第7話 完熟みかんさん
次の日。
バイトをこなしてから約束の18時に『メタトロン』へとログインした。ゲーム内は朝の6時で早朝の時間である。
ログインすると既に完熟みかんさんがいて、カイン達と何やら話し込んでいる様子であった。
「こんばんは? かな?」
「あー、おはようございます、かな? 一応この世界ではロールプレイしている人もいるから、『おはようございます』っていう人が多いですよ」
「なるほど」
挨拶はゲーム内の時間に合わせるのがマナーのようだ。
「カイン達もおはよう。って、よく考えたらずっとこの場所で警備してくれていたんだよね? なんか2日も放置しちゃってごめん」
「いいっていいって。元々そういう契約だし。気にしなくていいぞ」
このゲームはMMOなのでログインしていない間もゲーム内の時間は進行する。そしてゲーム内の時間は現実の3倍の速度で進行するので、俺がログインしていない間、カイン達は2日の間この場所で待っていたことになるのだ。
他のプレイヤーを待っている間に完熟みかんさんやカイン達と話していると、他のメンバーも次々とやってくる。
「待ったかな?」
「お疲れさん」
「お疲れ様でーす」
メンバーが揃うと、俺達は馬車に乗って進みだす。今日の目的は隣町に辿り着くことだ。
街道の両脇に森を見ながら馬車を進めていく。ガラガラと鳴る車輪の音を聞きながら鼻歌を歌っていると、完熟みかんさんが話しかけてきた。
「その鼻歌、『ふっくらイースト菌』の歌ですか?」
「え、ああそうだけど」
『ふっくらイースト菌』とは有名なバンドの名前である。有名といっても、アニソンで有名なバンドなので、彼女らのファンは主にオタク達である。
そんな『ふっくらイースト菌』の歌を鼻歌で歌っていたわけだが、妙に完熟みかんさんの食いつきがいい。
「へぇー! 実は私、イースト菌のファンなんです! いやぁ、イースト菌を知っている人に出会えるなんて今日はいい日ですね!」
「そうかな? まあ俺もイースト菌好きだけど、どちらかというとアニメが好きで歌も好きになるタイプなんだ」
そういうと、完熟みかんさんの目が輝いた。
彼女もアニメが好きなのかもしれない。まぁ、ゲームをやっている人にはそういう人も多いだろう。
「どんなアニメが好きなんですか?」
「ん~、最近だと、『結晶畑を乗り越えて』っていうアニメかな。知ってる?」
『結晶畑を乗り越えて』とは、結晶で出来た花が一面に広がる花畑に住んでいる少女達の日常を描いた物語である。しかし、実はこの結晶畑にはホラーな秘密があって、物語の後半はそのホラーな事情に少女達が巻き込まれていく……という内容になっている。
完熟みかんさんはそのアニメの名前を聞いて、少し興奮した様子を見せた。どうやら彼女も知っているアニメだったらしい。
「知ってますよ~。作画めっちゃ綺麗でしたよね! 青空の下に結晶の花がたくさん咲いていて……あんな風景の場所に行ってみたいなぁって思いました」
「だよね。このゲームにもそういう場所あればいいんだけどなぁ」
「あはは、さすがにない……」
軽い気持ちで言葉にした願望だったのだが、完熟みかんさんはそれを否定しようとして、何かを思いついたような顔をした。
「あ、あれ? ないこともないかもですよ?」
「え?」
「んーと…‥制限がかかっているせいで、まだあんまりプレイヤーが入っていない場所なんですけど、北西のソレド国ではクォーツ系のアイテムが良く採れるって噂なんです。なんでも結晶だらけの場所があるらしくて、すごい綺麗な場所だってネットでは噂されていたんですよ」
「なるほど、そこなら結晶畑みたいな場所もあるかもってことね」
「そうです!」
結晶畑のような場所か……本当にあるなら行ってみたいな。せっかくゲームで観光旅行やってるんだし、貴重な景色は目に収めたい。
「ソレド国か……たしか亜人達の国で排他的なんだっけ」
「そうですね。亜人に認められないと入国できないっていう特殊な場所です」
「そっかぁ。まぁ、せっかくだし、ダメ元でソレド国を目指してみようかな」
俺がそういうと、完熟みかんさんが、下を向いて何やら考え込んでしまった。
何かまずいことでも言っただろうか? と考えていると、完熟みかんさんが顔を上げた。
その顔には強い意思が現れているように見える。
「あの、トトロ―さん」
「何かな?」
「私もトトロ―さんの旅に同行していいですか?」
「えっ?」
俺は予想外の展開に頭が一瞬真っ白になった。
「え、えっと、まず理由を聞いてもいいかな?」
「いや、理由ってほどのことでもないんですけど、実は私、スローライフをしてみたいと思っていたんです」
「え、でも完熟みかんさんのクラスは魔法剣士ですよね。生産プレイよりも狩りをするのが好きなんじゃないですか?」
「あ、『ミカン』でいいですよ。言いづらいと思いますし。……えっと、確かに私は魔法剣士なんですけど、元々はネット友達に誘われて始めて、その時はスローライフとか考えていなかったんです。でも、そのネット友達に付き合っていたら、狩りばかりする日常になってしまって……正直、もう狩りはお腹いっぱいなんです」
「それで、スローライフをしたくなったってこと?」
「はい。……ダメ、でしょうか?」
少し上目遣いにのぞき込んでくるミカンさん。凶悪な可愛い視線に俺の頭が若干くらっとする。しかし、それに耐えて俺は少し考えてみる。
……考えてみたが、別に何の問題もないな。うん。よし。
「別にいいよ。でも、行先とかは基本的に観光スポット重視だけどそれでもいいの?」
「むしろその方がいいですね」
「そっか。それなら、まぁ。……改めてよろしく、ミカンさん」
「やたっ! よろしくお願いします!」
俺はミカンさんと握手を交わした。
こうして旅の同行者が一人増えることになった。
◇ ◇ ◇
それから、ミカンさんはライマルさん達メンバーに相談したところ、かなり惜しまれたようだが、最終的には理解を得られたようだった。
「まさかミカンちゃんがそんな悩みを抱えているとは知らなかったよ」
「まあ、前から狩りしててもあんまり楽しそうではなかったような気はするな」
「ま、これも一期一会ってやつだろ。また縁があったら連絡してくれよな!」
そんな感じでミカンさんは俺達の旅に同行することが正式に決まった。
「それじゃ、せっかく同じ旅路を行くんだし、パーティー組みませんか?」
「いいよ。どっちがリーダーやる?」
「それはトトローさんですよ。このキャラバンのリーダーなんですから」
そういうわけで俺がパーティーリーダーをやることになった。
俺はメニュー画面を開き、「パーティー」のアイコンに触れる。画面を操作してパーティーを作成し、ミカンさんにパーティー申請を送った。
《完熟みかんがパーティーに加入しました》
パーティーを組み終わると、ミカンさんが話しかけてきた。
「そういえば、名前決めないといけないですね」
「ああ、パーティーの名前ね。ミカンさんは何かいい案とかある?」
「そうですね……では、『もぐもぐ探検隊』とかどうですか?」
「え、何その名前。何を食べに行くのさ?」
「ダメですか? じゃあ、『日の丸みかん号』とか?」
「うーん……」
「あ、思いつきました! 『紅鮭みかんの醤油丼』です!」
「もういい、わかった。俺が決める」
俺はミカンさんのネーミングセンスを見て自分で決めることにした。
ていうか、何で食べ物の名前ばかりなのだろうか。PNにも食べ物の名前が入っているけど、実は食べ物好きな人なのだろうか?
そんなことを思いつつ、俺はパーティーネームを考える。
そして俺が出した名前は……
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