武威チューバー

助兵衛

第1話 武志、現る

日本では動画投稿サイトが巨大資本を背景に日本の実権を握り、100年が経過しようとしていた。

経済の大半を動画投稿に費やす歪な社会は極端な貧富の差を産み、日本は混迷を極めている。

全国民に平等な機会を、と謳われた国民皆投稿者制度は若者に希望を与えたが、実態はまるで真逆な物であった。

成功するのは有名投稿者の2世、3世であり新世代は大手事務所の巨大資本を頼らねばデビューすらままならない。


資本や支持基盤を持たぬ大半の新世代は伸び悩み、再生数や登録者を得る為に動画内容は徐々に過激に先鋭化していく。

【万引きしてみた】等は可愛い方で【強盗してみた】【暴行してみた】がトレンド入りを果たし、成功者が雑談配信で1時間数億円を稼ぐ中、彼らは犯罪行為を撮影し日銭を稼いでいた……


そんな暗雲立ち込める日本に、喝を入れんと一人の男が現れた。

彼の名は武志、史上初の武威チューバーである。






「ま、まさる君! いくら何でもやりすぎっすよぉ! 」


ここはNEO渋谷。

煌びやかな表通りとスラム化した裏通りの対比が象徴的な現代日本の縮図とも言える街である。

落書きが目立つ路地裏にて、2人の若者が人目を憚り機材の準備をしていた。


「うるせぇ! 昨日のトレンド見たかよ! 【銀行強盗してみた】とか、どうやっても無理だろ! もうこれしかねぇんだ! 」


まさると呼ばれた男の手には、買ったばかりのナイフが握られている。

美しい鏡面には、余裕の無い痩せた顔が映し出されていた。


つい、まさるは自分から目を背けてしまう。


「【殺人してみた】なんて警官隊が黙ってないっすよ! 」


「ヤス! うるせぇぞ! さっさと準備しろ! モデル、いけるか」


ヤスと呼ばれた小男がカメラと一体化した装置を持ち上げ、照準をまさるに向ける。

高周波で振動するような音が微かに機材から漏れ、まさるに光が照射された。


「モデル同調よし、モーションキャプチャ、よし」


「まさるくん……」


「ヤス、俺はまさるじゃねえ。マジカル☆まさるるだ」


路地裏に、突如可憐な少女が現れた。

フリルの強調されたドレス、現実離れしたショッキングピンクのツインテールと愛嬌のある顔立ち。


これこそ、国民皆投稿者制度が生み出した最新鋭テクノロジー……その名もVRリアライザー。


プロジョクションマッピングとモーションキャプチャを合体させたこの技術は、バーチャル投稿者が画面の中だけの時代に終わりを告げた。

ヤスの持つカメラはVRリアライザー、カメラ機能、動画編集機能を兼ね備えた今日本の必需品である。


「今日もいけてるっす! まさるる! 」


マジカル☆まさるるは何十年も前に放送され、制作会社が著作権を解放したとある子ども向けアニメの主人公を改変したものだ。


「……」


まさるは無言で頷く。


このVRリアライザーには音声を加工する機能は備わっていない型落ちのジャンク品だ。

後日、無免許声優に吹き替えを依頼しなければならない。

動画内容の過激さもあり、今回も足元を見られた料金をふっかけられるだろう。


「もう後には退けないっす……じゃあ、手筈通り通行人を」


今まさに、大惨事が引き起こされる。


その時!路地裏に何者かが降り立った。


「……! 」


声を出せないまさるは驚きつつも、やすの前に立ってナイフを見せ付ける。

犠牲者を出す手間が省けたとヤスは撮影を開始した。


暗がりで乱入者の風貌は確認出来ない。

しかし、身長はモデル投影前のまさるとそう変わらない。

武器ももぅておらず、たった1人で、このご時世に呑気なものだった。


まさるはジリジリと距離を詰める。


動画投稿時には緊張感溢れるBGMや、可愛らしいマジカル☆まさるるの声が加えられているだろうが、今はそうはいかない。

互いに一言も発さず、遠くでNEO渋谷表通りの喧騒が聞こえてくる。


張り詰めるような緊張感に、ヤスは耐えきれず唾を飲み込み。

呼応するようにまさるが飛びかかった。


今、友達が殺人を犯す。

その恐怖から思わず目を背け、数秒。


数秒経っても何も聞こえない。

恐る恐るまさる達が居た方向を見ると、まさるが腹を抑えて地面に蹲っていた。


「ぬるいな」


乱入者が口を開いた、路地裏に低い声が響く。

モデルが投影されたままのまさるを片手で持ち上げると、興味深そうに検分し始めた。


「おかしなものだ、気配と姿がまるで違う」


「まさるくんに何すんだてめぇ! 」


ヤスは転がっていたナイフを手に取り、乱入者に突っ込んだ。


「やめておけ」


乱入者は片手でまさるを持ち上げたまま、もう片方の手でナイフの刃を掴んで止めて見せた。

ヤスが押しても引いても、ナイフはピクリとも動かない。


「武器を使うのは良い、だが頼りすぎると動きが単調となる」


あくまで諭すような声。

路地の前を車が通りかかり、ヘッドライトで初めて乱入者の風貌が明らかとなった。


タンクトップに短パン、貧相と表現出来る服装。

しかし、肉体との対比が貧相などという言葉を打ち消した。


今にも爆発しそうな程に凝縮され、薄皮1枚隔てた内側に危うさすら感じさせる圧倒的な筋肉。

長年の打撃訓練故か、硬く大きく変形した握り拳。

獅子の如く全てを圧倒するようで、猛禽の様に俯瞰して落ち着いた眼差し。


見えたのは一瞬、しかしヤスの脳は覆しようのない格の違いを理解した。


握られていたナイフが握力に耐えかね砕け散ると同時に、その場に座り込んでしまう。


「貴方は、一体……」


つい、名を訪ねていた。


打算や意図があった訳では無い。

強い雄への敬意が彼をそうさせたのだ。


「俺の名は武志、故あって動画投稿者となりたい。知恵を貸してくれないか」

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武威チューバー 助兵衛 @hibiki222

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