第8話 新しい錬金術の使い方
結局、パーティーネームは『第8キャラバン』に落ち着いた。
ミカンさんは「美味しそうじゃないです……」とかなんとか言っていたが、そのあたりは無視して、強引にこの名前を採用した。
え、他にいい名前はなかったのかって? いやむしろ、これくらい特徴のない名前の方が目立たなくてゆっくり旅ができるだろうと思ってこの名前を選んだのだ。このネーミングにはちゃんと合理的な理由があるのである。決して俺のネーミングセンスが悪かったわけじゃない。……ほんとだよ?
と、そんな風に頭の中で言い訳を繰り広げつつ、馬車を進めていくと、森が開けて遠くに街壁が見えてきた。
街まであと少しである。
◇ ◇ ◇
あれから1度、門前の草原にて馬車を止めてログアウトした。
そして、現実世界にて1日たった翌日の18時に再びログインする。
ゲーム内では早朝の時間であった。
街壁の門前に到着すると、そこでは長蛇の列ができていた。
その最後尾に並ぶと、検問係の人がやってきて、馬車の中身を確認し始める。
問題がないと判断されると、『許可証』というアイテムが渡されて、門を通過できるようになる仕組みだ。
「野菜か。見たところ怪しいものは混ざっていないようだし。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
無事、許可証を手に入れてしばらく待つと、俺達の番が回ってくる。
許可証を差し出すと、何事もなく門を通過することが出来た。
「前にも来たことありますけど、あんまり変わらないですね」
「そうなのか? でも、けっこう綺麗な街並みだな。『マリー・ジョーカー』の風景を思い出すよ」
「あー確かに!」
門の先には色とりどりの明るい色をした屋根の建物が並んでおり、道には装飾の施された黒い街灯が並んでいる。今いるのは街の東側であるが、北の方には青い屋根の尖塔を持った城が建っていて、この街に領主がいることがわかる。
ちなみに、『マリー・ジョーカー』は主人公の少女が魔法学園に入学するというファンタジー小説が原作の映画だ。世界的に有名なので、知らない人はいない名作である。
「ていうか、トトローさん映画も見るんですか?」
「見るよ。『マリー・ジョーカー』も全作見た」
「ほぇ~、私は5作目までしか見てないです。途中から敵キャラの過去編とかが続いて飽きちゃったんですよね」
「え、あの辺面白かったことないか? 伏線回収とかされて結構盛り上がったんだけど……」
「全然面白くないですよ。あの敵キャラ達って生肉食べる設定じゃないですか。食事シーンが全部生肉って誰得なのかって話ですよ。まったく」
「そこかよ」
ミカンさんは本当に食べモノが好きなようだ…‥。
そうして話していると、カイン達とライマルさん達が近づいてくる。
「さて、それじゃ、俺達はここでお別れだな」
「ああ、そうだな。カイン達、ライマルさん達も、ここまでありがとうございました」
「気にすんな。また縁があったらよろしくな」
「ミカンちゃん。元気でね」
そうして、カイン達とライマルさん達は街の雑踏の中に消えていった。
「よし、それじゃ、まずは預り所にいこうか」
「場所分かりますか?」
「んーわからないな。教えてくれるか?」
「お任せあれ~……報酬はリンゴ1つでいいですよ!」
「えぇ。……女の子が食い意地張ってるとモテないよ?」
「んなっ⁉ 余計なお世話です! 私は食い意地張っていません! それに私だって、モテたことくらい……モテたことくらいありますよ⁉」
「うん、ないな。ないってわかった」
「うぐっ。べ、別に食べるのが好きでもいいじゃないですか! 私はどれだけ食べても愛してくれる男性を募集します!」
「うん、見つかるといいね」
そうしてミカンの案内の下、俺達は馬車の預り所へと向かった。
◇ ◇ ◇
街の大通りを少し進んだところに、馬車の預り所はあった。
木製の倉庫みたいな建物が並んだ外観で、そこに馬車を収納するらしい。
俺達はそこで馬車を降りると、店員らしき人物と話をする。
「ようこそ。馬車は3台ですね。泊めていかれますか?」
「よろしくお願いします」
「かしこまりました。それでは合計で1万リルです」
うっ。結構するな……まあ、馬車に加えて馬の世話までしてくれるんだから、それを考えたら安いのかもしれない。
1万リルをアイテム化して店員に渡す。そして、俺達はその場を離れようとしたのだが……。
「お客さん! 大丈夫ですか?」
「ええ、まあ。すみません。馬車の車軸が壊れたみたいで」
「困りましたね……」
と、そんな会話を聞きつけた。
可哀そうだなぁなどと思っていると、くいくい、と袖を引っ張られる。
そちらを向くと、ミカンさんが不思議そうにこちらを見ていた。
「助けないんですか?」
「助けるっていったって、どうやって?」
「トトローさんは錬金術師ですよね? 木材があれば錬成ですぐに治りますよ?」
え、錬成ってそんな使い方もできたのか。
木材は手元にある。チュートリアルで大量に切り倒してきたので十分すぎるほどに余っているのだ。そうとなれば、助けるほかあるまい。失敗しても恥をかくだけだ。
「あの、お困りですか? 僕は錬金術師なのですが、よかったら修理いたしましょうか?」
そういうと、馬車の主が「ぜひお願いします」ということだったので、さっそく試してみる。
馬車の車軸を見せてもらうと、結構派手に折れているのが分かった。そこに意識を集中しつつ「錬成」と唱えると、画面が目の前に現れる。いつもの4×4マスのマス目だ。
そこに木材(小)を一つセットして錬成してみる。
《錬成に失敗しました。アイテムはロストしました》
うーん。木材(小)ではダメか。
その後色々試してみたところ、3回目の「木材(中)×2」の組み合わせでうまくいった。
「おお、ありがとうございます!」
「いえ、これくらいは大したことではないので」
「その……お代の方なのですが……」
ん? 商人っぽいから金くらい持っているだろうと思ったのだが、まさか持っていないのだろうか?
「金での支払いが厳しいようでしたら、別に金じゃなくても構いませんよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます! 実は道中で魔物に襲われまして、経営がカツカツの状態なんです。本当にありがとうございます」
「それで、どんなお礼にしてくれるのでしょうか? こちらも商人なので、できれば有益なお礼であると助かるのですが」
向こうの経営もカツカツのようだが、俺の家計は多分もっとカツカツだ。
だからこちらから譲歩することはあまりできない。今回の錬成で使用した素材だけでも600リル近く使っている。それに人件費を載せたくらいの価値でないとお礼として受け取ることができないのだ。
馬車の主は少しだけ考えた後、俺に向き直ってこう言った。
「それでは私どもの家に招待するというのはどうでしょうか? ぼろ屋ではありますが、この街での滞在に不自由しない程度には整っております。良ければ食事も出しましょう。それでどうでしょうか?」
宿と食事か。なかなかいい提案だな。普通に素泊まりすると2000リル、食事付きだと2500リルくらいが相場のようなので、2人合わせて1、2泊ほどすれば元が取れる計算になる。
「じゃあ、それでお願いします」
「分かりました。ああ、私はデニスと申します」
「トトローです。よろしくお願いします」
俺はデニスと握手を交わす。
こうしてこの街での滞在場所を手に入れた。
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