再会、そして大精霊との約束
「おーら、お前ら席着けー!」
三年次の担任は、テンションの高い体育の和田になった。まだ26歳だかそのくらいなのに、30代くらいの貫禄がある。
いつもジャージ姿だが、今日はなぜかスーツで、肩のあたりが筋肉で張り破けそうだ。
「リクー、ハルー!和田っちがキレるよー」
朝のホームルーム、いつものごとく、リクは友人何人かとベランダでだべっていた。
「和田っち、腹減ったよー」
「うっせーな、春樹(はるき)さっさと教室入りやがれ!お前らそのまま締め出すぞ!?」
「和田ー、そのネクタイどこで買ったのー?」
「二番街だよ、お前も早く来いっつーのリク!」
「やだよ教室あちーもん。ここでちゃんと聞いてっからさ」
耐えかねた和田が名簿帳を持ってベランダに飛び出し、全員の頭をひっぱたいた。
「バカやろー!そうやって、去年はみくる先生に迷惑かけてたんだろ!
ほら、今日は転校生が来てんだから、紹介してぇんだよ。・・・早く入れ、次はゲンコツぶちかますぞ」
「んな怒んなよー」
「何、転校生ー?まじでー?」
春樹を筆頭に、だべっていた5人はだるそうに教室へ戻った。
「あ?昌秋(まさあき)のやつ寝坊かよ」
リクは一番前の自分の席を通り過ぎ、一番後ろに空いた昌秋の席に座った。
文系のクラスは、特進クラス以外、ほとんどが持ち上がりのようなものだ。
リク、春樹、昌秋も去年同様クラスメイトだ。
「転校生どこー?」
「女の子ー?かわいいー?」
「どっから来たのー?」
わいわいする生徒達を無視し、和田は廊下のドアを開けた。
「じゃ、入って」
正直、リクにはあまり興味がわかなかった。
転校生だからって、そんなに騒ぐことじゃないだろうと思う。
と、いうそんなリクの考えは、
ドアから入ってきた少女を見て吹き飛んだ。
思わず椅子を倒して立ち上がった。
異常なリクの反応に、クラス中の顔が振り返る。しかし、そんなことはどうでもよかった。
「じゃ、春野木、簡単に自己紹介できるか?」
「はい。春野木 桜(はるのき さくら)と言います!皆さんと、お友達になりたいです。よろしくお願いします!」
ものによくある、ありきたりな展開。しかしリクにとって、現実に起こるこの奇跡が信じられなかった。
彼女―…春野木 桜は、小首をかしげてリクと目を合わせると顔をキラキラさせ、にっこりした。
本当に、本物だった。
茶色いふわふわした髪も、小さくて細い体は着馴れない制服に逆に着られている。
「なんだ?リク、知り合いかー?」
「お前…なんで…?!」
「リク君!!ね、すごいでしょ?私ね、とうとうここにこれたの!!」
すごいなんてもんじゃない。何が起きたか分からない。これを奇跡と呼ばずして、一体何だというのか。
嘘だと思った。早く彼女に触れて、嘘ではないと確かめたい。
「リク、知り合い?」
「なんだよリクの友達なのか?」
「あ…あぁ、そんなとこ」
リクは、なんとかそれだけ答えた。
少女とリクの間だけ、空間がつながったような、時がとまったかのような…そんな気になる。
「じゃー、春野木は鳩美(はとみ)の隣の席に…
あそこの、一番後ろの真ん中だ。
あそこに座ってくれるか」
「はいっ」
リクも、現実になんとか自分を引き戻しながら、静かに座った。
彼女はリクの隣に女子生徒をはさんで、向こう側の席についた。
と言っても、ここは本来昌秋の席なのだが。
ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。
彼女は凛とした、そして少しわくわくした様子で、真っ直ぐ前を向いている。
その横顔が、懐かしかった。
1時間目の授業が始まる前、リクは誰かが少女に話しかけるより先に、彼女を引っ張って教室を飛び出した。
「リク君、あのっ…」
少女はリクの早足に、一生懸命ついてきた。
到着したのは、生徒会室。放課後以外の時間、この教室は誰も来ないのを知っていたからだ。
リクは、そこに着くまでは何も言わなかった。言いたいことは、頭を必死に駆け巡ってはいたのだが。簡単に、言葉にならなかった。
バタンッ
生徒会室に入ると、リクは鍵を閉めて少女を奥のソファに座らせた。
外から見えない、本棚の影。
「… お前…」
「…リク君、あたしねっ…」
リクはがばっと、少女を腕に包み込んだ。
花のようにほんのり香る髪と、すっぽりおさまる小さな体。
「リク君…!」
「…本物…なんだよな…?!」
リクはドキドキしながら、やっとそれを問う。
「そうだよ、あたしだよ、リク君」
色々な思いが、体の各地からこみあげてくる。泣きたいくらいに、嬉しかった。
「リク君、あのね」
リクはそっと少女を離すと、そのまま床に腰かけた。
「あたしね、人間になったの。リク君に会いたくて…どうしても会いたくて」
少女の目が、きらきらした視線を送る。リクはその光を、真っ直ぐに受けた。
「…あぁ。すげーじゃん」
「桜の大精霊様にね、あたしお願いしたの。
それで、叶えてくれたんだよ。
リク君、夢みたいだよ。あたし、もう一度戻って来れたの…!」
「…あぁ。すげーじゃん」
リクは繰り返した。
「これから、ずっと一緒にいれるんだよな?」
「…えっと…」
少女は少しうつむいた。
「えっとね、ただで人間になったわけじゃあないんだ。桜の大精霊様はね、こう言ったの。
”お前の桜は本当に可愛らしく咲き、美しかった。草花も平気で踏みつぶすような人間になれば、お前の美しさは消えてなくなる。
人間になって、お前が桜よりも美しい姿を見せてくれ。
そうしたら、その姿はお前のものだ。一生”
…って」
「…つまり、どういうこと?」
「人間のあたしが、桜の時よりも美しい姿を、大精霊様にお見せするの。そうできた時、あたし本当に人間になれるんだ」
リクはよくわからないまま、頷いた。
「…そっか。よくわかんねーけど、大丈夫だよな?」
「…うん。あたし、頑張るね。まずはしばらく、人間の世界を見てみる。それから、考えてみる。
来年の、一番最初の桜が咲くまでに…」
キーンコーン カーンコーン…
キーンコーン カーンコーーン…
「リク君、音がなったよ。行かなくちゃ」
「…いいよ、このままサボろーぜ。せっかく、会えたんだから」
「え、でも…」
「大丈夫だよ、何か言われたらオレが何とかすっからさ」
「うん…わかった」
そうして、リクは少女―…桜と共に、1時間をそこで過ごした。休み時間になった時、リクはようやくその教室から出た。
教室を出るとき、少女が最後に言った。
「…最後の花びら。…受け取ってくれて、ありがとうね」
リクは1年半前の、最後の時を思い出した。
あの時握った桜の花びらは、大事にとってある。
母親に頼んだら、綺麗にドライフラワーのしおりにしてくれた。
リクの、小さな宝物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます