第2話 人ではないもの
アナタ、呪ワレタイノ?
そうノートには書き込まれていた。普通の人なら、ここで恐怖を覚えるだろう。本当に呪われる。殺されるかもしれないという恐怖に襲われるだろう。
だけど私は鉄仮面のように表情を変えずに返答した。人ではないものと会話するなんて常人の発想ではないけど。筆記用具を取り出して、返答を書く。そのような光景を相手はどう思っているのだろうか。
はい、そうです。私は呪われたいのです。正確に言うなら死にたいです。あ、あの、アナタが噂の人ではないものでしょうか? このノートで交換日記をすると呪われるという噂は本当なのでしょうか?
呪われたいという人間なんてありえない。そう人ではないものは思っているのだろうか。今まで呪われたい、いや、そもそもここに来る人間なんて居ないって思っていたのだろう。そして、ようやく来た人間はまさかの呪われたいがためにここに来た。明らかにおかしいし、異常な人間だと思われるだろう。
ノートが少しの間を置いて、再度書き込まれた。だけどその文字は呪いをかける側とは思えないくらい、恐怖を感じない文字だった。
馬鹿じゃないの? 何よ、いきなり呪われたいって。死ぬならもっと別の方法でやってちょうだい。私はあんたみたいな異常者と会話する気はないんだからね! というか敬語やめなさい!
何だか子供っぽい文章だ。字もさっきより汚くなって、本当に小学校低学年が初めて文字を書いたような字になっていた。この文字を見てから、夜風の音から不穏な気配を感じなくなった。場の緊張感が一気に消滅した。人ではないものだから、もっと人外っぽいのかなと思っていたが、これだとただの人間の子供だ。
もう一回、人ではないものと会話してみる。
異常者であることは重々承知だけど、私から一つ質問良い? 私なんかが聞いてはいけないとは思っているから…。 貴方って本当に人ではないものなの? なんか、人間の子供っぽいんだけど。あ、ごめんね。私なんかが他の存在に口出しして…。
またしても鉛筆を走らせる音が聞こえた。その音がやみ終わるまで待つ。やんだら、ノートを見る。その繰り返し。
人間の子供!? 私はれっきとした幽霊なんだけど!? まぁ、子供の頃に亡くなったから子供っぽい口調になっているけどさ。それでも失礼だからね! 幽霊が幽霊じゃないって言われたら、どれだけ傷つくが知っているの!?
幽霊だったんだ。じゃあ、貴方の名前は? 偉そうだと思われているかもだけど…。
何を言っているの? 私はあんたとは会話する気はないのよ! 人間が平気な顔をして幽霊と会話しているんじゃないわよ! そもそもこっちは、人間なんかと会話したくないのに。
ご、ごめんね。今、話してくれているから…。
う、うるさいわね! 今から黙る! というか帰る! 明日来たら容赦しないからね! 絶対に呪うから!
呪ってくれるのなら、殺してくれるなら別に私は良いよ。私は呪われるべきだから。待っているよ…気持ち悪いと思われてそうだけど…。
と返信は来なくなった。書いた内容のとおりに帰ってしまったのだろうか。やっぱり私なんかと会話したくないのかな…。
明日来たら、呪ってくれるのかなと他の人から見たら、理解不能な事を考えている。私がここに来た目的が果たせるのなら私はいつでも待つ。でも、今日は流石に帰らないと。私が居ないことを両親に知らされるわけにはいかない。と思って、私は家の方に引き返した。
暗い道を通って、外灯もあまりない村の中を通ったら、家の中に入る。まるで不法侵入者のように塀をよじ登って入る。開けておいた自分の部屋の窓から戻る。靴は脱いで、両親を起こさないように玄関に戻す。どうやら両親には、私が深夜に家を抜け出したことはバレていないようだった。バレていなくてよかった。バレていたら、どうなっていたことか。
布団に脱ぎ捨ててある寝間着を再度着て、布団に潜り込む。そして、ただ目を閉じた。目を閉じて、脳が本当に眠れるのかいつも検証している。毎回、私は脳が起きている。分かりやすく言うなら、落ち着いて眠れたことが一度もない。
朝が来るまで私は待っている。ただ目を閉じて、体の疲れだけを取る。心の疲れは全く取れることがない。最近では、心の疲れが溜まりすぎて精神病を患った。「うつ病」というやつらしい。
たしかに最近の私は、一日中気分が落ち込んでいると言うか、気分が上がることはない。何をしても楽しめず、眠れないし、あんまり食欲がない。体がとても疲れやすくてあまり遠出することが出来ない。周りからとても暗い顔をしていると笑われた。
笑われるから学校や外に行くことが怖くなった。いや、自分が悪いというのは分かっているけど…。自分が外に出歩くから笑われる。だから私なんかが外へ出歩いてはいけない。そう言われているから、部屋でずっと閉じこもっている。そのせいで両親が怒っているけど。学校にいけ、と大声で…。
と現状のことを長く思い返していると、目の前の黒が少しだけ赤く染まっていた。目を開けてみると、快晴な空が私を見下している。今の気持ちとは正反対なくらいに快晴。カーテンを閉めて、自分の部屋の鍵をかける。両親からのキックやパンチを受けすぎて、このドアはだいぶボロボロ。いつか蹴破られそうだ。
外に耳を傾けていると、楽しそうに話す子どもたちの声が聞こえた。私もああなりたいと思っているけど、私なんかがあの中に入ることは出来ない。私がいるだけでみんなの雰囲気を壊してしまうから。楽しく誰かと話すのは私にとっては夢のような事。もう数年も夢を見ていない私は、もう楽しく笑う夢を見ることが出来ない。私なんかは幸せな夢を見る権利はないから。
電気を全くつけない、カーテンから漏れ出る日光で照らしている暗い部屋。殆どの家具に埃が溜まっていて、健康に悪い。部屋の主である私が全く掃除をしようとしないからだろう。布団も畳まないからカビが生えつつある。何とかしないと、と思っているけど、結局何もしていない。
こんな生きているのが無駄な私に生きている価値なんてないんだ。むしろ、死ぬ価値しかないんだ。死んだらみんなが笑顔になれる。
だから私は殺されたい。
繋がりは交換日記 岡山ユカ @suiren-calm
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