第14話

宿屋


 「ったく。心配して損した」

 「ん? 何心配してたんだよ?」

 「してねえよ! ……まぁいい。本題だ」


 中田はボロい巾着袋。もとい財布を地面に置き、中身を見せる。随分と心もとない金額だ。


 「今日の宿屋代を支払った事で、魔石で稼いだ金のほとんどがなくなった。ゴブリン十体。地下三階程度じゃその日暮らしが精一杯だ。この残った金は剣のメンテナンス代とダンジョンへの準備金に回して、明日は地下五階のボスの攻略を目指す」

 「おぉ、いよいよボス戦か」

 「ボスの魔石は高く売れる。剣一本じゃ苦しいだろうが、アイテムと併用して作戦を練る。絶対に倒せ」

 「おう」

 「よし、じゃあ準備にとりかかるぞ」


 二人は街の南区へと向かった。商店が建ち並ぶ区域だ。


 武器屋に防具屋。それらを製造し、卸す鍛冶屋。装備アクセサリーなどを取り扱う雑貨店。飲むか掛けるかするだけで傷や疲労が回復する薬品、所謂ポーションなどを売っている薬屋。


 そんなRPGゲーム以外ではなかなか見る事のない店もあった。


 二人はその中一軒。とある鍛冶屋に入った。田中の剣のメンテナンス依頼だ。


 明日の昼前に取りに来る約束を取り付け、料金を先払いして店を後にする。要件がメンテナンスだけだったので中田の片言でも比較的スムーズに事が運んだ。


 メンテナンス代を支払った事で、いよいよ懐がギリギリとなる。これらでボスに対抗するための準備をする必要があった。


 「どうすんだよ」

 「とりあえず雑貨店と薬屋、そして道具屋だな」


 手始めに、距離が近かった雑貨屋へ入る。ゲームのように装備するだけで何故か防御力が上がる指輪や、毒などに罹らなくなるイヤリング、火で炙られても対して熱く感じないどころか火傷もしなくなるペンダントなどが売られている。

 

 原理的には装飾に使われている特殊な宝石や金属が大気中のマナに反応し、衝撃を和らげたり、特定の現象を緩和するなどの処理が装備者にもたらされるのだが、そんな複雑な事情を二人が知るよしもなく、仲良く心の中で((ゲームかよ))とツッコミを入れていた。


 そして指輪やペンダントがはした金で手に入るはずもなく、早々に店を出ることになった。



 次に入ったのは薬屋。


 調合した薬品を扱っているが、主に購入されるのはポーションの類だ。


 試験官や三角フラスコに似たガラス容器に色鮮やかな液体が入っている。値段も効果もピンキリだが、安いものなら二人の所持金でも複数購入できる。長丁場になりやすいダンジョン内では、疲労回復効果だけを見ても購入する価値があるだろう。


 「無難にこれにしておくか。どの程度効果があるのかも早めに知っておき……ん?」

 「なんか臭わねぇか? ガソリンみたいな」


 臭いの原因は二人から少し離れた棚に置いておるポーション。薄橙色のポーションだった。


 「何だこれ?」

 「名称は……『燃える そうなりやすい 液体』。漢字で表記するなら『加燃液』ってところか」


 なんとか覚えたての文字を読み取る中田。


 「何らかの拍子にガソリンに似た性質のポーションができたようだな」

 「要はガソリンモドキか。すげぇな、ガソリン作れんのか」 

 「こっちの世界じゃ、価値は高くないみたいだがな」


 値段もひどく安く、最早処分に困って投げ売りされている状態だ。


 臭いがきつく、下手したら引火の危険性があるこのガソリンモドキは、エネルギー資源のほとんどを魔石で済ませているこの世界において、危険な薬品程度の価値でしかなかった。稀にゴミを燃やしたりするために購入されようだが、需要は低い。


 とりあえず、ポーションを候補に入れて、薬屋を後にした。



 そして道具屋。


 松明やランタン、それに火を灯すための特殊な結晶。煙玉や頑丈なロープ、簡易な罠など、冒険者御用達の使い捨てアイテムたちが並んでいた。


 基本使い捨てなこともあって、一つ一つが安価で購入できる。手元に残っている金額でも、なにかしら購入できた。


 「さて、何を買うべきか……」


 洞窟や夜とは違い、ダンジョン内は目が利く。松明やランタンは除外した。

 逃走・かく乱用に煙玉か、待ち伏せ・足止め用の罠か。


 「ボスに使うならどっちもイマイチなんだよなぁ」

 「なら全部ポーションにしちまうか?」

 「そうだな。数あった方が安心できる」


 結局二人は薬屋に戻り、最安値のポーション三つを購入することにした。


 これで所持金は再びスッカラカン。日本で例えるなら、貯金も併せてワンコイン分もない極貧状態だ。


 「終わったか?」

 「ああ、全てはまた明日だ」

 

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