第3話 お酒とあの子
「いっらしゃいませ!」
「予約していた酒田です」
「酒田様! お待ちしていました。ご案内します!」
元気な店員さんが迎えてくれて席へ案内される。席への移動の際にはカウンターが見える。炭火が炊かれていて焼き鳥がジュージューと音を立てて焼かれていた。まだ席にも着いていないが、既に頼みたいくらい美味しそうな音と見た目と香りだった。
「こちらのお席になります。お飲み物決まっていましたら先に伺いますが……」
「あたし生!」
「じゃあ、生二つで」
「かしこまりました!」
元気な店員さんは席に案内しつつすぐにドリンクのオーダーを取っていった。急かされている感じもなく、気持ちのいいテンポ感だった。村上さんも特に気にしてはいなさそうだ。むしろ、ジュージューと焼かれている焼き鳥に目が離せないようだった。
「焼き鳥好きなんだ?」
「うん! ビールと合うしね。あたしあんまり甘いお酒飲めないから、しょっぱいつまみすっごい好きなんだよね。特にビールに合うような枝豆とか焼き鳥とかさ」
村上さんは見た目とは裏腹に、意外とおっさん臭い酒のつまみが好きなようだ。ただ、酒好きとしてはこういうのが好きな子の方がお酒好きなんだろうなと思ってしまう。
「お先こちらお通しです。おあと生二つ、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます。それじゃ、村上さん。乾杯!」
「かんぱーい!」
村上さんは、がちゃんと当てたグラスの反動を利用してそのままグラスを口に運んだ。そのままゴクゴクと良い飲みっぷりでビールを煽っていった。
「くぅー! 一日頑張った後のビールは美味しいね!」
「おじさんみたいじゃん」
「あー、ひどいー。あたしおっさんじゃないんだけどー。でも今日だけはおじさんでもいいかー。ってことで枝豆を食べたい……」
「さっき話したもんね! 頼もうか!」
店員さんを呼び止めて、村上さんと二人で決めて何品かオーダーした。オーダーし終えると村上さんは満足しつつ、それでいてこれから運ばれてくるおつまみ達にわくわくしてニコッとしていた。
ビールを飲んでお通しを食べる。村上さんはこの繰り返しをしていた。ここのお通しは、鶏皮ポン酢だった。あまりしょっぱすぎず、それでいて脂っぽさもないように湯掻いてあり、ポン酢でさっぱりとさせていた。薬味にネギも乗せてあり、更に鶏皮の美味さの手助けをしていた。これだけで一品になると思ったが、さっき見たメニューでは『この中から量を少なくしたものがお通しとして提供しております』という記載があったのを思い出した。前に来た時は鶏皮じゃなかったから、日替わりか何かで提供して気に入ったら追加で頼んでもらえるようにしているのか。
「いい雰囲気のお店だね。皆楽しそうでこっちも元気になる。それに何より、あそこで焼かれてる焼き鳥が超美味しそう」
「村上さんさっきから焼き鳥が焼かれてるとこに釘付けだもんね」
「うそ!? あたしそんなに見てた!?」
「見てたよ。そりゃもう超がっつり!」
「えー。恥ずかしい」
そう言いながら、照れ隠しなのか更にビールを飲んでいた。そんなにガンガン飲んで大丈夫なんだろうか。様子を伺うが、特に見た目も変わらず喋る感じも変わりない。さてはこの人、酒強いな……。
「お待たせしましたー! こちら出汁巻き、温玉シーザーサラダ、枝豆です」
運ばれてきた二品は、どちらも美味しそうだった。出汁巻きからは卵の甘い香りがほのかに漂ってきて、出汁の香りがしっかりと伝わってきた。シーザーサラダは温玉が乗っていて程よく粉チーズも掛かっていて、食欲の増す見た目だった。
「取り分けるねー。鶏だけに。なんちって」
てへっとしながら、ダジャレをぶっこんでくる村上さん。さては酔っているな? しかし残念ながら村上さんが酔っていることはなく、テキパキとサラダを取り分けてくれていた。
「ありがとう村上さん!」
「いえいえ! ってか、今日はせっかく二人で飲んでるし、名前で呼ぼうよ」
「いいの?」
「いいよー! むしろ呼んでよー」
「分かったよ小萌」
「よろしくね大輔」
小萌は急に名前呼びを推奨してきた。でも確かに、サシ飲みをしているのに苗字にさん付けするのはどこか余所余所しいから、俺としても嬉しい。せっかくなので、提案に乗ってお互いに名前呼びにすることにした。
「どっちも美味しいね!」
「だよね! 出汁巻きなんかちょっとしょっぱめだから、ビールが進んで仕方ない」
「だよね。そろそろ二杯目行く?」
「だねー。頼もうか」
出汁巻きとサラダに舌鼓を打ちながら、店員さんを呼び止めて二杯目をオーダーした。二人ともビールのおかわりだった。
オーダーしてからまた舌鼓に戻る。シーザーサラダはシャキシャキと瑞々しく、濃厚な温玉が後から旨味を伝えてくれる。粉チーズとシーザードレッシングがしょっぱさを追加してお酒を進めてくれていた。
出汁巻きは鰹出汁のようだ.アツアツの出汁巻きから香ってきた通り、出汁のいい味がした。卵の甘さもありつつおつまみとして食べれるようにややしょっぱめに作られていた。しょっぱいのが苦手な人用だったり、さっぱり食べたい人向けに添えてある大根おろしもしっかりついているため、一切れ毎に味を変えて楽しむことが出来た。
「お待たせしました。追加生二つです」
生ビールが運ばれてくると、二人で無言の乾杯をして一緒にビールを煽っていた。ここ最近で飲むビールで一番美味しいビールを飲んでいる気がする。
「そろそろアレ、行きますか」
「お。大輔さん。いよいよ行きますか」
俺の悪ノリに乗ってくれた小萌。焼き鳥を行こうと炭火の方を指さすと、ニヤァっとしながらもワクワクして答えた。
「お願いしまーす!」
「はいー! ただいまー!」
店員さんを呼び止めて、焼き鳥の盛り合わせをオーダーした。待っている間に、酒とおつまみを堪能するが、ある程度食べたので二人とも箸休めタイムに突入した。箸休めタイムになるとご飯トークよりも雑談になるのは、飲み会あるあるだろう。
「この前の飲み会もこの辺でしたの?」
「そうだねぇ。俺達が飲む時は、大体この辺の繁華街だね。小萌もこの辺で飲んでたりするの?」
「うん! やっぱりこの辺だよねー。普段はチェーン系の安いとこ行くことが多いねー」
「チェーンも結構あるもんね、この辺。俺らもよく行くし、もしかしたら同じ店に居たってこともあるかも」
何気無い会話だが、会話しながらもお互いにビールは飲んでいた。キンキンに冷えたジョッキに綺麗なジョッキやグラスにしか出来ない泡のリング、通称エンジェルリングが残っているのを見ながら飲むビールは、缶ビールよりもはるかに美味しい。
「お待たせしましたー! 焼き鳥盛り合わせです。左からせせり、ぼんじり、ねぎま、つくねです」
「ありがとうございます」
運ばれてきた焼き鳥の焼き色が綺麗だった。絶妙な焦げ感は炭火でじっくり仕上げたことが伺える焼き色となっていた。脂の焼けた香りが、ごくりと生唾を飲みたくなるほどにいい香りだった。串を持とうとすると、肉から出ている熱を感じる。これも焼き立てならではだろう。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
それぞれ焼き鳥を口に運ぶ。二人とも最初のピックアップはせせりだ。ジューシーさと弾力が口いっぱいに広がり、噛めば噛むほどに旨味が出てくる。炭焼きをしながら振られた塩が追い打ちをかけるかのように更に旨味を出してきた。こうして口の中にジューシーな旨味が広がった後、それを流し込むかのようにビールを飲む。口の中はさっぱりするし、ビールの旨味も更にアップする。
「これ美味しいね。ビールと焼き鳥のループが止まらないんだけど」
「小萌すごい勢いで食べるね」
「だって美味しいんだもん! あーあたしってばなんでこのお店もっと早く入らなかったんだろう。めっちゃ損してる気分だわー」
「そんなに気にいって貰えたか。よかった!」
うん! と同意した小萌は次々に焼き鳥を食べていった。次に食べたぼんじりはせせりよりも更にジューシーだった。焼き加減も絶妙で少しだけカリっとしている部分もありつつ、モチモチしたお肉を噛みしめる。その後にねぎまを食べると、かなりさっぱりとした味わいだった。ここまで脂続きだったため、それをリセットさせるかのようなもも肉とネギが交互に味わえて飽きを感じさせない。
そして最後につくね。ここのつくねは自家製なので、手作り感を感じることが出来る。ミンチにされた肉からはしつこ過ぎない程度の旨味と脂、そしてその合間合間にコリコリとした軟骨の食感がやってくる。味編に卵黄を付けて食べると、かなりマイルドになり、最後の一口が勿体なくさえ感じた。
「いやー。こんなに美味しいとは……。色々お話ししようと思ったのに、すっかり焼き鳥の虜になってたよー。恐ろしいくらい美味しいね、ここの焼き鳥」
「俺も何回かしか来てないけど、ほんと美味しいよねここの焼き鳥」
小萌が満面の笑みでビールを飲み干しており、焼き鳥が相当気に入ったことがよくわかった。
「すみませーん!」
お互い結構食べたため、ここからは軽くつまめるものだけをオーダーする。小萌はビールが飽きたらしく、レモンサワーをオーダーした。俺も飽きてきたのでハイボールを飲むことにした。
「お待たせしました。レモンサワーとハイボール、いぶりがっこです」
程なくしてドリンクが運ばれてきた。おつまみも同じタイミングで運ばれてきて、テーブルの上は残っている枝豆といぶりがっこという箸休めなメニューだけになり、ここから第二幕といった装いとなった。
「さて、せっかく飲みの場だし、恋バナしようか!」
小萌が嬉々とした声で提案してきた。お酒のせいということにしているのか、やや突っ込んだ話だが、小萌の恋バナが気にならないといえば嘘になる。それに、野郎だけで飲んだ時に話す恋バナよりも、異性と話す恋バナは圧倒的に楽しい。俺も提案に乗ることにした。
「まずは付き合った人数とかいってみようか。大輔君は何人くらい付き合った? 結構モテそうじゃない?」
「いやいや。俺なんて全然だよ。今まで二人かな。中高で一人ずつって感じ」
「ありゃ。意外だね。もっと居そうなイメージあった」
「逆に小萌は? 小萌こそ結構モテそうじゃん」
「あたしはまぁ、普通くらいだよ」
普通と答えた小萌の表情はやや苦笑いだった。詳しく説明しようとしない辺り、小萌の中に苦い思い出があるのだろうか。
「まあでも、そういう答え方しちゃうとフェアじゃないよね。あたしも答えなきゃだよね。ふんふんふん。五人だね、あたし」
小萌は目線を上にして指を折りながら数を数えて答えた。答えてくれたのは嬉しいが、無理していないかはやや不安である。
「おー。五人か」
「もしかして意外と少ないとか思った? この見た目だし、尻軽そうとか結構言われるんだよね」
「あーいや! そうじゃなくて! 小萌がモテそうだからって意味だよ」
「ほんとー? そういうことにしておくかー」
焦りながらフォローするが嘘ではない。実際、小萌は可愛い。お酒が入ってテンションが少し高い小萌も可愛い。俺もお酒が入っているからだろうか。余計に小萌が可愛い。これはきっとお酒のせいだ、うん。
「踏み込んだ質問かもだけど、ちょっと渋ってたのは、あんまり良くない思い出があったとか?」
「まぁねぇ。あたしってば周りから結構男運無いって言われるんだよね。ちょっとモラハラっぽい彼氏とか、二股されてたりとかね」
「なるほど。それは確かにちょっとアレだね。でも、お金絡みでトラブルとかって感じでは無いからフルコンボにならずに済んでよかったね」
「ちょっとー! フルコンボってひどくない? まぁ、リーチかかってたのは事実だけどさ?」
んもー。と悪態をつきながらレモンサワーを煽る小萌。嫌な思い出を思い出してしまい、お酒で流し込みたくなったのだろう。気持ちは良く分かるので、俺も合わせて酒を煽った。
「大輔君ももしかして女運悪いの?」
酒を煽った俺の表情を見ていたのか、小萌が尋ねてきた。さすが小萌、鋭い感性を持っている。
「まあね。高校の頃に付き合った彼女がね……。結構束縛が激しくて、その上結構な構ってちゃんだったんだ。構ってあげないと自傷行為なんかして、その写真をチャットで見せてきたりして。最初は彼女を傷つけちゃったんだなって思ったから、慰めるようにしてたんだ。でも、そのうちその慰めも上手くできなくなっちゃってね……。そのうち、送られてきた写真を見るのが怖くなっちゃったんだよね……。って、小萌? 大丈夫?」
左上を見ながら思い出すように自分の昔話をしたが、小萌が余りにも静かに聞いていたため、心配になって小萌に視線を向けた。小萌の目はウルウルとしていた。
「大丈夫って聞きたいのはあたしの方だよ。そんなヘヴィな話をされるなんて全然思ってなかったから、ほんとごめん! ほんと大輔君大丈夫? それはお相手の人にごめんだけど、大輔君を苦しめすぎだよ。大輔君、距離取って正解だよ。よく話してくれたね、この話」
「仲良い人にしか話さないけどね、なんでだろう。小萌には話そうと思ったんだ」
「ほんとありがとうね。話してくれて。今日は飲も飲も!」
同情してくれたのか、飲んで忘れようと言わんばかりに酒を進めてくる小萌。ジョッキに入っている最後の一口を飲んだハイボールは今までのそれより甘く感じた。
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