正論に耳をふさいで

 さしねの、こっちはさしゃべらぃだ通りにちゃあんとやってらんだばって、分がってんなら黙ってじぇんこ寄越しなが。それどもあれが、あれには出へでもわさだば出せねえって──後でかけ直すからな、ちゃんと考え直してくれよ。俺から掛けるまで寄越すなよ。


 あー、その。うん。

 驚かせて悪かったな。ちょっと……知り合いでな、あれだ、見解の相違みたいなやつでちょっと調整がいるってだけでな。喧嘩とかじゃないから安心していいぞ。大丈夫だいじょうぶ、お前には関係ないから。気にすんなよ。お茶飲むだろ? 今日は貰いもんのさくらんぼあるぞ。待ってなよ、小皿も持ってくるから。


 方言喋れるんですかって、ここの土地の人間だからな。年寄り連中と比べればこんなの訛ってるうちにも入らない。テレビ世代以降は標準語聞く機会も増えてるしな。お前の世代だと殆ど喋らないだろ。家の方針で使わないってところも聞くしな。その辺はほら、選択の余地がある方が俺はいいと思うけどね。言語にしても何にしても、選べるならそれに越したことはないよ。大抵は生まれた後に刷り込まれるから難しいけどな。大学ぐらいか? 外国語取るだろ確か。俺うっかりドイツ語取って死んだもん。名詞に性別をつけるなよな。単位は取れたけど何にも身に付いてない。自己紹介が精々だ。まあ困っちゃないよ。英語と標準語と方言だ。トリリンガルっても三割くらいは嘘じゃないだろ。

 罵倒ができたらその言語で一人前なんだっけ? その基準だと俺は微妙なところだなあ。聞いてりゃ分かると思うけどさ、普段は殆ど標準語で喋ってるわけだよ。そりゃ都会の人間から見れば発音だのイントネーションなんかに違和感があるんだろうけど、一応語彙とかは標準語なんだよ。相手が喋るんなら合わせるけど、何も考えずに喋るんなら使わない……多分俺死んだ後も標準語で喋る気がするんだよな。コックリさんとかイタコとかさ、あの辺で呼ばれてもは標準語でやると思う。

 俺自体って何すかってさ、イタコはほら、あれ方言で喋るんだよな。山は行ったことないだろうけど、心霊特番とかで見たことない? 最近だと女優さんでやってたな。映画の獄門島に出てた人。綺麗な人だったけどな。

 降ろす死人がどこの出身でもイタコの声と体を使うから当然っちゃ当然ではあるんだよな。そうだろ? 主体がイタコなんだからさ、じゃあ使い慣れたやつが優先されてるってことだと思うんだよ。死人はあくまで間借りしてるだけだからさ、そこらへんの感覚を弄れるまでの権限はないわけよ。郷に入ったって郷に従うんだから、人間に入ったら人間に従うだろ。お客さんを家に招き入れてお茶は出すけど、お客さんが家の中荒らしだしたらそれはもうお客さんじゃなくて侵入者だしな。そこひっくり返ると、憑りつかれたってやつになるんじゃないか。主従が逆転するから話のジャンルが変わる。

 だから俺が死んでイタコに寄せられたら、多分俺は標準語で喋ってるけど、イタコはそれを方言で話すだろうなってことだよ。これ考えるとちょっと妙な気分になるな。むずむずする。聞いてみたいもんだな……。


 ん?

 そもそもイタコに何で呼び出しを頼むんですかって、なあ。


 俺はやったことないけど、婆さんは行ったことあるって言ってたな。大祭に時期合わせて、死んだ父親──俺の曽祖父な──を呼んだって。どうだったって聞いたら引っ叩かれたけど、なんでそんなことしたのってのには答えてくれたぞ。


 うん。

 会いたかったんだって。


 当たり前だけどさ、死んだらここにはいられないわけだよな。よく分からんけどあの世に行って、何やかんやあったりなかったりするらしいけど、今生で俺たちと二度とは会えなくなるじゃん。死別だもの。死が二人を別ったらもうどうにもならない。

 でさ、この辺りの土地だと死んだら山に行くわけよ。当然その山は現世にあるし、俺たちだってその気になれば温泉入りに行けるわけだ。けど死人はそこに行くって信じられてるし、そこで死んだ人間に会ったって話もある。あの世でもありこの世でもあるっていう、よく分からん場所なんだな。

 何だっけな……その温泉だったか。湯が沸いてるわけだからさ、湯気がわさわさ立つわけだ。それがことに夕暮れあたりになると濃くなって、一面ぼんやり覆っちまうんだと。


 その時に窓の外を覗くと、会いたい死者が目の前を通り過ぎていくんだとさ。


 それが目当てで山に登る連中もいるのよ。さっき言ったけども、この辺の死人はみんな山に行くわけだからさ、置いてかれた生者連中も山に行けば会えるって考えるのは当たり前だろ。恋しい姿をせめて一目、って宿坊に逗留するやつもいるんだよ。ただ当然禁忌はあって、死人に会っても声を掛けてはいけないんだ。感極まって名前でも呼んだりしたらもういけない。あっと言う間に懐かしい姿が鬼に変わって、声を掛けた生者をあの世に引きずり込もうとするんだとさ。

 けどさ、。そもそも死んだやつ相手にもう一度会いたいって、それでそんな半分あの世みたいな山に行くようなやつは声を掛けずにはいられないと思うんだ。もうどうしようもない、そんだけ執着している相手がいなくなったら、そういう真似だってするだろう。うまくいけばどっちも死んじまうからハッピーエンドではあるのかもしれないな。そこまで執着してるんなら、失くしたまんまで長く生きても辛いばっかりだろ。


 あれ。

 お前、さくらんぼ好きなの? いや怒っちゃないけどさ、半分くらいになってるからすごいなって……いいよ別に。貰うけどな、俺果物全般あんまり好きじゃないんだよ。歯ごたえとかあるし。だから好きなだけ食べてくれて構わない──うん?


 おばけに方言通じるんですか。うん……うん? 何でそんなこと聞くの。

 ああ、お前は方言分かんないのか。その状態で恨み言だのなんだの言われても分からないとか、そういうやつか。そういう……。

 そうだよなあ。化けて出られても、訛りがきつかったら怖がる理由が変わるもんな。そこ引っ掛かってたなら早く言いなさい。イタコの話から遠くにきたからよ、随分な大ジャンプだ。


 大体みんな思いつくと思うけどさ、海外の幽霊にお経って効果あんのかって話にもつながるよなそれ。俺仮に幽霊だとして、目の前で十字切られてもぽかんとしそうだもん。でもさ、ちょっと見てみたいよな。よくさ、心霊番組で心霊スポット突撃コーナーやるだろ。アイドルと芸人と蘊蓄役できゃあきゃあ言いながらつまんない絵面延々と流すやつ。あそこで大体おばけ見える系の人が呼びかけてるじゃん。あれ大体標準語だけどさ、ばきばきの方言だったらどうなるんだろうな。言われてる側も同じ土地ならまだしも、縁もゆかりもないやつだったら分からなくって怯えそうだ……怖くない? 俺だったらだいぶ嫌だよ。テレビで除霊だかなんだかするときはすげえ声張るじゃん。出ていけ! みたいな罵倒寸前みたいなやつ。あれまだ何言ってるか分かればああ怒ってるな、じゃあ謝るか逃げるかしようかなって悩める気がするけどさ、大きい声で訳わからんこと言われたら怖いよ俺は。とりあえず逃げると思う──ああ、結果的に除霊は完了するな。じゃあ目的は果たせるから有効なのかこれ。


 これ逆やられると相当嫌だよな。昔話だけどさ、そういう嫌な目にあったやつを知ってる。


 俺が昔居酒屋でバイトしてたとこにさ、霊感ありますってやつがいたんだ。魂で話せるから言葉の壁はないとか、これまでも迷える連中を何人も成仏させたとか、証拠に都会にいた頃はアメ横あたりでちぎっては投げちぎっては投げの大活躍──うん。話半分で聞いてたよ。ときどき更衣室のロッカーの前で深刻な顔してたり、ホールの清掃中になんかぶつぶつ喋ってるから何だって聞いたらオリジナル祝詞だって嬉しそうに答えてきたりとかはしたけどね、普通に仕事はしてくれてたから。客の注文間違えないなら何でもいいんだよ。話は面白くなかったけど、悪いやつではなかったから。

 八月の末ぐらいだったかな。盆の気の狂ったスケジュールが終わって、各人ちょっとずつ連休みたいなものを取ってたりしてた頃だった。霊感くんも三連休くらいだったかな、ちょっと顔見ないなって日が続いて、ちゃんとシフト通りに出勤してきた。お土産持って来てたから、旅行してきたんだなって思った。

 そのすぐ後だった。霊感くんが出勤するたびに顔色が悪くなり始めて、仕事中でもミスが目立ち始めてね。同僚の間でもなんだよって話題になってたんだ。休憩時間に虚空に向かっていきなり怒鳴り出したっていうのも聞いたけど、そこはあんまり以前と変わらないしなって見解が一致してて面白かった。


 で、九月の真ん中くらいだったかな。シフトが同じ後輩にいきなり暴言ぶつけた上に掴みかかったってんでさすがにまずいなって話になってな。リーダーが話聞いてやったんだって。準面談ぐらいのやつ。

 霊感くんね、素直に話してくれたってさ。


 休みのときに、友人と旅行に行った。観光名所を回ったついでに、話の種にと心霊スポットに向かった。ただの廃屋でしかなかったし、怪しい気配もしなかったけど、友人が怖がるので除霊の真似事をしてやった。


 それから声が聞こえるようになったんだって、霊感くんは言ってたんだと。


 甲高い声でひっきりなしにまくしたてられる、朝も夜も関係なくずっと聞こえる、分かる単語を分からない繋ぎ方で囁かれるからもう何も分からない──そう言って面談のテーブルに突っ伏して吠えるみたいに泣いてたって。

 で、一応報告はしたらしいんだけど、そこそこ人手が足りてなかったからね。即座にクビってわけにもならず、霊感くん働き続けてたよ。俺も何度か一緒になったけど、最後なんかすごい顔色になってたもん。哲也の印南さんみたいな顔してた。げっそり痩せて目元が真っ黒でさ。

 うん。

 知らないよ。辞めたからね、俺。別に霊感くんとか関係なしに事情ができちゃって、それきり。店もそれから顔出してないから、何もかも分からない。案外そのまま働いてたかもしれないけど、


 そんな顔するなよ。麦茶氷溶けちゃってんじゃん……要らない? お代わりあるけど。若者がそんな暗い顔するもんじゃないよ。昔の話だし、何なら他人の話だもん。何も怖くない。怖くってもあれだ、そんな目に遭わないように頑張ればいいだけの話だよ。

 どういうことですかって?

 要するにほら、健全な関係は健全な会話によって維持されるとか──そういうことだよ。お互いに通じるやり方で誠意をもって応対しないと、いつかひどい目に遭うもんだからな。コミュニケーションって大事だろ、怠るといきなり後ろから刺されたりするから。お互いを尊重して、適切な距離と手段を選んで注意深く過ごしていれば、そんなに危ない目には遭わない。道徳の授業みたいな話だな?

 それでも駄目なときはあるけど、そういうときはどうしようもないから諦めると楽でいい。引き際は何だって大事だからな。

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