、いったのだ。



 取り出す?私の中で疑問詞が浮かんだ。一体どうやって、テレビの中にある料理を取り出すというのか。そう思った瞬間、私の中で一つの考えが浮かんだ。



 まさか、、、。



 私はそう思いながらテレビの画面を触れた。すると、



 手がテレビ画面の中に入っていったのだ。



 そして私はテレビの中にあったフレンチ料理を取り出す。一口食べてみると、まさにあの時食べた高級フレンチであった。



 私は魔法使いのほうに向きなおり、本当にもらっていいのか?と聞く。すると、魔法使いはゆっくりと頷き、ああ、いいさ。とだけ言ったのだ。



 その返事を聞くや否や、私はまるでおもちゃを買ってもらった子供の用にはしゃぎ、魔法使いなどに目もくれずに店から出ると、一目散に家に帰ったのであった。





 家で私はいろいろと試してみることにした。まず取り出したのは、最新のPCであった。古かったPCを取り換え、次に電子レンジを取り換える。不思議なことに幻影テレビは取り出すものが、テレビより圧倒的に大きくても取り出すことができたのだ。



 ほかにもいろいろなことを見つけた。例えば、体が幻影テレビの中に入っていないと取り出せない。つまり、テレビを逆さにしても体が入っていないと中のものは落ちないということだ。



 ほかにも幻影テレビで中にものがある状態で、ほかのものを連想すると中のものが入れ替わることなども分かった。



 とはいえ、そんなルールは様々なものを取り出し、興奮する私にとってはただの副産物でしかなかった。





 その後私は、冷蔵庫、車と取り出していき、あることを思いつく



 そうだ金を直接だせないだろうか。



 そう思い、私は何十枚もの札束を連想した。結果、幻影テレビの中に大量の金が出現したのである。



 私はその大量の札束取り出そうとした。だが、あまりの多さに両手だけでは取り出せず、私は身を乗り出した。だが、それでも取り出せない。結局私は全身を幻影テレビの中に入れた。



 そして中から外に向かって金を取り出そうとしたとき、私は良いことを思いついた。そうだ、袋を幻影テレビで取り出せばいいのだ。そう思い、私は中にいながら幻影テレビのチャンネルを絞った。



 瞬間、私の腕が吹き飛び、幻影テレビの入り口が真っ黒の壁に変わった。



 自分が何をしでかしたのか。それを理解したころには遅すぎたのであった。



 その後私は今もこの幻影テレビの中をさまよい歩いている。不思議と腹が減らないのだ。きっとこの中の空間は時が止まっているのだろう。



 私は今や黒い壁となった幻影テレビの入り口を眺めつつ、欲に目がくらみ、周りが見えなくなった自分を呪うのであった。





 その後、彼のいなくなった部屋には彼が電気も付けずに、モノを取り出した残骸と、吹き飛んだ彼の腕がチャンネルの絞りについたままぶら下がり、部屋は無音に包まれていた。が、数分後、幻影テレビに閉じ込められた彼が願ったのだろう。袋を映し出していた画面は切り替わり、普通のテレビの映像が流れだした。その明るい声は、部屋の中に響き渡り、誰も居ない無音を強調するばかりであった。




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