1限体育と、お友達
「桜ちゃん、だっけ。つーか春野木 桜って、すげー狙った名前なのな!」
休み時間に教室に戻るや否、春樹が飛んできた。
「そうなの、よろしくね」
「リクの昔のご近所なんだって?」
春樹以外のクラスメイトも、興味深々でやってきて、桜は戸惑いながらも嬉しそうだった。
”昔のご近所”…めんどくさいので、そういうことにしておいた。ちなみに桜が、いつものように風変わりな発言をしたらフォローできないかもしれないので、小さい頃から別の国に住んでいたことにするよう言った。
英語じゃなさそうで、あまり皆が分からなそうな国、と思い適当にスロベニアと答えておいた。
生徒は騙せても、先生は騙せないかもしれないから、何か聞かれた時だけ答えるようにと言った。実際、異国から来たことに変わりはないし・・・。
何か外国語しゃべってっていわれたら、適当な言葉を羅列しろと教えた。
我ながら良い感じに誤魔化はそうだと思ったが、所詮リクレベルのアイデアである。
若干の不安もあったが、リクは桜と学校生活が送れるなんて、夢のようだと思った。
何かあったら、自分がなんとかフォローしよう。
そう思った。
「俺、おれの名前おぼえてよ。春樹ね。
”ハル”って呼ばれてるんだ」
「うん、ハル君ね」
「オッケー。で、次体育だから、ジャージに着替えねーと」
「あたし、持ってないや。このままでいいかな?この洋服、とっても可愛いんだもん」
桜は、制服の赤っぽいチェックスカートをつまんだ。
「いや、だめっしょ!和田っちうっせーから。誰か女子に借りりゃいんじゃね?」
リクが他の生徒から、桜のことで質問攻めにあっているあいだ、春樹は桜の面倒をみてくれていた。
(ハル・・・あいつ、あんなんだけど、まじいい奴だからな。とりあえず、あいついてよかったわ)
「なー、誰か―…鳩美、ジャージ2枚ない?」
「え?…長袖ならあるけど」
春樹は、桜の隣の席だった女子を捕まえた。
高校生のくせにキレイな巻き髪、ばっちりのお化粧の顔で、鳩美は春樹を見る。
「この子、ジャージねんだって。貸してやってよ」
鳩美は、一瞬桜をじっと見た。
「…いいけど、あたしサイズMだけど、春野木さんにはでかいんじゃない?」
「いーからいーから、とりあえず貸してやってよ」
「…はい。じゃ、長袖と半ズボンね。
さすがに長袖長ズボンは、この時期きもいでしょ」
鳩美は紺色のジャージを、桜の机にポイッと置いた。
「ありがとう、とっても優しいのね!!」
桜はジャージを握ると、相変わらずまっすぐな言葉を鳩美に投げかけた。
鳩美は、一瞬驚いたようだったが、「そう?」と一言答え、ジャージに着替えだした。
「リクくん、見てみて!ジャージを借りたの!」
桜はだぼだぼしたジャージの袖を突き出して、リクに嬉しそうに見せに来た。
「おー、良かったじゃん。…つーか、なんかお前、ジャージ似合わねー」
リクはゲラゲラ笑った。
体育館に着くと、遅刻した昌秋も追いついた。
「お前、体育の時はちゃんときやがって」
春樹がすかさず、とび蹴りを食らわしに行った。
「いや、だって今バスケだし。…で、あの子ダレ?」
淡々としている昌秋は、春樹の蹴りを両手で止めると、リクの隣にいる桜に目をとめた。
「転校生。リクの知り合いなんだってさ」
「ふーん。なんか、見たことあるようなないような」
「そーか?」
実は、桜と春樹と昌秋は、一度会っている。
しかしそれも1年半前の話だし、お互いに思い出しはしなかったのだが。
「鐘鳴ったぞ、並べー!」
いつものジャージ姿に戻った和田が、ホイッスルとバスケットボール片手に大声を張り上げた。
名前の順、しかも男女別にならぶ制度がわからず、男子に混じってリクの横にならぼうとした桜を、鳩美が呼び戻してくれた。
「あたしの、後ろだから」
「そうなんだ!嬉しい、よろしくね」
素直な桜に、鳩美も少したじたじになる。
「…あー、うん」
「じゃーまず体操から始めるぞー!
ひろがれー
イッチ、二―、サーン…シッ!」
桜は、見よう見まねで体を動かした。
「声だせ、声ー!!」
桜は、バスケなどやったことはない。もちろんボールに触れたことすらない。
体操の後は鳩美を捕まえると、バスケについて教えてもらうことにした。鳩美は面倒くさそうな顔をしつつ、丁寧に教えてくれた。
「鳩美、ありがとな。こいつのこと、頼むわ」
リクは男子の試合を見学する鳩美に、声をかける。
「リク君、あたしお友達ができたの!」
「え」
横で鳩美は、嬉しそうな桜を凝視。
「それ、あたしのこと?」
「うん。鳩美ちゃんのことだよ」
「ちょ・・・鳩美は名字だから」
「そうなの?でも、可愛いからみっちゃんでいいかな?」
「みっちゃん?・・・別に、何でもいいけど・・・」
そんな2人のやり取りを、リクは少し微笑んで見ていた。
鳩美は、ほとんど持ち上がりのこのクラスに、数名別のクラスから入ってきたうちの1人。
ギャル集団といたり、1人でいたり、なんとも自由な奴だった。決まったつるみはしていない。でも、女子からは信頼があるのだ。
一見チャラそうで適当そうだが、実は面倒見がよくて、頭も悪くないことをリクは知っていた。
「あっ、リク君、試合するの?」
ビブスを被るリクに、桜はウキウキ近づいてきた。
「おー」
「わぁ、楽しみ!!頑張ってね、リク君!」
「あー、けどあんま期待すんなよ?バスケなら、昌秋が上手いから、あいつのこと見てな」
「昌秋君?あの、大きい人?・・・わかった!でも、リク君のことばっかり見ちゃうかもしれないな」
リクは少し照れたように、髪をかきあげた。
「んなうまくねーよ、バスケは。オレ元サッカー部だし」
「サッカー?・・・あ、あれだよね、たまに学校のお庭でやってるの見えたの。
黒と白のボール、追いかけるんだよね」
「そーそー。んじゃ、いってくるわ」
試合が始まると、女子はステージに座ったり、サイドに座り込んで応援した。
「ちょっと、昌秋うまいじゃん」
「だって、中学バスケ部だったよ」
「うそー、知らなかった。野球とかかと思ったわ」
女子達が、ステージ側のコートで活躍する昌秋に、視線を集めた。
「シュート~!と、見せかけて~の~!?
パース!昌秋、パッス~!!」
「ハル、うっさいねー試合中も」
「あ、リクも上手いよ。あっちコートの。さとやんも上手いね」
「リクはなんでもできんじゃん。あ、さとやんシュートしたよ。今の、スリー?スリーじゃないの?すごいじゃん」
見慣れた男子達でも、やはりスポーツをする姿は、かっこよく見えた。
「うわぁ、うわー・・・リク君すごい!さっきから、シュートしてるよ!」
桜も、鳩美の横で試合に釘付けになっている。鳩美は、携帯片手にちらりとコートに目をやった。
「ん、そーだね」
「うわぁ、みっちゃん今の見た?!
おーい、リクくーーん!」
「呼んじゃダメっしょ、試合中は」
「そうなの?!ごめんねーー!リクくーん!」
リクは嬉しいやら恥ずかしいやらで、口に人差し指を当てて、桜を振り返った。
「ねぇ、みっちゃんもバスケ上手なの?」
「んー・・・べつに上手くないけど」
「そうなの?だけど、シュートしてそうに見えるよ」
「そー?・・・ま、やってたけどね。小学生ん時」
「やってたんだ!すごい!すごいね、楽しみ!」
「いや、何年も前の話だから」
(・・・この子、よくわかんないけど変わってんなー。
純粋っつーかなんつーか・・・リクの知り合いにしちゃ、稀な"いい子ちゃん"じゃん)
鳩美は、物珍しそうに桜の横顔を見ていた。
(・・・何かしんないけど、懐かれてるしね)
ま、いいけど。と、鳩美は思った。
試合が終わると、リクはチームとガッツポーズを交わし合っていた。
「すごいね、リクくん!とっても、カッコよかったよ!」
「おー・・・そうかよ」
「お前も、頑張れよ」
「うん!」
桜の初体育は、格別活躍したわけではなかったが、とても楽しんでいたのが見て取れたのでリクはとりあえずほっとした。
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