第12話

その日の夜


 「結局食うんだな」

 「食わねぇとどのみち飢え死にする。なんかあったらそのときだ。割り切るしかねぇ」


 田中は考えるのを止めた。


 出されたものは食べて血肉へと変える。文句や元の世界の常識を持ち出してもどうにもならないのだ。


 だったら見切り発車の出たとこ勝負。


 つまらないこだわりや今までの常識を捨てて、死なないように祈るしかない。


 今回も味気ない食事を、中田の分まで食べるだけだった。


 「で、そっちはどうなんだよ」

 「まぁ、簡単な言葉をいくつかならな。片言だが」

 「おぉ! すげぇなお前」

 「命がかかってるからな。生き残るために死ぬ気で頭を動かしてるんだよお前と違って」

 「何だよ! まだ覚えなくていいって言ったのはお前だろうが!」

 「毎回のように英語のテストで赤点取ってるようなお前に、こっちの言葉覚えろって言っても無理に決まってるでしょーが。邪魔になるから宿で筋トレでもしてろ」

 「なんだと!」

 「あぁ、それから。明日は冒険者登録をしてダンジョンに潜るから。そのつもりでいろよ」

 「漫画とかゲームに出てくるあれだな。武器持って戦う奴らのいる場所と魔物のいる場所。俺らも魔物と戦うのか?」

 「金を稼ぐ手段が他にないんだよ。この宿屋もタダじゃないし、収入源をなんとかしておきたい」

 「この剣の出番ってか?」


 田中は盗賊から拝借した剣を鞘から抜く。


 「危ないから収めろ。そうだ。お前がやるんだ」

 「俺だけかよ。お前もやれよ」

 「俺は言葉を習得するのに忙しいの。お前と違って暇じゃないんですよ」

 「あ? 俺だって暇じゃ……暇だわ」

 「それに俺の武器はないんだから、戦ってほしければ俺の武器を買う金を稼いでくれ」

 

翌日


 「これでお前たちの登録は完了した。初心者用のゴブリンダンジョンは街を出て南に向かうとすぐだ」

 「アリガトウ ウーノ」

 「はは、初めて会った時に比べて、随分達者になったじゃないか」

 「?」

 「ああ、まだこれは難しかったか。頑張れ! 応援 している」


 ウーノに付き添ってもらい、冒険者登録を済ませた二人は、街の南、ゴブリンばかりが出没するというダンジョンへと向かった。


 「会話できていたな」

 「まだ片言だけどな。早口で言われたら耳が追い付かないし、そもそも数単語だけだ。ウーノたちや宿屋以外ではまだ使いものになりそうにない」

 「で、どこに向かってんだよ」

 「初心者用ゴブリンダンジョン。

 まずダンジョンっていうのが、魔物や魔族の力の根源、マナが吹き出している場所に魔族が拠点を設けた施設のこと。

 大昔に魔族の中でも強い奴らがな。魔族っていうのは、簡単に言うと明確な知能と感情を持った魔物のことだ。

 ダンジョン内の魔物は溢れ出したマナが魔力となって収束し、形になったことで誕生する。俗に《ダンジョンモンスター》と呼ばれる魔物で、ダンジョン外にいる魔物とは姿や習性は似ていても根本的には別物……」

 「……何言ってるのかさっぱりわからねぇ……」

 「要はダンジョンに居る魔物は何度でも復活するし、倒しても死骸が残らないってこと。だから肉や毛皮の調達はできないぞ」

 「じゃあなんでそんなところ行くんだよ」

 「ダンジョンモンスターは倒す事で魔力が凝縮された塊、《魔石》を残す。この魔石が、この世界のあらゆる動力源になるから必要なんだよ」

 「ガソリンや電気の代わりってことか? そりゃあ大事だな」

 「お前はこれからダンジョンに潜って、その魔石を集めてもらう。俺たちの収入になる大事なものだから、精々気合入れろよ」

 「おう」


 街を出て南へ歩くこと約十分。目的のダンジョンへと辿り着いた。


 二階建ての住宅程しか高さのない塔。材質は不明。少なくとも日本には存在しないもの。


 入り口から下へ降りる階段が螺旋状に存在している。


 地下ではあるが、ダンジョン内に充満しているマナが壁や天井をほんのりと光らせているため、視界は良好。


 二人が地下一階へ降りると、さっそく魔物が現れた。 


 ゴブリン。緑色の皮膚をした人型の魔物だ。


 「ギャギャ」

 「ほら、出たぞ」

 「よっしゃー! ぶった斬ってやるぜぇ!」


 剣を抜き、ゴブリン目がけて振るう。が、身体は泳ぎ、振り抜いた瞬間、剣は手からすっぽ抜け、中田の近くへと飛んで行ってしまった。


 「うおぁっ! お前ふざっけんなよ! 俺を殺すつもりか!」 

 「わ、わりぃ! あだっ!?」


 もたもたしている間に、ゴブリンが木のこん棒で攻撃する。粗悪な木材を子供ほどの腕力で振り回すだけなので一発当たっただけでは命に関わるダメージにはならないが、痛いは痛い。

 

 田中は防具も付けてないのでほぼダイレクトにダメージが通るため尚更だ。


 「ほら、早く倒しなさいよ」


 中田から剣を受け取り、再び斬りかかるが、フラフラな軌道で振られる剣はゴブリンを捉えることはできない。


 「何やってんだよ」

 「剣が重くて、運ぶだけなら問題ないんだけどよ、振るとなると結構難しい」


 そんな調子で身体が流されるまま剣を振るうこと数分。ようやくコブリンの腕に刃が命中。切断とまではいかないが大量の魔力が傷口から噴出した。


 「グワギャ!」

 「いいぞ田中! そのまま組み伏せろ」

 「おおおっ!」


 地面に伏したゴブリンに刃を押し付け、ゴブリンを倒した。


 魔力の塵になり、小さな魔石が後には残った。


 「これが魔石か! よし、この調子で集めるぞ!」

 「……なぁ、今日はここまでにしねぇか?」

 「はぁ? 何言って……」


 田中の腕が震えているのを見て、中田は言葉を詰まらせる。


 魔物と言えど、ダンジョンから無尽蔵に生まれ続ける存在だとしても、自身の手で生命を断つことは、田中に多大なストレスを抱え込ませる結果となった。


 「……そうだな。お前のヘロヘロな剣技じゃいつやられてもおかしくないし、とりあえず帰ってその汗だくの身体をなんとかしろ。このままにしたんじゃ臭くてかなわない」

 「……あぁ」


 こうして、初めてのダンジョンはゴブリン一匹の討伐で終わった。

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