第二章

第3話 僥倖ドS侍女

 ズリ、ズリリ……ッ。

 目の前で沢山の命が消えていく。

 激しい拷問の末に朽ちた肉体。

 干からび、更に切り刻まれ、すり潰される。

 目を背けたくなるような光景だ。


「ふっふふ〜ん」


 そんな残虐非道な行為を鼻歌混じりに遂行する女が一人。

 名はソレイユ・レ・テンタクル。通称、ソル。

 金髪蒼眼の美しい見た目とは裏腹に、恐ろしい性格をした女だ。

 口角を上げながら、嬲るように作業を続ける様は正に悪魔。

 こちらに少しだけ視線を向けると「へへ」と笑い、こう言った。


「もう少しでできますからねぇ、ルナ様」

「ひ、ひぃ〜ぃ……」


 粉々になるまで小鉢ですり潰された様々な気色の悪い生物に、紫色の葉ときのみを加え更にずりずり。

 原型を一切残さず、完全に粉末にした後、彼女は満足げに唸り私に小鉢を差し出してきた。


「さぁ、出来ました。どぞどぞ、グィっと」

「……幽閉されていたとはいえ、私も貴族育ちなのよ、ソレイユ」

「存じ上げておりますよ! 私、侍女ですから!」


 貴様のような侍女がいるか! という突っ込みは一度おいておこう。

 今は眼前の異物の方が問題だ。


「そんな私にこれを……飲め、と?」

「ソルの田舎ではこーやってお薬を作ってたんですよ?」


 うん、薬の作り方は知っている。

 けど、言いたいのはそういう事じゃない。

 入っている物の9割は、人間ならば本能で拒絶反応を示す物質ばかり。

 しかも、ソルはわざわざ中身が見えるように作った。


「まさか飲みたくないと? 駄目ですよ、ここにはお抱えの回復術師なんていないんですからね!」

「贅沢を望んでいるわけじゃないわ……」

「でしたら、身体を治す為にも」


 なんとか、逃げ出したい……よし、言い訳は令嬢の得意分野。

 侍女くらい言いくるめてみせよう。


「六割は貴女に痛めつけられてこうなったのですが……まぁ、それに関してはこれ以上咎めるつもりはありません」

「死のうとするルナ様が悪いんですよ?」

「うッ……」


 死、この単語が出た瞬間に部屋の空気が鉛のように重たくなる。

 底知れぬ威圧感、ソレイユの眼光が強烈になり、私の自由を奪うのだ。ぐうの音もでなくなってしまう。


「もう、死のうとしたり、しませんよね?」


 無表情で眼前まで迫りくる彼女の顔は、天使のように美しい。

 だが、私にとっては悪魔そのもの。

 大丈夫、その質問に対しては、嘘偽りなく答えることができる。

 

「どの道、私の死は皆の憎しみを集めてこそ意味があるわ。こんな辺境の小屋で自害などありえない」


 そう、私の死には意味がある。

 大衆の前で死ぬことで、家族の、民の為に命を使うことができる。

 もっとも今まで犯してきた罪の清算でしかないのだけど。

 それでも、せめて命くらいは、誰かの為に使いたい。

 私の言葉を聞くと、ルナはにっこりと微笑むと、顔を離した。


「なら、安心しました!」


 スッと重さが抜けていく。

 やっぱり、ソレイユは得体の知れない女だ。

 魔法だって、普通の人間よりもはるかに長けている。

 ろくに訓練もしていない私が敵うはずない。

 彼女がいるうちは、逆らわない方がいいだろう。


 せめて、死に場所くらいは自分で選びたいから。でも──


「ソレイユの気持ちはよーーく理解したわ。けれど、納得いかないことがあるの」

「なんです? ソルはルナ様の質問になら、なんだってお答えしますよ!」

「では……何故、わざわざ私の目の前で、しかも見せつけるように、尚且つ私がこういう物を見慣れていないと知っていながら、薬を作ったの?」

「……へ?」


 ポカンと口を開けて惚けるソレイユ。

 待て、これじゃあ私がおかしな質問をしているみたいじゃないか。


「見せてはまずかったですか?」

「いや、できれば作り方や素材は隠して欲しかったなと」

「でも、見せた方が有意義ですよ」

「説明なさい」

「だって〜絶対ルナ様、嫌がるじゃないですか〜」

「──っ、嫌がらせ……?」

「はい!」


 元気の良い返事が返ってきた。おバカ。


「ソレイユ、貴女は私の事が好きなんじゃなかったの……?」

「愛した女が嫌がる顔で飯を食うのは格別ですからねぇ」

「……性格が悪いのね」

「よく言われます!」


 呆れてものも言えない。

 死ぬ事さえも許されず、こんな女に捕らえられてしまうだなんて……不幸だわ。


「とにかく、あんな物見せられちゃ飲める物も飲めなくなるわ。病気しているわけじゃないんだし、自然に治るのを待つことにしましょ」

「ダメですよ! 身体の基礎は魔力の循環に依存するのです。薬を飲み、体内の魔力の流れをよくする事が丈夫な身体造りの第一歩なのですから」

「無理無理、飲めないわ。それに、丈夫な身体を造る必要もないんだもの」

「またわがままばかり言って! まぁ、飲めないのなら仕方がありませんねぇ」


 ゾッと背筋に冷たいものが走る感覚に襲われた。ソレイユの方を向くと、なんと彼女は木のコップに水を注ぎ、自分の口に含んだのだ。次いで小鉢を手に取る。


「わ、わわ、わかったわよ!」

「ふむ!?」


 慌てて小鉢を奪い取り、彼女に薬を飲ませないようにした。あ、危なかったわ。


「ゴクンッ……おッ、飲む気になりましたね!」

「……飲まないと、貴女……口移しするつもりでしょう?」

「凄い、これが以心伝心。正に愛の力」

「恐怖による調教の間違いでしょ……全く」


 また、逃げ場を奪われてしまった。

 今のところ、彼女の手の平の上で転がされっぱなしだ。


「じゃあ、飲むわよ……」


 小鉢に視線を落とすと、恐らく尻尾だった部分と目だった部分が微妙に残っていた。

 覚悟を決めなさい、ルナ・アルス・アージュ……これも、死という幸福を掴む為なのよ。


「ささ、グィーっと、バァーンと、いっちゃいましょう!」

「……ええい、ままよッ!!」


 瞼を噛み締め、一気に口の中へ放り込む。

 刹那、泥、血、糞尿、形容し難い味が口内で乱反射を始めた。


「ぅ、ぇ……!」

「吐き出しそうですか!? 吐き出しそうですか!? しっかたありませんねぇ、ルナ様はぁ〜げひひ」


 こ、これが狙いか、ソレイユめ。

 どの道、口で塞ぐつもりだったのか。

 うぐぐ……だが、私は、これ以上、貴女の思い通りには、ならないッ!!


「──ッ……ゴクリッ!」

「わぁ、飲んじゃった」


 強引に喉奥に押し込み、飲み込んだ。

 多分、人生で一番頑張った瞬間だったと思う。ざまあみろ。


「はぁ、はぁ……これでいいのでしょう? 貴女の傀儡になるつもりはな──」

「オッケーです。では、私は食事を調達してくるので、大人しくしておいて下さいね! では!」

「ん、あッ、ちょっと……!」


 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、彼女は私がちゃんと薬を飲んだのを見届けると直ぐに部屋を出て行ってしまった。


「……なんなのよ、本当に……」


 こんな風に、朝は私の様子を見た後は狩へと出掛けてしまう。

 昼と夕に一度ずつ。日にもよるが、大体その日一日分の食材を持ってくるのだ。


「ふぅ、やっと静かになったわね」


 薬を飲み終え、疲れた私はベッドに横になり静かに彼女を待つ。

 これじゃあ飼育されているのと、なんら変わりはないじゃないか……でも。


「身体、昔よりも健康になってる……かも」


 体内に循環する魔力が血流を促進させ、治癒能力を高めている。

 牢獄に閉じ込められている時よりも、健康かもしれない。

 三ヶ月は動けないと思ってたけど、この調子なら二週間後には回復しそうだ。

 そうなったら、留守の内に家を抜け出してやる。

 私は静かにチャンスを待ち続けた。


 そんな生活が続き、薬にも飲み慣れてきたある日の事、異変が起きた。

 日が沈み、森が闇へ染まっても、ソレイユが帰って来なかったのだ。

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厄災令嬢は処刑され、僥倖侍女の嫁になる。 あむあむ @Kou4616

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