第3話 お約束のチュートリアル

 再び意識が戻ると、そこには中世風の街並みがひろがっていた。


 クリーム色の石壁に赤茶っぽい屋根が並んだ街並みで、道路には石畳が敷き詰められている。街中ではフリルのついたワンピース風の服を来た女性や簡素なシャツを身にまとっただけの男性、皮鎧を着た冒険者風の人々が行きかっている。風が吹いており、息を吸ってみると、現実の空気よりも甘い空気を感じられた。


 あたりを見回して気付いたのは、今俺がいるのはどうやら街の広場であるということだ。広場の中央に噴水があって、噴水の周りには、頭にプレイヤーネームを表示させた人々がたくさんいる。おそらく俺と同じ新規プレイヤー達だろう。


 さて、何から始めればいいのだろうか、と思っていると、鈴のような音が鳴って視界にメッセージが表示される。



 《右手の2本指を円を描くように小さく動かしてみましょう》



 言われたとおりに指を回してみる。すると、鍵穴が回って開錠されるような独特のエフェクトが表示されて、その後に白い画面が表示された。中身を見てみると、どうやらメニュー画面のようだ。


 メニュー画面を見ていく。別に変わったアイコンなどは存在しないが、数はそこそこ多いみたいだ。上から順に『ホーム』『キャラクター』『アイテム』『クエスト』『フレンド』『パーティー』といったボタンが並んでいる。他にもあるようだが、まあ後でしっかり確認すればいいだろう。


 そうしてしばらくメニューを確認していると、今度は薄紫色の画面が表示される。



《クエスト『初めての錬成』を受注しました》


 

 お、さっそくクエストが始まったようだ。


 メニュー画面から「クエスト」のアイコンを選択する。その後に表示された『初めての錬成』という題名のクエストを選択すると、「まずは素材屋に行ってみよう!」というメッセージと共にマップが表示される。赤い点で示された場所が素材屋の場所のようだ。赤い点が複数の場所に点在していることから、どうやら素材屋はこの街に複数あるらしい。


「駿が来るまでにチュートリアルくらいは進めておくか」


そう思い、俺は素材屋の方向に向けて歩き出した。




◇ ◇ ◇


 

 

 今さっき知ったのだが、ここは『フレンツェル』という街らしい。メニュー画面にある『マップ』のアイコンをタップすると、マップが表示されるのだが、そのマップに現在の所在地名が表示されたのだ。そこから街の名前を知った。


 フレンツェルは円形の街壁に囲まれた街のようで、今も遠くに灰色の街壁が見える。


 その街壁を眺めながら、西の方に向かって5分ほど街を歩いていくと、素材屋が見えてきた。十字路の一角にあるお店で、白い石づくりの壁に木の扉がついている。屋根は赤茶色でその屋根から看板がぶら下がっており、看板には角材を三つ重ねたマークが描かれていて、この店が確かに素材屋であることを教えてくれる。


 ドアに手を掛けると、思ったよりも重さを感じる。金属製のわずかにボコボコとしたドアの手触りが完璧に再現されていて、その感触に驚かされる。開けてみると、カランコロンと鈴がなり、店員の『いらっしゃいませー!』という元気な声が聞こえた。


「べルツの素材屋へようこそ! おや、お客さんは2度目の来店ですか?」

「いや、初めてだよ」

「あちゃー。すみません。お客さんみたいな人、うちに一杯来るから見分けがつかないんですよねー」

「そ、そうですか……」


 かなり失礼なことを言うNPCの女の子。いや、確かにデフォルトの設定を少し弄っただけの俺のような奴はいっぱいいるだろうけどさ。初期装備のまま来る新規プレイヤーは服装もみんな同じだろうし。


「気を取り直して。お客さんは何をお買い求めですか?」


 茶髪を三つ編みのおさげにした女の子が言う。俺は「ちょっと待ってください」と言って、メニューからクエストの詳細を確認する。詳細によると、「まずは木材(小)と鉄材(小)を3つ購入しよう!」と書かれている。


「えーっと。小さい木材3つと、小さい鉄材を3つお願いします」

「かしこまり~!」


 女の子はそういうと、店の奥に大声で注文を伝える。奥からは野太い声で「あいよ!」という返事が返ってきた。

 

 待っている間にまだ確認しきれていないメニュー画面の細かい部分でも確認しようかな、と思っていると、女の子が話しかけてきた。

 

「ところで、お客さんはどんな職業の方なんですか?」

「錬金術師だよ」

「はえ~。その恰好で錬金術師なんですか? 全然そんな感じにみえないですね~。てっきり大工か何かかと思ってましたよ」

「大工……?」


 はて、大工なんてクラスはあっただろうか? と考えて、ここで俺はお互いの認識の違いに気付いた。


「もしかして、職業っていうのは、クラスとは違うのか?」

「あ、お客さん勘違いしていました? たまにいるんですよね~そういう人。クラスっていうのは神様から与えられる才能みたいなものですよ。職業っていうのは実際にお金を稼ぐために就く定職のことです。全然違いますよ」

「そうなのか」


 そう考えると俺は今無職ってことになるのか。まあ、まだゲームを始めたばかりだし仕方ないことだが。そのうち錬金術師として金を稼げるようになるだろう。


 そういえば、プレイヤー以外にもクラスはあるのだろうか?

 

「ところで、君のクラスは何か聞いてもいいか?」

「いいですよ。私のクラスは木工師です。木材加工が得意なんですよ」

「へぇ~」


 どうやらあるらしい。

しかし、木工師なんてクラスもあるのか。確かこのゲームにはクラスチェンジもあると聞いたが、クラスチェンジの時になることができるクラスか何かだろうか? あとで調べてみよう。


 そう考えていると、奥からガタイの良い茶髪のおじさんが素材を木の箱に入れて現れる。

 親父は俺の前までくると、その場に箱を置いて俺の方を向いた。


「ほれ、注文の品だ。値段は6000リル。不備がないか確かめてくれ」

 

 そういって親父は一歩後ろに下がった。6000リルってことは、初期の所持金である10万リルの16分の1くらいか。高いのか安いのか分からんが……。

 それに、不備がないか確かめてくれと言われても、どうすればいいかわからんのだが。

 と、そう思ったところで、視界にメッセージが表示される。



 《アイテムに意識を集中して、『鑑定』と唱えてみしょう》


 

 『鑑定』ってもしかしてアイテムの情報が得られるスキルだろうか、と考えつつ、木材の一つに意識を集中して「鑑定」と唱えてみる。すると、目の前に水色の画面が表示された。画面にはこう表示されている。



・名前:木材(小)

・品質:中

・重量:1キログリム

・耐久:20

・説明:木材を小さく加工したもの。様々な道具の素材になる。



 「品質:中」がどの程度かは分からないが、おそらく悪いってことはないだろう。他の物も鑑定していくが、同じように「品質:中」と表示される。


 と、ここで俺はひらめいた。鑑定ならば人物の鑑定などもできるのではないか、と。そこで女の子と親父を鑑定してみたが、何も表示されなかった。ついでに店の物を鑑定してみるが、表示されない。どうやら鑑定できるものには制限があるようだ。


 「おい、どうした? 何か変なものでもあったか?」

 「いえ、何でもありません。不備はないみたいです」

 「そうか、それじゃお代を頂こうか」


 親父がそういうと、目の前に再びメッセージが現れる。



 《メニューを開いて、アイテム一覧を開いてみましょう》



 言われるままにメニューを開き、『アイテム』のアイコンをタップするとアイテム一覧の画面が表示される。そこにある『カネ』をタップし、金額を指定してから『取り出す』というボタンをタップすると、目の前に銀色の貨幣が6つ、宙に浮いた状態で現れた。手で掴むと重さが発生する。この辺のアイテム周りのシステムは前にやっていたゲームと同じで助かるな。


「これでいいか?」

「確かに。そんじゃ、また来てくれよな!」

「ありがとうございました~!」


 そうして俺は店を出た。

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