第5話 ようやく始まる観光旅行
ハバネロ農家さんと馬車などの取引をした後、俺達は商会の裏手に回り、
6頭の馬と3台の馬車とご対面した。
「左からソルカ、ポルカ、ノルカ、オルカ、コルカ、ノルカだ。大事な馬だから死なないように丁寧に扱ってくれよ。こいつらは若いからよく食うが、食費は自己負担だから、まあ、がんばれ」
「は、はい」
馬たちに恐る恐る手を伸ばすと舌で手を舐めてくれる。ざらざらした手触りが伝わってきて、ちょっと気持ちいい。
「それとこっちが3台の馬車だ。まあ性能は中の下ってところで、2000キログリム程度までなら乗せることができる。初期のアイテムボックスが確か1000キログリムまでだったから結構入る大きさだな」
馬車は幌付きの馬車で、幌は後ろに畳むことができる仕様だ。木材で出来た本当に普通の馬車だが、なぜかサスペンションが付いている。もしかしたらプレイヤーメイドの馬車かもしれない。
しかし、積載量は1つあたり2000キログリムか。どうも今までの感覚から1キログリムは1キログラムと同じだと思われるので、現実の感覚でいうと合わせて6トンの物資を運ぶことができるようだ。
「2000キログリムも入るとなると、何を運んだらいいんでしょうか?」
「まぁそれはその時の需要と相談する必要がある。この読みを間違えると赤字になるから一番気を付けないといけない部分だな。まぁ最初は苦労するだろうが、そのうち慣れてくると思うぞ」
「なるほど……」
行商で何をどこに運ぶべきかは自分で決めなければいけないようだ。失敗すると赤字だが、うまくいけばたくさん稼げる。それはそれでワクワクするな。そういうリアルな部分があると、なんかこの世界に住んでいるって感じがする。
「そんじゃ、最初は何していいかわからんと思うし、うちで育てている野菜を隣街まで運んでくれないか?」
「分かりました」
その言葉を最後に、俺達は出発のための準備に入った。
◇ ◇ ◇
馬車というアイテムは便利なもので、プレイヤーであればメニューを操作するだけで、アイテムボックス内のアイテムを瞬時に荷台に移動させることができる。
そういう仕組みであるために、ハバネロ農家さんの野菜の積み込みはあっという間に終わってしまった。
シュンシュンもその他の準備を手伝ってくれた。主に道中の護衛をしてくれる冒険者を雇いに行ってくれたので、俺は馬車の準備の仕方を学ぶことに集中することが出来た。
「悪いな。こんなことしかできなくて」
「いいよ。シュンシュンは戦闘職だし生産職のことはさすがに詳しくないだろうしね。ハバネロ農家さんを紹介してくれただけでもすごく助かってるよ」
「そう言ってくれるといいんだが。まあ、また何か情報とかあったら教えるよ。あ、そうだ。フレンド登録しとくか」
そういって、シュンシュンがメニュー画面を操作すると俺の視界にメッセージが表示される。
《シュンシュンからフレンド申請が届きました。受諾しますか? YES/NO》
もちろんYESを選択する。
「うし、これで遠くにいても互いに連絡が取れるようになるぞ」
「あ、俺もトトロ―さんとフレンド登録しておいていいか?」
「もちろんです。ハバネロ農家さん」
「もし困ったことがあったらいつでも連絡してくれ。こっちからも有益な情報は共有させてもらうから安心してくれていい」
「ありがとうございます」
一通りフレンド登録を済ませると、出発の最後の準備を進める。
馬達を馬車につないでいき、御者台にのぼって手綱を握る。
手綱を振ると、馬が動き出した。後ろの馬車につないだ馬達も、先頭の馬車と繋がっているために、後に続いて進み始める。
やがて大通りを進んでいくと、フレンツェルの西門が見えてきた。
西門の前までくると、シュンシュンが俺に向き直り、拳を突き出す。
「じゃあ、また何かあったら連絡くれよ。リアルの方でもいいけどさ」
「おう。色々ありがとうな」
「別にいいって。……じゃあ、またな」
「ああ、またな」
俺も拳を突き出して、シュンシュンの拳に軽くぶつける。
その後はそのまま、まっすぐ前だけを見て、西門を通り過ぎていった。
俺は一路、隣町へと続く街道を進み始める。
ようやく俺の観光旅行が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
ところで、俺が預かることになったこの商隊は、『第8キャラバン』という名前になったらしい。出発して3時間ほどしてから送られてきたハバネロ農家さんからのメッセージにそう記されていた。
由来はそのまんまで、ハバネロ農家さんの運営する商会『ハバネロ商会』の8番目のキャラバンという意味だ。
そんな商隊を率いながらのんびりと馬車を進めていく。この辺りは草原が多いのか、明るい黄緑色の雑草が一面に生えており、風にたなびいて輝いている。地平線のあたりには、まばらに木が生えいていて、その先は森へと続いているらしい。クエスト報酬の地図で確認した情報だ。
「うーん。景色はきれいだけど、さすがに3時間以上も同じだと飽きるな」
その言葉通り、この世界の移動は結構時間がかかる。最短距離を歩いて進んでも隣町までは平均して2日ほど(ゲーム内時間で)かかるらしい。その間やることはなく、馬車の手綱を手放すわけにもいかないので結構暇だ。
「そういうなって。こういうのんびりした旅路もいいじゃないか。それともお前さんは生き急ぐタイプか?」
「そんなんじゃないけどさ。でもちょっと退屈すぎるかなって思っただけだ」 「まぁ、これがこの世界の日常だからそのうち慣れると思うぞ」
話し相手になってくれているのは、NPC冒険者のカイン。NPCで構成される4人組のパーティ―のリーダーで、今回隣町までの護衛として雇った冒険者だ。雇う手続きはシュンシュンが行ってくれたので見ていないが、Dランクの冒険者ということで腕は確かなようである。
ちなみにこの世界にも冒険者ギルドがある。戦闘系プレイヤーの大半は冒険者ギルドに登録し、冒険者となって依頼をこなしていくらしい。そして、依頼達成率に応じてランクが付与され、そのランクが高いほど腕に信用のある冒険者ということになるようだ。
ランクはG、F、E,D、C、B、A、S、SS、SSSと10のランクに分かれている。Dランクというのは、この辺ではかなりベテランの冒険者で、隣町に行くくらいならば正直Fランクでも行けるらしい。ただ、彼らは今回たまたま隣町に個人的な用事があるらしく、隣町に行く間に受けられる良い仕事も見つからなかったとか。そのため、少し安くても俺の仕事を請け負ってくれたようだ。
その後、カイン達と雑談しながらしばらく進んでいると、森の入り口付近までやってくる。
森に入る前に昼休みにしようということになり、俺達は馬車を止めて一度休んだ。
「ほい、お前達。水とニンジンだよ。たくさんあるからな~」
ハバネロ農家さんから買った桶にバケツの水を入れ、馬達に差し出す。馬達はうれしそうに水を飲み、傍に置いたニンジンにかぶりついている。
ちなみに、この世界には『スタミナ』や『空腹度』が存在する。スタミナは文字通り、走ったり泳いだりすると消費し、歩いたり止まったりすると回復するゲージだ。スタミナがゼロになっても走ったりしていると、HPが減っていくらしい。
空腹度は時間の経過とともに減少していくゲージで、食糧を食べることで回復する。ゲージがゼロになっても何も食べないでいるとHPが減っていくので、こちらも注意が必要だ。だいたい1日に1食分は食べないとHPが減り始めるらしい。
「おーい。トトロ―! お前もこっちで食べないか?」
「ちょっと待っててください。今行きます!」
俺も昼飯を食べようと思い、カイン達の場所へと向かおうとしたところ。
森の方から、ドン、ドンという足音が聞こえ始めた。
その音を聞いたカイン達はすぐに昼食を地面に置くと、背負っていた武器をとって戦闘態勢を整える。
やがて茂みの中から現れたのは2メートルを超える巨大な人型の魔物であった。
くすんだ緑色の筋肉質な体で、口元からは2本の大きな牙が生えている。腰には簡素な布を巻き付け、手には大きな木の棍棒を携えている。
その魔物は俺達の存在を視認すると、大きく息を吸い込み、吠えた。
「オォォォォォォォォ‼‼」
そしてその魔物はこちらに向かって思い切り突進してくる。
俺は初めて見るリアルな魔物の姿に心底
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