第6話 魔物に襲われたら女の子に出会った

 リアルの世界で魔物がいたらどんな感じだろうか。

 その答えが目の前にある。


 緑色の肌をした半裸の巨漢が棍棒を振り回して突進してくる様は、アクションゲームに慣れている俺であっても、少し、いやかなり、ホラーな光景だった。

 思わず「ひょえっ⁉」と変な声が出たほどである。


「クソ! なんでゴブリンロードなんて大物がこんな場所にいるんだ!」

「トトローさん! 俺達が時間を稼ぐから、すぐに馬車を率いて街まで戻ってください!」

「皆! 無理して突っ込むなよ! 足止めだけで十分だ! 気を付けてかかってくれ!」

「了解!」


 カイン達は武器を持って駆け出すと、魔物と衝突する。

 そして激しい剣戟を繰り広げ始めた。

 

 なんか、さっき「逃げろ」っていうようなことをNPCの人が言っていた気がするんだけど……もしかしてこの魔物はヤバい相手なのか?


 まだこの世界に不慣れなために、あたふたとしつつカイン達の方を見ると、じりじりとカインたちが押し戻されている様子が見えた。カインの頬には既にかすり傷までついている。この状態を見て俺は悟った「これは負けイベだわ」と。


 そこまで考えると、後は早かった。馬達を馬車につなぎ直し、桶などのアイテムを回収してから、御者台にのぼって手綱を強く降り下ろす。馬達が走ろうとするが、どうにも速度が遅い。


「クソ。積み荷が重すぎるのか……せっかくの野菜だけど、下ろすしかないな。馬達を失うほうが今は痛い」


 俺は素早く判断すると野菜をアイテムボックスに移してその場に放出するという作業を始める。


 3回目の作業を終えて、さあ出発しようかと思ったその矢先。

 魔物がいきなり吠えた。


「オォォォォォォォォォ!」


 慌てて振り返り様子を見ると、魔物が棍棒をカイン達に向けて投げつけていた。

 予想外の攻撃にカイン達は棍棒をまともに食らってしまい、一瞬怯む。

 その隙に魔物はカイン達の包囲網を突破してこちらに向かって突進してきた!


「ちょ⁉ 嘘でしょ!」


 突然のことに俺の頭は混乱し、判断が鈍る。

 あたふたしている間にも、魔物はこちらに向かって猛スピードで突進してくる。

 やがて俺の目の前までたどり着いた魔物は……俺を無視して飛び上がり、馬車の方を破壊しようと腕を振りかぶった。

 俺はとっさの出来事に対応できず、その場で叫んだ。


「ちょっ⁉ やめ‼ 馬車はダメェェェェェェェ‼」


 それ借り物なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ! ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼


 などと叫んでいると……いきなり飛来した火の玉が魔物の脇腹に着弾し、その勢いで魔物が吹っ飛んでいって、その場で赤いポリゴンを発して消滅した。


 驚いて火の玉が飛来した方を見ると、派手な装備に身を包んだ一団がいた。

 いつの間に来たのか知らないが、明らかに高レベルのプレイヤーだ。


「ふぅ。間に合ったようですね。大丈夫ですか? 怪我はないですか」

「は、はい。大丈夫です」


一団の中から一人の女性が駆けつけてきて、俺に話しかけてくる。

金髪で目は緑色。鼻筋の通った顔に小ぶりの唇と、まあ有体にいって美人さんだ。身長は160センチ程度で俺より頭一つ小さい。


しかし、俺にとってはそんな美人と話すことより大切なことがある。

馬車の方を見ると、借り物の馬と馬車には傷一つついていない。どうやら大丈夫なようだ。ふぅ、危ない危ない。壊れなくて本当によかった。出立して早々に壊したら、さすがに何て謝ればいいのか分からないからな。馬に至っては「大切な馬だ」って言っていたし。


「……なんで馬車の方を見てるんですか? 助けたのは私ですよ? わ・た・し。お礼の一言くらいあってもいいんじゃないですか?」

「ああ、そうだった。助けていただいてありがとうございます。いやぁ、ほんと。間一髪だったので助かりました」

「間一髪だったのは馬車の方だと思うけど……」


 女性は怪訝そうな顔をしつつも、すぐに意識を切り替えたらしく、再度俺に話しかけてきた。


「まあいいや。実は私達、フレンツェルの街から隣街に向かうところだったんです。あなた方も行先は同じであるように見えますが、違いますか?」

「ああ、えっと。その通りです。隣町まで行くところで魔物に襲われてしまって」


そういうと、女性は手を叩いて笑顔を作った。


「やたっ! そうなんですね! では、助けたお礼ということで、馬車に同乗させてもらえないでしょうか?」

「それは構わないですが、お礼がそんなものでいいんですか?」

「逆に聞きますけど、あなたは何か高価なものを差し出せるんですか? 見たところ初心者さんですよね?」

「まあ、そう言われると、確かに俺には差し出せるものはないですが……」

「それじゃ、乗せてくれますか?」

「えっと、はい。どうぞ」


こうして、同乗者が数名増えることになった。

 隣町への旅路はまだまだ続く。




◇ ◇ ◇




 今回同乗することになったプレイヤー達は『春風リフレイン』という名前のパーティーを組んでいるらしく、メンバーは赤髪で赤い刀を携えた『ライマル』さん、銀色のフルプレートを着こんだ黒髪黒目の『頑丈万丈』さん、白い着流しを着て拳にこげ茶色のグローブをはめた『腹筋チョコレート』さん、そして先ほど俺(の馬達)を助けてくれた『完熟みかん』さんの4人だ。


 4人と話して分かったことは、彼らがガチのプレイヤーであるということだ。現実時間で週4日6時間以上はログインしているらしく、課金までしているというから相当なガチ勢のようだ。最も完熟みかんさんは学生らしく、課金などはしていないらしい。


「で、トトロ―さんは何でこのゲームをしようと思ったんだい?」

「いやぁ、実はですね……」


 俺はここに来るに至った理由を大雑把に説明した。話が進むうちに、だんだん皆の目が憐れみを含むものに変わってきて、俺はちょっと胸が痛んだ。

 

「それで、傷心旅行でもしようかなと思ったんですが、学生なのでお金がなくて。それでゲームなら安上がりだし、いいかなと思って始めたんです」


 そう話を締めくくると、4人は奇妙なものをみたような反応をした。


「傷心旅行が目的でゲーム始めた人、私初めて見ましたよ……」と完熟みかんさん。

「確かにちょっと珍しいね。スローライフしているプレイヤーは他にもたくさんいるけど、さすがに君みたいな理由の人は見かけないかな」とリーダーのライマルさん。

「今どきの学生ってそういう発想するんだな。旅行目的でゲームするなんて、おっさんの俺にはちょっと思いつかない発想だな」と頑丈万丈さん。

「ゲームするのに理由なんて別にどうでもいいだろ。俺なんか筋トレの休憩日が暇だからって理由でプレイしている口だしな」と腹筋チョコレートさん。名前通りの変わった人のようだ。


「それで、旅行しにきたトトローさんはなんで行商なんてやってるんですか?」

「いやぁ、それも訳がありまして……」


 この世界に来てからの出来事を説明すると、これまた奇妙な目を向けられた。


「え⁉ 錬金術師選んだけど、スローライフできそうにないから行商始めたんですか⁉」

「普通そこはキャラを変えると思うんだけど、なかなか面白い発想をするね」

「野良の生産職では生活しづらいってのは運営サイドも分かってると思うんだが、なかなか改善されないんだよなぁ」

「トトローはなかなかアイデアマンだな! 俺にもその発想力を分けてくれ」


 いや、腹筋チョコレートさんはネーミングセンスがあるからいいじゃないですか。あるのかないのかは議論の余地があるが。

 それと、俺の発想ではなく全部駿の発想なんだよなぁ。よく考えるとあいつは昔からアイデア出すのが得意だったっけ。


 そうして話しながら馬車を進めていく。

しばらく経つと、夜が近づいてきた。まだゲーム時間で17時くらいだが、現実の方でもそろそろログアウトしないといけない時間だ。


 「それじゃ、野営するから準備手伝ってもらえますか?」

 「もちろんだよ。さすがに私達もそろそろログアウトの時間が迫っているからね」

 「じゃあ、カイン達と調理の方をお願いしてもいいですか」

 「了解、まかせてくれ」

 

 そうしてみんなで協力して準備を整えていく。

 俺は馬達の世話をし、カイン達とライマルさん達は調理を始める。といっても火を起こすのは『火打石』というアイテムを使えばすぐにできるし、調理も基本的には『調理師』のスキルがあれば5分程度で出来てしまう。今回はカインのパーティーメンバーの人と、完熟みかんさんが調理をするようだ。


 その後、みんなでクリームシチューをいただいた。この世界で初めてまともな食事を食べたが、このゲームは味の再現度もすさまじいようだ。乳製品特有のまろやかさや甘さがしっかり再現されている。現実のクリームシチューと大差ない味で、非常に美味しい。


「あんまり食べ過ぎないようにな。ここで腹がふくれると現実で食事が出来なくなるから気を付けた方がいいぞ」

「あ、そっか。そういえば食事の量も少なめだなって思ったけど、そういうことか」


 確かにそれは問題だ。現実の食事が食べられなくて餓死するなんてことになったらシャレにならない。一応その辺のことはゲームの説明書に書かれていたが、詳しくは読んでなかったからなぁ。


 晩飯を終えると、分担して片づけを終えて、馬車の中に設置してあるベッドへと向かった。これは馬車に最初から設置されていたもので、借り物なので壊してはいけない。

そして、ログアウトしている間の警備はカイン達が担当してくれるみたいなので安心だ。


「それじゃ、カイン。警備の方頼むね」

「任せろ。もう昼間のような不覚をとったりはしないぜ」

「それは頼もしいな。じゃ、行ってくる」

「おう、ゆっくり休んできな」


 そうして、俺はベッドに横になり、ログアウトした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る