その11:女神の祝福事件

第1話「犯人、アテかもせえへん」


 ——足りない。


 会場を埋め尽くすほどの喝采でも、この物足りなさは補えない。


 ——味気ない。


 あふれるほどの畏敬と羨望の眼差しを浴びても、この飢えは満たされない。


 ——つまらない。


 言葉を尽くした栄誉も賛美も、この退屈を紛らわせてはくれない。


 そんなに難しいことではないはずだ。


 誰もが分かってくれるはずだ。


 求めるのはただひとつ。


 この錆びついた心が震えるほどの、色を失った脳が沸き立つほどの、冷めきった情熱が再び燃え上がるほどの、“謎”。ただそれだけだ。それだけを求め続けた。飽きて飽きて、飽きることにも飽きるほど。ひたすら、それだけを。


 だから、私がそれに気付いたのはきっと必然だったんだ。私以外がそのことに気付くのは不可能だったはずだ。だとすれば、あれは運命だったのかもしれない。今まで特別意識したことのない言葉が、自分のことになると、急に輝きだすのが不思議だった。運命を前に、ちょっとした障害なんて問題にならなかった。少しだけ面白いと思ったけれど、そのときはもっと魅力的なものに夢中だった。


「だからさ」


 一旦、言葉を止めた。目の前で走っていたペンが止まる。うーん、なんて言おうか……うん、こう書かせよう。


「あれは本来そういうものなんですよ。面白くないですか?」


 退屈しのぎにはなったかもね、なんて。思わず顔が綻んだ。ペンは動きを止めて、しばらくそのままだった。



 〜〜〜〜〜〜



私立伊之泉杜学園の高等部校舎の東端に、生徒指導室は位置している。その中は今、息が詰まるような緊張感に包まれていた。目隠し用の衝立があるせいで壁が近く感じて狭苦しい。部屋の中央には1台の机と、それを挟んで椅子が2脚置かれている。その1脚に、牟児津むじつ 真白ましろは腰掛けていた。

 両手を膝の上で固く握り、脚をぴったり揃えて座面の裏に沿わせていた。見開かれた目は正面ではなく、何もない机の上を凝視している。


「お前がやったのか?」


 川路かわじ 利佳としよは牟児津の顔を覗き込んだ。牟児津よりも更に大きく目を見開いて、相手を押しつぶすような眼光を浴びせかけた。不用意なことを口走ればただでは済まない、とでも言うようだった。牟児津にとって川路の圧迫聴取は何度目かになるが、一切慣れることなく、毎回新鮮にビビり散らかしていた。今回も例に漏れず、緊張のあまり口をパクパクさせて、滝のような汗を流すばかりだ。


「川路先輩。それじゃムジツさんは喋れないんですって」


 てんで話にならない牟児津を見かねて、隣に座っていた瓜生田うりゅうだ 李下りかが口を開いた。瓜生田は、牟児津とは物心つく前からの幼馴染みである。牟児津より1つ年下でありながら、牟児津より遥かにしっかりしている、頼れる後輩だ。


「まず、どうしてムジツさんがここに連れて来られたのかをご説明頂かないと、お答えのしようがありません。何度もお伝えしてますよね」

「同じやり取りにうんざりしているのはお互い様だ。なぜ毎度毎度、事件が起きるたびにこいつは私の前に現れる。いっそ捜査妨害で立件してやろうか」

「目撃証言や状況がムジツさんを疑うに足るものなら、それも仕方ないと思いますよ。運が悪いとしか説明できませんし。でも、疑った理由さえ教えてもらえないんじゃ、何について話せばいいかも分からないですか」

「こちらにも事情というものがある。今回はとにかく手当たり次第なんだ」

「ムジツさんの活躍はお耳に入ってますよね。どういう事件か教えていただければ、もしかしたらムジツさんがお力になれるかも」


 冗談じゃない、と牟児津は頭飲ん赤で叫んだ。牟児津が望むのは、平和で平穏で平凡な学園生活だ。学園内で起きた事件に巻き込まれるのも、ましてや自ら首を突っ込むなど御免だ。危険で面倒で目立ってしまう。その上、事件解決に貢献したとなれば、また学園新聞の紙面を賑わせてしまう。それは牟児津の理想とは程遠い事態だ。

 ——しばし、川路は逡巡する。そして。


「……あー、風紀委員は——」


 歯切れ悪く切り出した。


「『赤い宝石』を持った生徒を捜している」

「『赤い宝石』?」

「直径3㎝ほどの丸い宝石だ。いま捜査している事件の重要参考人が、それを持っているそうだ。校門で所持品検査をしていたのもそのためだ。あんなもので見つかるようなら苦労せんが」

「ははあ。それで葛飾かつしか先輩が、ムジツさんの持ってたあんこ玉を『赤い宝石』と勘違いして通報したんですね」

「朝から学園カバンに生菓子を入れてる奴がいるなどと普通思うか!?紛らわしいことをするな!」

「そんなこと言われても」

「通報を受けて駆けつけてみればまたこいつだ。私だってハズレくじを引いたような気分だ。まったく……どいつもこいつも」


 今朝方、学園の校門では風紀委員による所持品検査が行われていた。校門で一度人が貯まるため、学園前の坂道から駅の近くまで生徒による行列ができていた。

 そんなときに限って、牟児津は午後のおやつ用にと駅前の塩瀬庵であんこ玉を買っていた。色とりどりのボール状あんこを寒天で包んだものだ。そんな紛らわしいものを持っていたせいで、牟児津は無事に検査に引っ掛かり、こうして取り調べを受ける羽目になったのだった。

 何かひとつ違えば平和に一日を過ごせただろうに、致命的な運の悪さだ、と牟児津は自分の運命を嘆いた。それはそれとして、牟児津は気になったことを口にせずにいられなかった。


「あ、あのぅ……」

「なんだ」

「ひっ」

「睨まないでください、先輩。ムジツさんが委縮しちゃうじゃないですか」

「睨んだつもりはない」


 ようやく声を発した牟児津は、川路の眼光に射抜かれて、挙げた手をあっさり引っ込めた。何か言いたげな様子を察して川路は視線を逸らし、牟児津に話させるよう顎で瓜生田を促した。瓜生田は牟児津の背中をさすって落ち着かせる。


「ムジツさん、何を言いたかったの?」

「あ……えっと、風紀委員以外にどこが事件の捜査なんかしてるのかな……とか」

「……ん?なんだと?」

「風紀委員だけで捜査してるわけじゃないんですよね。そんなことあるんだなあって」

「あ〜……私は、そんなことを言ったか?」

「えっ、ど、どうすかね」

「言ってないですよ」


 牟児津の言葉で、川路は少しだけ目を丸くしてから、小さく舌打ちした。後頭部でキツく結って整えた金髪をガシガシ掻き、椅子の背もたれに身を預けた。


「ならなぜそう思う」

「え、だってさっき手当たり次第って言ってたし、あんこ玉と間違えるくらいざっくりした手掛かりしかないんだなって。あと、そういう手掛かりが曖昧な状況とか、所持品検査とか、川路さんがあんまり納得してない感じがして……他の委員会とかとの兼ね合いで、仕方なくそうしてるのかなって……思いました」

「頭が痛くなるな。田中たなかはこんな気分だったのか」

「ムジツさんはこういう人ですから。ぜひ期待してお話しください」


 何の気なしに発した言葉から、伝えるつもりのなかった事実を言い当てられ、川路は頭痛を覚えた。牟児津は、以前は取調べ中にまともな言葉を発することもできない小心者だったはずだ。ここ最近、立て続けに色々な事件に巻き込まれたことで、少なからず精神的にたくましくなったらしい。

 図らずも牟児津の成長を目の当たりにしたが、それと事件について話すことは関係ない。川路の態度は変わらない。


「私の一存で話すべきことじゃない」


 そう言って、川路は腕を組んだ。


「牟児津の言う通り、この事件に関わっているのは風紀委員だけではない。話すなら、磯手いそてに話を通さなければならない」

磯手いそて……会計委員長の?」


 なぜですか?と瓜生田が尋ねるより先に、指導室の扉が勢いよく開かれた。突然のことに牟児津は座った姿勢のまま椅子から飛び上がった。転げ落ちて椅子の裏に隠れた牟児津は頭を少し覗かせて、瓜生田は体ごと、川路は視線だけを、それぞれ扉の方に向けた。

 扉を動かす音は力強いが、勢いのまま壁に叩きつけることはなく、そっと閉めた。ヒールが床を叩く明瞭でキレの良い音が規則正しいテンポで聞こえたかと思うと、その生徒は目隠しにした衝立の裏から現れた。


「邪魔する」


 逆三角形のメガネ越しの鋭い眼光が、部屋にいた全員の顔を順番に捉えた。長くない髪をさらにヘアゴムで1つにまとめ、うなじの上で小さく結んでいる。飾り気のない簡素なブラウスのボタンを一番上まで留め、しわひとつないロングパンツが足首まで覆っていた。胸ポケットには黒と赤のペンと物差しが覗いている。

 ファイルを抱えた左腕に光る橙色の腕章が、伊之泉杜学園に11ある委員会の一つ、会計委員会に所属する生徒であることを示している。現れたのはその委員会の長、磯手いそて 沙良妃さらひその人であった。


「ここに牟児津真白がいると聞いて来た 髪が赤い方だな?」


 ギリギリ聞き取れるくらいの早口だった。磯手は短く確認し、事態が飲み込めずあわあわと口を動かしている牟児津を見た。突然入って来た磯手に、川路は驚くでもなく、追い出すでもなく、黙って首肯した。


「……とても田中たなか副会長に一泡吹かせた人間には見えないな 隣の奴の方がまだ見込みがありそうだ」

「お前が牟児津に何の用だというんだ」

「少し興味があった 生徒会本部会議に名前が挙がる生徒なら知っておいて無駄はないだろう」

「え、なんで私の名前挙がってんのぉ……?」


 ますます平穏から遠ざかりそうな事実がひとつ明らかになったところで、磯手は瓜生田からの熱視線に気付いたのか、怪訝そうな表情で視線を隣に移した。


「磯手先輩ですよね?私、1年Aクラスで図書委員の瓜生田李下と申します」

「そうか 用件は」

「実は、ムジツさんはいま川路先輩から取り調べを受けてるんですけど、何の事件で疑いをかけられてるか教えてもらえなくて、正直困ってるんです。

 今回の事件は会計委員会も一枚噛んでるんだとか。もし事件の概要だけでも教えて頂けたら、分かることはお伝えできますし、できる限り協力もするつもりです。こう見えてもムジツさんは色んな事件を解決してきた実績があるんですよ!

 だけど川路先輩がおっしゃるには、事件の内容は川路先輩の一存で話すべきでないそうなんです。磯手先輩にお話を通さないといけないということだったので、丁度良い機会ですから、お話を伺ってもよろしいですか?」


 流れるように、瓜生田は状況説明から磯手へのお願いまでをさっと話した。瓜生田が話している間、磯手は瞬き一つせずに瓜生田を睨み続けた。そして話が終わるやノータイムで、指を3本立てた右手を瓜生田に突き付けた。


ひとつ、用件はと訊かれたら用件だけを答え無駄口をきくな ひとつ、私はこの世の何より無駄が嫌いだ ひとつ、事件について私から話す必要はない 以上」

「はあ……すみません」

「話す必要がないというのはどういうことだ」

「これから全校集会で藤井ふじい会長が話す それを伝えに来た」

「なに?」


 わざわざそこまですることか、という言葉を川路は飲みこんだ。それを磯手に訊いても仕方がない。それに、藤井のすることには必ずそれなりの理由がある。そもそも風紀委員はこの事件について、牟児津の言うとおり、捜査を支持されている立場だ。ただ使われる立場というのは癇に障るが、事件の性質上、捜査を会計委員会が主導するのは仕方がない。


「委員長自ら伝えに来るとは、会計委員は使いも出せないようだな」

「ついでに牟児津の顔を確認しに来た 同じことを無駄に二度言わせるな」

「ひぃ……」


 せめてもの嫌味を吐いた川路に対し、磯手はまたもノータイムで嫌味を返した。牟児津から見れば川路と磯手は雰囲気が似ているが、どうやら2人の仲は良好とは言い難いようだ。磯手が自分の名前を口にするたびに、牟児津は肝が冷える思いだった。


「既に他の生徒は移動を始めている 時間を無駄にするな お前たちも講堂に迎え 川路は私と来い」

「いつからお前は私に指示できる立場になった?風紀委員は決して下働きではない。それくらい分かっておけ」

「うりゅ、うりゅ、早く行こう。行こうったら」

「そだね。それじゃあお先に失礼します〜」


 磯手と川路の言葉の応酬は、一言一言が相手に撃ちこむ弾丸のようだった。傍にいた牟児津にとってはその全てが流れ弾のように心臓を痛くさせる。瓜生田の陰に隠れつつさっさと指導室を出て、そのまま講堂へと向かった。朝からこの調子では、今日はまた騒がしい一日になりそうだ。牟児津の諦念にまみれた頭は、そんな考えに囚われてしまった。



 〜〜〜〜〜〜



「あ、真白さん。お疲れ様です。大丈夫でした?」

「大丈夫なわけあるか!なんで私は毎度毎度こうも面倒ごとに巻き込まれるんだ!今朝は特にひどかった!あんこ玉と宝石を間違えるやつがあるか!このやろ!こまりちゃんのせいだぞ!」

「わーんごめんなさい!って、宝石?なんのことですか?」

「え?」


 講堂には全校生徒が学年とクラスごとに整列して集まっていた。牟児津は瓜生田と別れて自分のクラスに合流すると、勘違いした当人である同じクラスの葛飾かつしか こまりに噛み付いた。葛飾はいきなり襲い掛かられて慌てるが、牟児津が何を言っているかは分かっていない様子だった。突然の全校集会で講堂内はざわついており、その会話は周囲にほとんど聞こえていなかった。


「宝石の話、知らないの?」

「知らないって言うか、え?今回の事件に関係あるんですか?」

「ええ……?だって川路さんが……ああもうめんどくせ。いいや、もうすぐ藤井さんから説明があるから」

「へっ、藤井って、藤井会長ですか?わざわざ会長が出て来られるんですか?」

「私もよく知らない。磯手さんが言ってた」

「い、磯手先輩!?……真白さんってホント、なんでそんなに人徳あるんですか。そんなたくさんの生徒会本部の先輩方と仲良くしてる人、3年生にもいらっしゃらないですよ」

「仲良くはしてない!!」


 羨みのこもった葛飾の言葉を牟児津は全力で否定した。確かに関わりは多いが、決して仲良くはない。少なくとも牟児津にとって生徒会本部のメンバーと関わるのは面倒事の種でしかない。

 ひとりひとりの声は大きくなくとも、それが百人以上の規模になれば、広い講堂を埋め尽くすざわめきになる。この学園でそのざわめきを鎮めることは簡単だ。大声を張り上げる必要も、無言の威圧をかける必要もない。ただひとり、その生徒が舞台に上がれば十分だった。

 講堂に設置された舞台の袖から、その生徒は音もなく現れた。白い髪に白い肌、透き通った湖のような碧の瞳は、舞台から離れた場所にもその輝きが届くほどの美しさだった。その生徒が姿を現した瞬間、講堂中は言葉を忘れたように静まり返った。

 壇上に用意されたマイクに向かい、伊之泉杜学園生徒会長——藤井ふじい 美博みひろは口を開いた。


「全校生徒の皆様、おはようございます。生徒会長の藤井です」


 鈴が鳴るような透明感のある声が、眼差しが、聴衆らを包んでいた緊張を一気に弛緩させた。甘ったるいめろめろした空気と、冬の朝のような凜とした空気が綯い交ぜになった不思議な雰囲気があちこちから漂ってくる。講堂を一瞬のうちに甘い緊張感で満たした藤井は、そのまま続けた。


「急な招集に応じて頂き、皆様そして先生方に謝意を申し上げます。朝ですので手短に参りましょう。本招集の目的は2つです。すなわち——」


 簡単なあいさつの後、藤井は両の人差し指を自分の左右に立てた。


「喜ばしいお知らせと」


 藤井が右手を上に開く。


「喜ばしからざるお知らせです」


 藤井が左手を上に開く。

 澄んだ声と流れるようなその所作に魅了された聴衆は、すっかり藤井の言葉に耳を傾け、一挙手一投足を注視させられていた。


「先ずは、喜ばしからざるお知らせから」


 その言葉を合図に、舞台の上手かみてからプロジェクターが運び込まれた。藤井の背後からするすると降りて来たスクリーンに、プロジェクターが光を投じる。そこに映し出されたのは、学園内のとある場所だった。

 それまで藤井に注目していた聴衆の視線は、今度は映像に釘付けになった。


「皆様ご存知のことと思います。こちらは高等部理事室正面に設置されている像——『アテナの真心』——そのライブ映像です」


 それは、大まかに捉えると角の丸い立方体の彫像である。正面には穏やかに微笑む女神の顔が、それ以外の面には衣のしわや羽の1枚1枚が、装飾具としての植物は葉脈まで細かに彫られている、精緻の限りが尽くされた黄金の像だ。頑強なガラスケース内で、紫のクッションの上に安置されている。ガラスケースは縦長で飾り気のない台座の上に設置され、開閉部は南京錠で施錠されていた。

 多くの学園生にとって、それは見慣れたものであった。高等部理事室は特別棟にある一室で、理事室自体に用事がある生徒は滅多にいないが、その前を通り過ぎることはよくある。そのとき『アテナの真心』像の前も通り過ぎている。

 今の問題はそこではない。女神像は普段、穏やかかつ静かに、その前を通り過ぎる生徒たちを見守っている。だが、今は見たことのない光の明滅を繰り返していた。多くの生徒は、飾り気がないと思っていた台座の正面が、電光掲示板になっていることをそのとき初めて知った。そして今、そこには妙なメッセージが表示されている。

 “CongratulaおめでtionとうYou did itやったね!”と


「御覧の通り、アテナ像は目下、謎のメッセージを表示しています」


 呆気にとられる聴衆の意識を、藤井が再び自分に向けさせる。


「この件に関し、高等部理事からご指示を賜りました。委細省略致しますが、理事からのご指示の下、ようから会計委員会及び風紀委員会に捜査命令を発しております。今朝方行われていた所持品検査もようの指示によるものです。驚かせてしまい申し訳ありません。皆様におかれましては、事件解決までの措置についてご容赦いただくとともに、ご協力をお願い申し上げます」

「えっ?それだけ?」


 思わず、しかし小さく牟児津はつぶやいた。宝石云々も周知されるものだと思い込んでいたので、藤井が頭を下げてあっさり話し終えたことが意外だった。速やかにプロジェクターは目を閉じ、スクリーンは藤井の頭上に引き上げていった。この流れるような進行から、この話についてこれ以上話すことはしないという藤井の意思さえ感じ取れる気がした。


「では次に、喜ばしいお知らせです。こちらは、直近の大会等で入賞実績を残した部会を表彰するものです」


 藤井が進行すると、舞台の上手から表彰状をお盆に乗せた生徒が現れ、マイクと入れ替わりに壇に置いた。その生徒に続いて、幾人かの生徒が舞台袖から一列になって出て来た。ある生徒は黄色い歓声を全身で浴び、ある生徒は聴衆に手を振り返し、ある生徒は緊張した面持ちで居並んでいた。


「この度、表彰状を授与する生徒は4名です」


 スタンドから外したマイクを手に持ち、藤井が手のひらで4人を示す。


「皆様から見て左から順にご紹介いたします。まずはパズル研究部1年生、半路はんじ にこりさん。彼女は、先日行われた全国高校パズル選手権大会個人の部で優勝なさいました。その卓越した思考能力と判断力、そして不撓不屈の精神をここに表彰します!」


 4人の中で最も異彩を放っていた生徒が一番に紹介された。舞台上にいる生徒の中では抜きんでて背が低い。舞台に上がっているにもかかわらずウインドブレーカーに体操着の短パンを履いている。片足に体重を預けて立って顎は尊大に高く上げ、邪魔そうな前髪を右手でいじり、もう片方の手はポケットに突っ込んでいた。どう見ても表彰されるような生徒ではない。が、その生徒は名前を呼ばれると小さく顎を前に突き出した。どうやらお辞儀のつもりらしい。見ている方が冷や汗をかくほど態度が悪い。

 藤井は気にせず続ける。


「続いて、陸上部2年生、木鵺きぬえ 仁美ひとみさん。毎年本校の陸上部が参加している陸上記録大会で自己ベストを記録し、同時に大会記録を更新されました。日々の弛まぬ努力及び自律の精神に裏打ちされた素晴らしい功績を表彰します!」


 紹介と拍手を浴びた木鵺は、舞台の上で照れ臭そうにお辞儀した。以前の事件で木鵺と知り合っていた牟児津は、無事に大会に出場できたことを知り、他人事ながらほっとした。


「次に、落語研究部3年生、岩尾いわお 椎菜しいなさん。部の活動を通じ、落語家として多くの寄席に出演され、本校の文化貢献に大きく寄与して頂きました。また以前より女子高生落語家として広く知られ、学園の広報面でも多大なご協力を頂いております。岩尾さんの熱心な文化活動と数多くの栄誉を表彰します!」

「ど〜も〜。おおきに〜」


 地味な緑色の着物を着た背の高い生徒が、締まりのない笑顔で手を振る。他の3人に比べると一番緊張感がなく、藤井にも気安く言葉を返す。どうやら学園内に収まらない有名人らしいが、世間知らずの牟児津はやはり知らなかった。


「最後に、本校演劇部を代表して、部長のおおとり 蕃花はんなさんを表彰致します。つい先日行われた校外公演はもちろん、1年を通じて行われる全国各地での公演を今年度も成功裡に収められました。部長の鳳さんを筆頭に部員の方々の優れた演技、効果的な光と音の演出、素晴らしい脚本等、部としての団結力の上に成る誉れ高き成果を表彰します!」

「ありがとう藤井クン!みんなありがとう!」


 鳳が舞台上でポーズを決めると、まるでスポットライトで照らされたように、ひと際輝いて見えた。一部の女子から悲鳴にも似た黄色い歓声が上がり、鳳はキザに微笑んだ。こちらも以前の事件で知り合っていた牟児津は、よくやるわ、と冷めた目で見ていた。

 表彰を受ける生徒らの紹介の後、儀礼めいた表彰状の授与式は手短に終わった。最後に全校生徒からの一際大きな拍手が講堂を埋め尽くし、藤井に導かれて生徒たちも舞台袖へと去っていった。

 ただ、ひとりを残して。


「あれっ」


 藤井が示した2つの話題が終わり、集会も解散かと思ったところで、舞台上にはひとり、表彰状を畳んで懐にしまった岩尾が残っていた。かぶりつきから差し出された座布団を手に取ると、そのまま舞台の中央に敷き、腰かけた。


「え〜、こないに大層な表彰を藤井ちゃんから受けまして、アテには勿体無いなあと思う気持ちが3割、嬉しいなあ頑張ってよかったなあと思う気持ちが3割、照れ臭いなあ思う気持ちが3割、そんなところでございます。今日の仕事はこれで終わりやしもう帰ったろ〜いう気持ちがもう1割ですね。んなはは……まあ帰れまへんけどね。授業あるし」

「おい岩尾!何をしている!下がれ!」


 何やら軽妙な語り口で岩尾はさらさらと話し始めた。座布団の上に正座して、帯に差した扇子を取り出し手拭いを膝に置き、さながら高座に上がった落語家だった。舞台袖から川路の声が響くが、止めに入ろうとしたところを藤井が制した。


「お待ちなさい、川路さん。伊之泉杜学園の校是はなんですか」

「なにっ」

「生徒の自主性をこそ重んじるべきです。岩尾さんのしていることが真に不要なことなら、それは全校生徒の皆様が自然に示すものです」


 そう言って藤井は聴衆に目を向ける。戸惑いこそすれ、誰ひとり岩尾の話に耳を貸さない者はいない。むしろそこにいる全員が、舞台上に視線と耳を釘付けにされていた。


「藤井ちゃんおおきにねえ。いやしかし川路ちゃんはこわいなあ。あんな顔真っ赤っかにして口ぐわぁ〜開けて、金魚やないねんから。……あとでしばかれるかな?まあええわ。なんぼしばかれても、また草生やすんがアテら芸人の仕事ですから。

 上手いこと言うでしょ?これでもアテ、落研の部長してますさかいに、こんなんよう言いますねん。ああ、ちなみにさっき藤井ちゃんが言わはった岩尾っちゅうのは本名で、寄席では芸名で出てますねん。もう2年以上前、アテが落研に入部したとき、当時の部長から頂戴したありがた〜いありがた〜いお名前です。字を申しますから皆さん手のひらに書いてみてください。

 まずお祭りで着る法被に、お池の蓮、“高”という字の下の口を“丁”の字に変えた亭を書きますね。それからストーブを焚くのに使う灯油です。これで、法被蓮亭はっぴばすてい 灯油とうゆと読みます。変な名前でしょ。せやからアテ聞きましてん。

 『なんでこんなおかしな名前つけはるんですか?』『そらあんた、今日が誕生日やからやないの』『いや、アテの誕生日は今日と違たかなあ思いますけど』『何言うてんの、あんたのちゃうよ』『あ、ほな部長さんのですかね。こらまたおめでとうございます』『私ともちゃうよ』『ほなどなたの誕生日ですの』『うちの犬や』

 ほんまにあのボケ……なんて思ったこともありませんよ。ありがた〜い、大事に大事にせなあかん名前です。大切に使わせてもうてます。ですから皆さん気軽に、灯油ちゃんって呼んでくださいね。お願いしますよ。

 さて、まあ〜皆さんどないでっか。長いこと座ってお尻は疲れておまへんか。楽にしてくださいよ。ちょっと一席お付合い頂きたいなあ思いましてね。まあ、他愛のないアホな話です。この頃はぁ、なんやどこぞの黒板が消されたぁやの、真っ白な忍者が出たぁやの、部室のカギがのうなったぁやの、何かと賑やかで退屈しまへんなぁ。今度はキンキラキンの女神像がおかしなったんやて。ほんまに、けったいなことばかり起きる学園ですわ。ただまあ、お化けや妖怪が悪さしてるわけでもなしに、こないな事件の裏には必ず犯人ゆうもんがいてますわな。

 犯人だけならまだしも近頃は探偵もいるなんて噂をよう小耳に挟みます。事件あるところに探偵あり、マンガやドラマの定番ですねえ。そういうときに、多くの方は探偵を応援しはると思います。けどね、アテは違うんです。別に犯人を応援してるわけやないですよ?探偵がこわいんですわ。探偵いう仕事はぁ、なんやちょっとでも怪しいなあ思たら、重箱の隅を突っつくような意地のわる〜い質問しよるでしょ。あと死体なんかもべたべた触ったりするでしよ。あとは推理するときに独り言ぶつぶつ言うたり。いきなりあちこちにチョークで計算式書いたり。しまいには犯人に向かって、お前はああしてこうしてあの人を殺しよったんやー!って。そんなん想像してるお前がこわいわ。そんな風に思ってしまいます。

 まあ、犯人がこわい。探偵がこわい。風紀委員がこわい。人それぞれでございます。他人の感覚っちゅうもんはわからんものです。世の中には、なんでそんなもんがこわいねんと思うようなことを言うもんもおりまして——しっかし暑いなァ。夏ってのァどうしてこんなに暑いんだろうねぇ。お天道さんも毎日毎日昇って来ねェでたまにゃ休んだりしねェのかい——」


 テンポよく、しかし聞き取りやすく、灯油の話は続いた。藤井が壇上にいた時間よりもはるかに長く、だがその長さを感じさせない軽快な話しぶりは、全校集会をゲリラ寄席に変えた。突然の一席に戸惑っていた生徒たちも、灯油の語り口で次第に緊張を解されていき、大きく口を開けて笑う者も現れた。


「あっ——あった……ひとつだけ……!ああ!あったあった。ひとつだけど〜〜〜してもこわくてたまらねェもんが。へへへ、ほうら見てみろ。人間なァ誰にでもこえェもんの1つや2つあるもんなんだよ。こわいもののねえヤツなんかいてたまるかい。で、何がこえんだ?あ、あの……あれだほら。あ、アンこをな?こう、く、く、包んで蒸したホレ……。なんだいそりゃ、まんじゅうかい?あああ言わないでェン!あ〜もう名前を聞くのもこえェんだおれァ!」


 威勢のいい男。気の弱い男。お気楽な男。強面で寡黙な男。灯油はそれらを声色と話し口調、表情、仕草、視線……あらゆる方法を使って演じ分ける。次から次へ登場人物と場面が転換していく様は、全てをひとりで演じているとは思えない情景の広がりを感じさせた。気が付けば、話はサゲに差し掛かっていた。


「——今は熱いお茶が一杯こわい」


 講堂に笑いが広がる。何人かが始めた拍手が次第に伝播し、講堂中を包む喝采へと変わった。灯油はにやりと笑って頭を上げる。


「え〜、もうじき全日本学生寄席大会いうのがありまして、落研はそれに向けて毎日毎晩稽古を頑張っております。濃い〜お茶は出まへんけど、興味のある人は遊びに来てくれたらと思います。今日は皆さんほんまにありがとうございました〜。ほな、またね〜」


 気さくに手を振りながら、灯油は座布団を持って舞台袖に去って行った。結局、全校生徒が一席まるまるを聞いてしまった。

 予定より大幅に延びた全校集会は既に朝いちばんの授業時間の半分ほどに食い込んでおり、そこから解散して教室に生徒が戻るころには次の授業が始まる直前だった。



 〜〜〜〜〜〜



「ムジツさん、落研の部室に行ってみようよ」

「なんでよ」


 午前の授業が終わり、牟児津は一緒に昼食を摂るため瓜生田のいる教室を訪ねた。顔を合わせるや否や、瓜生田は唐突な提案をした。誘うなら食堂か購買だろうと牟児津は思うが、瓜生田の目的は昼食を摂ることではなかった。


「今朝の灯油先輩の話聞いてたでしょ?あれ、たぶん灯油先輩なりのSOSだよ」

「いやいや、普通に落語しただけでしょ。それでも十分意味分かんないけど」

「そう、意味が分からないの。なんで灯油先輩はあの場で落語を披露する必要があったのか。きっと意味があるはずだよ」

「そうかなあ。まあ意味があったとして、なんで落研に行きたくなるの」

「灯油先輩が探偵を求めてるから。これはもうムジツさんが行かなきゃ誰が行くって感じだよね」

「……うりゅ、ヘンな電波でも受信した?大丈夫?」

「もう、スイッチ入らないと察しが悪いなあ」


 なかなか牟児津が理解しないことにやきもきしながら、瓜生田は順を追って説明することにした。


「噺に入る前に、前段のおしゃべりがあったでしょ。そこで灯油先輩は、探偵がこわいってことを言ってたじゃん」

「言ってたね。でもあれは噺に入るための前口上っていうか、冗談みたいなもんでしょ」

「でも、探偵がこわいっていう部分は必要じゃなかったよ。普通に犯人がこわいって話から入ってもいいのに、わざわざそれを挟んだのには、きっと意味がある」

「それが、探偵を求めてるってこと?」

「そうだよ。探偵がこわいって話から「まんじゅうこわい』に入ったでしょ。つまりその前段の話でも、“こわい”は“好き”とか“ほしい”って意味になるんだよ」

「う〜ん……うりゅが言うならそうかも知んないな。けど……」

「けど?」

「それでもなんで私が行かなきゃいけないの。別に私、探偵じゃないし」

「まだそんなこと言ってるの?ムジツさんはもう立派に探偵なんだよ。自信持って」

「自信ないわけじゃなくて探偵になんかなりたくないってんだよ!」


 牟児津の抗議も空しく、その小さな体は瓜生田にひょいと抱えられた。体力のない瓜生田でも、牟児津を抱え上げて運ぶのはお手のものだ。


「わーっ!なにすんだ!」

「ほら、危ないから暴れないの。困ってる人がいたら助けてあげるのが、力を持つ人の責任なんだよ」

「そんな責任負わされるほどの力なんか持っちゃいね〜〜〜!」


 ばたばた暴れる牟児津を、瓜生田はえっちらおっちら部室棟まで連行した。はじめは抵抗していた牟児津も、次第に無力感からぐったりと項垂れて、落語研究部の部室前に着いたときにはすっかり大人しくなっていた。

 落語研究部は学園創設まもなくから続く歴史の深い部で、部室は部室棟3階の角部屋という一等地を確保している。歴史の長さ故か、あるいは部の雰囲気作りのためか、部屋の入口は障子になっており、履物を脱ぐための簀子すのこが用意されていた。障子の紙を透けて光が漏れており、中からは人の気配がする。どうやら部員が在室しているらしい。


「なんだこりゃあ」

「一休さんみたいだね。落研らしい」


 障子を開けて声をかければ、灯油が探偵を呼んでいるという瓜生田の考えが正しいかは簡単に検証できる。しかし障子に貼られた一枚の紙がそれを妨げていた。どうにも無視できない位置に、どうにも無視できない一文が書かれていた。牟児津は戸惑いの声を、瓜生田は乾いた笑いを漏らした。


「“このとひらくべからず”だってよ。開けるなってことだ。きっと落語の稽古で忙しいから部外者は来るなって意味だよ」

「まさか。灯油先輩は遊びに来てねっておっしゃってたよ」

「来てねって言っといてこれはおかしいでしょ!」

「おかしいよ。だからこれは、とんちで開けてみろってこと。ムジツさんは試されてるんだよ。灯油先輩が求めた探偵として相応しい資質があるかをさ」

「なんで試されなきゃいけないんだ!こっちは初めから乗り気じゃないんだよ!」

「でも困ったね。橋なら真ん中を通ればいいけど、戸は開かないと入れないからなあ」

「ね、うりゅ。もう諦めて帰ろ。お昼食べよ」


 面倒なことに巻き込まれる前に諦めさせたい牟児津は、瓜生田の袖を引っ張って退散を促す。それでも瓜生田はびくともせず、障子に貼られた一文を睨み続けていた。しばらく頭の中で格闘するが、糸口すらつかめない。瓜生田は決して頭の悪い生徒ではなかったが、頭の柔らかさが必要ななぞなぞは得意ではなかった。

 そうして落語研究部の部室前でとんちと戦っていると。


「ふはーっはっはっは!困っているようだな牟児津真白!」


 瓜生田にとっては心強い、牟児津にとっては更なる面倒を呼びそうな応援が現れた。その声は、部室棟の廊下の隅から隅まで響き渡るほど過剰に大きかった。


「どうやらお前より私の方が優れた探偵であることを示す絶好の機会のようだ!そこをどけい!」

「ホームズ、廊下ではお静かに」

「げっ」

「びっくりしたぁ……家逗いえず先輩と羽村はねむらさんじゃないですか」


 高らかな笑い声に驚いて、牟児津と瓜生田は同時に飛びあがった。振り向いた先には、えんじ色のインバネスコートに身を包んだ家逗いえず 詩愛呂しあろと、ゴスロリ風に改造した制服を着た羽村はねむら 知恩ちおんが立っていた。

 学園きっての名探偵を自称する家逗は、様々な事件を解決して名声を高めている牟児津に一方的にライバル意識を燃やしている。羽村はそんな家逗の傍について手綱を握る役だ。流されるまま事件に巻き込まれて仕方なく解決している牟児津は、家逗も羽村も厄介事を運んでくる2人組としか認識していなかった。


「お二人がこちらにいらっしゃるということは、やはり灯油様のお話には探偵募集のメッセージが込められていたということですね」

「羽村さんもそう思ったの?なぁんだ、抜け駆けしたつもりだったのに」

「え、どゆこと」

「ムジツさんがいち早く灯油先輩のメッセージに気付いて力になってあげたら、探偵同好会にリードを取れるでしょ。逆もまた然りってことだよ」

「はっはっは!そんな姑息な手段で我々を出し抜こうとは、考えが甘いのだよ!」

「姑息の使い方が違います、ホームズ」

「なんで私の周りはこんなんばっかなんだ!誰が好き好んで事件に首突っ込むんだよ!もう勘弁してくれ〜〜〜!!」


 探偵同好会が現れたことで場が一気にやかましくなる。灯油の話からメッセージを感じ取ったのが瓜生田だけではないことで、この先に入ると面倒ごとに巻き込まれる可能性がかなり大きくなった。たまらず牟児津は頭を抱えて叫ぶ。が、勘弁してくれる者はひとりもいない。


「それで、君たちは部室の前で何をしていたのかね?怖じ気づいたか?」

「入口の障子にこんな貼り紙がしてあって、どう言って入ろうか困っていたんです」

「なに?」


 家逗は大きな虫眼鏡を取り出すと、障子に貼りだされた紙を大袈裟に覗き込んだ。この虫眼鏡のせいで散々な目にあったというのに、性懲りもなく携帯しているようだ。家逗にとっては喉元すぎて忘れた熱さよりも、探偵らしくあることの方が重要らしい。


「“このとひらくべからず”……ふむ、なるほど。実に興味深い謎だ。これを解かなければ障子は開かないということだな」

「開かないことはないですけど、灯油先輩が探偵を呼び寄せたってことを考えると、力試し的な意味で貼りだされてるんだと思います」

「よろしい。ではさっそく中に入るとしよう」

「えっ?話聞いてた?」

「灯油君!入るぞ!」


 牟児津が制止しようとするのも聞かず、家逗は上履きを脱いで簀子に上がり、障子を思いっきり開いた。枠と柱が衝突して気持ちの良い音がし、それと同時に室内全ての視線が出入り口に集まる。堂々たる仁王立ちの家逗は、一同驚愕の様子を満足げに眺めていた。

 そんな家逗のちょうど真正面に、細い目をさらに細めて鎮座する着物姿の生徒がいた。今朝の集会で唐突な一席を披露した緑色の着物の落語家、落語研究部部長の法被蓮亭灯油であった。目を丸くする部員らと違い、余裕の笑みを浮かべて家逗を正視していた。


「なんや、しゃろ子やないの。枠が傷むからそない強う開けんといてえな」

「すまないね。知っての通り、私は謎を前にすると興奮を抑えきれない質なのだ。つい力が入ってしまった」

「さよか。で、入ってきたいうことは、障子のとんちは解けたいうことやんな?聞かせてもらおか」

「もちろんだとも」


 部室の外から覗いていた牟児津は、一日に二度も上級生同士の睨み合いを前にして、胃の痛みが腸を下って具合が悪くなって来た。磯手と川路に比べればどちらも刺々しさはないものの、灯油からは油断ならない雰囲気が感じられた。家逗の無鉄砲さで空気が弛んでいることが救いになるくらいだ。


「君はあの文章を“この戸開くべからず”と読ませたかったようだが、それなら敢えてひらがなで書く必要はない。つまりこれは、異なる読み方をしてみせよ、という問題だと捉えられる」

「そりゃそうでしょ。わざわざ言うことか?」

「しっ。ホームズのとんちを最後まで聞いてあげてください」

「この問題が、集まった有象無象の探偵気取りから本物の探偵を選抜する目的なのだとしたら、当然その意図が問題の中にも含まれていると考えるべきだ。すなわち、謎を解いた上で大いなる謎に挑む探偵としての胆力を問うたものになるはずだ!そう!あの文章は“この問ひ楽べからず”、この問題は楽ではないぞという警告文と読める!」

「へえ」

「謎が解けた上で簡単ではない問題に挑む、まさに真の探偵に相応しい者こそこの戸を開くべし、という問題なのだ!どうだ参ったか!」

「……微妙じゃない?」

「とんちっていうかとんちんかんじゃん」


 朗々と家逗は自説を展開する。対する灯油は家逗に指をさされても身じろぎひとつしない。後ろで聞いていた牟児津たちは一様に首を傾げた。家逗の取って付けたような主張では納得感が薄い。フォロワーである羽村でさえため息を吐く始末だ。

 しかし、灯油は不敵な笑みをいっそう深めた。


「ま、ええやろ。しゃろ子にしては上手いこと言えたんちゃう?」

「ふふっ。なに、初歩的なことだ、クラスメイトよ」

「ホームズ、そのレベルで胸を張らないでください。恥ずかしいです」

「自分ら一番乗りやしサービスしとくわ。ささ、後ろの子ぉらも入りぃな。弁当はあるか?ない?ほな待ちや。園泊用の備蓄があったやろ。吹逸すいいつ!」

「は、はい!」

「お邪魔します」


 どうやら家逗のやっつけとんちは灯油に受け入れられたらしい。指示を受けた部員が奥へ引っ込んでいる間に、牟児津たちは灯油に招かれて落語研究会の部室に上がった。

 部室は全体的に和風にまとめられていた。床は廊下より一段高い畳敷きになっていて、部屋の奥にはさらにもう一段高くした高座が設けられていた。灯油をはじめとして多くの部員が勢揃いしており、全員が色とりどりの、しかし決して派手すぎない着物を着ていた。壁際には公衆浴場の脱衣所のような棚が並び、畳まれた屏風やや見台が隅の方に片付けられていた。


「正直あんまり期待してへんかってん。2組も来てくれたんは僥倖やわ。狭いところやけどゆっくりしてってや」

「灯油姐さん。こちら、おにぎりです」

「はいご苦労さん。自分らお昼まだなんやろ?食べよし」

「ありがとうございます。いただきます」

「なんでこんなにおにぎりがあんの」

「もうじき大会やから学園に泊まって稽古すんねん。今の時期は文化系の大会が集中しとるし、文化部はだいたい園泊しとんのちゃう?まあそういうわけやから晩飯の準備はしとかんとな。ああ、ええのええの。またうちの若いもん使いに出すだけやから、遠慮せんと食べぇな。ん?園泊許可?ちゃあんと田中ちゃんに話通してるで?当ったり前やないの!勝手に泊まったらブチ怒らせて可愛い田中ちゃんの顔に小皺ができてまうよ!んなっはっは!……まあ、落研は実績もあるし由緒正しい部やから、事後申請でもなんとかなるんよ他の部ではそうはいかんやろなぁ」

「もぐ……前置きは結構だ!昼休みは短いぞ。我々を呼び寄せた理由を話したまえ」

「一口で食いよった!ほんまおもろい子ぉやなあ、しゃろ子!」


 よく喋る人だ、と牟児津は既に気疲れしていた。一方的に話されるのは、相手が話終わるタイミングが分からなくて疲れる。かと言って牟児津もあまり自分から話すタイプではない。こういう話したがりのタイプの人間は、牟児津には上手な扱い方が分からない。

 家逗は待ちきれないといった様子で、手のひらほどの大きさのおにぎりを一口で飲み込んだ後、本題を促した。灯油はひとしきり笑った後、すっと落ち着いて静まり返った。


「せやな。はよ話さんとな。そっちの赤髪の子ぉは牟児津ちゃんやろ?学園新聞でよう見る顔や」

「え、あ、はあ、ども」

「ここに来たっちゅうことは、アテの目的もなんとなく察しがついてるんやと思う。実は、あんたたちに解決してほしい事件があんねん」

「ふふ、そうこなくてはな!」


 鬱陶しいほどよく喋っていた灯油が、急に静かな喋り方に切り替えた。それだけで牟児津は、ここから先の話は今までと違って真剣に聞かなければならないと感じさせられた。どことなく灯油の纏う雰囲気も怪しげになったような気がする。


「で、その事件なんやけどな——」


 灯油がようやく本題に入ろうとしたまさにそのとき。


「おじゃッしまァッ!!こちらにムジツ先輩は来てませんでしょうか!?」

「おぎゃあっ!?」


 牟児津の背後から耳障りな大声とともに障子が勢いよく開かれた。木の枠と柱がぶつかる威勢の良い音、金属同士を打ち鳴らすようなカンカン声、ガサツに畳を踏みつけるどかどかいう足音、そんな不意の大音声の嵐で、部室内は一気にひっくり返った。


「おおっ!いたいた!やっぱり落研に来てましたか!先輩のクラスにも瓜生田さんのクラスにもいないからどこ行ったかと思えば!」

「あ〜、びっくりした。どうしたの益子ますこさん?」


 現れたのは、ジャケットの袖を胸の前で結んで肩にかけ、チョコレート色の髪にハンチング帽を被り、腰に下げたポシェットからは分厚い手帳が覗く、活発な新聞記者だった。新聞部に所属し、牟児津の番記者を務めて事件のたびに何かと付き纏ってくる、益子ますこ 実耶みやである。


「今回の事件に関してムジツ先輩を取材させてもらおうと思って捜してたんですよ!どうせまた巻き込まれてるんでしょう?とぼけても無駄ですよ!今朝方、風紀委員に連行されるムジツ先輩を目撃したという証言を多数確認していますからね!」

「あんた引っ掻き回すだけだからヤなんだよ……」

「まあそう言わずに!さあさあ!捜査に行きましょうよ!」

「待ちい」


 ひっくり返った牟児津の脇を持って、益子が部室の外へ連れ出そうとする。しかしそれは、灯油の冷たい一言で止められた。


「あんた、寺屋成ちゃんとこの子ぉやんな?牟児津ちゃんはいまアテと話してんねんで?」

「おっと!これはこれは灯油先輩!お噂はかねがね!ってお話中でしたか。これは失礼!ではお話が終わるまでここで待たせてもらいます!」

「ただで待つっちゅうんはあかんな、ルール違反や」

「なんですと!?報道の自由への挑戦ですか!」

「立場が悪くなるとすぐそういうこと言う」

「そこの入口の貼り紙、見たやろ?」


 灯油は、話の邪魔をされたことよりも、益子が貼り紙を無視して入ってきたことを注意していた。落語研究部の部室に入る以上は自分のルールに従わなければ、入室を認めるわけにはいかない。


「ルールを守るんやったら別にかめへんよ。けど、アテを納得させる答えが出せへんねやったら、そのときは出て行ってもらうで」

「勝手なことを!あくまで私は新聞記者として報道の自由を行使させていただきますよ!正義のジャーナリズムは全てに優越するのです!貼り紙など問題になりません!」

「貼り紙の文字はこうや。ひらがなで“このとひらくべからず”。ほな、なんで自分は入ってきたんや?」

「ハッ!馬鹿馬鹿しいですね!」

「馬鹿馬鹿しいとは何事や」

「だってそうでしょう!そんなものはです!」


 益子はそう言い切ると、ふんと鼻息荒く居直った。3年生相手によくこんなでかい態度が取れるな、と牟児津は冷や汗が止まらなかった。が、灯油は束の間の沈黙の後。


「んはっ——んなっはっはっは!!」


 破顔一笑——大声で笑った。牟児津らはぽかんとした顔で、益子は得意げに、そして他の落研部員たちは呆れと感心が半分ずつ混じった表情で灯油と益子を見比べていた。


「はっはっは!こりゃ一本とられてもうたなあ!益子ちゃんやったか?待っててええよ。というかこっち来て一緒に話聞きぃな」

「おっ、ありがとうございまーす!じゃ、お言葉に甘えて!」

「なんなんだこいつら」

「芸人という人種の考えはいつも分からん。この私の灰色の脳細胞を以てしても理解し難い」

「少なくとも益子様はホームズよりとんちが利いてましたよ」

「ふんっ、とんちは探偵のすることではない!」


 益子はあっという間に灯油に気に入られ、瓜生田の隣に敷かれた座布団に招かれて飛び乗った。昼休みも残り時間が少なくなり、ここらが頃合いと考えた灯油は入り口の貼り紙を剥がすよう指示し、目の前に並んだ5人に向けて話し始めた。


「えーっと、さっきはどこまで話したかなあ?ああ、解決してほしい事件があるっちゅう話やったな。そうそう。しゃろ子と牟児津ちゃん、それに益子ちゃんも新聞部やったら情報収集できるやろ?せやからもう調べ始めてるかも知れへんけどな、解決してほしい事件いうんが、例の——」

「さては『女神の祝福事件』ですね!藤井先輩がおっしゃってた!」

「……さすがやね、益子ちゃん。せやけど、噺家の話に割って入るんはご法度やで。大人しぃしといてな?」

「こりゃ失礼!」

「あんたマジで怖いもの知らずだね……」


 先ほど部屋に突入してきた益子に向けていた顰めっ面ではなく、やんわり注意した灯油の顔は微笑んでいた。それが却って迫力を増していたのだが、益子は舌を出し自分の頭を軽く叩いて反省の意を示した。肝が据わっているどころか、心臓に太めの毛が生えているのではなかろうか。牟児津は手汗でスカート越しに膝を湿らせながら思った。


「さて。『女神の祝福事件』いうお題目は知らんけど、藤井ちゃんが言うてた事件てところはおうとる。理事室前のあのけったいな像がピカピカ光っとる事件。あれなんやけどな——」


 一拍、灯油は間を置いた。そして——。


「あの犯人、アテかもせえへんのよ!んなっはっはっは!」



 〜〜〜〜〜〜



「……なんだって?」


 大笑いする灯油に、ようやく家逗が尋ねた。他の4人は言葉の意味が分からず、笑う灯油に負けず劣らずの大きく口を開けてその顔を見ていた。


「女神像が妙な音と光を発している事件——益子様の言葉をお借りして『女神の祝福事件』と申しますが——その犯人が灯油様というのは……どういうことでしょうか?」

「ああ、心配せんでもきちんと説明するさかいに、ちょっと待ってな。吹逸すいいつ、こっちおいで」

「はい」


 灯油は自分の隣のござを叩いて、近くにいた部員を呼び寄せた。水色の着物に身を包んだ部員が、しなやかな所作でちょこんと収まった。学年色の入ったリボンや上履きはないが、その小柄さや灯油と並んだときに感じる雰囲気の洗練され具合の差から、1年生であろうことが感じられた。


「落語研究部1年生、矢住やすみ あい——高座名を江暮屋えくれや 吹逸すいいつと申します。以後お見知り置きを」

「なんだ、アイちゃんじゃないですか。何か事件に関わってるんですか?」

「まあ聞きぃな。実はな、あの女神像が光ってるんが分かったんは今朝やろ?他の部もやろうけど、落語研究部うちは昨日の晩から今朝まで園泊しててんな。んで、昨日の夜中に……な〜んかあの辺うろうろしたような気がすんねんな」

「何言ってんだこの人?」

「たぶん夜中やったしお腹もいっぱいやったから、眠たかったんやろなあ。なんとな〜くふらふら校内を歩いてて、あの辺であるもんを拾たような気ぃすんねん」

「あるもの、とは?」

「練り切りくらいの大きさで、まんまるで、木苺みたいに真っ赤っかな宝石や!」

「な、なんだってぇ!?」


 灯油が拾ったものを聞いて、牟児津は飛び上がった。同じように瓜生田も驚いて、細長い目を丸くした。その場にいる他の全員は、なぜ2人がそんなに驚いているのか分からないが、ともかく灯油の話の続きを聞くことにした。牟児津と瓜生田も、すぐに、いっそう灯油の話を食い入るように聞き始めた。


「そんでな、キレイやな〜思てそのまま持って帰ったような気がすんねんけど……そっからどうしたか分かれへんねん」

「わ、わからないというと?」

「なんていうかね、こう……夢現やねん。持って帰ったような気もするし持って帰ってへんような気もするし、はっきりと覚えてへんのよ」

「はあ……浅見を申しますが、持って帰っていらっしゃるなら、落研の何方かが御存知なのでは?」

「せやんなあ?じゃあ落研部員うちのに訊いたら、知らん言いよんねん」

「じゃあ気のせいなんじゃないか?」

「ん〜、せやけど夢にしてはやけに現実味があるっちゅうかねえ。ただの夢やとも思えへんねんけどなあ」

「なんなんだ。はっきりしない奴だな。いくら私が名探偵と言っても、君の夢の中でしか起きていない事件は解決のしようがないぞ」


 判然としない灯油の態度に家逗が腹を立て始めた。


「依頼者が何か秘密を抱えているのもミステリの王道だが、君は違う。自分が犯人なのか。犯人でないならどう関係しているのか。そもそも関係者なのか。それすら判然としない。酔っぱらいが管を巻いているのと何が違うのだ」

「うちの部長はこの通り、落語は一流でも他がちゃらんぽらんな人間なんです。話半分で聞いておくのがよろしいかと」

「言うやないか吹逸。落語なんて全部作り話やねんから、即興で嘘八百並べ立てられるアテみたいな人間こそ向いてんねんで。あんたは真面目すぎるのがあかんわ」

「ほどほどに勉強させてもらいます。嘘と落語は違いますけど」

「ほんまに、手のかかる後輩を持つと先輩は大変やで。悔しかったらアテを驚かせる大ボラでも吹いてみぃ。でけへんやろけどなぁ」

「あのう、そうすると先ほどのお話は嘘ということになるのでは……?」

「ちゃうねんちゃうねん。そっちは嘘とちゃうねん。ああもうややこいなあ。要はね、アテははっきりした答えが欲しいねん。アテが例の事件の犯人なんか、ちゃうんか。しゃろ子でも牟児津ちゃんでもええから、事件をはよ解決してくれたら、それもはっきりするやろ?」

「ちなみに、風紀委員にそのお話はされてますか?」

「してへんよ。ほんまにアテが犯人なんやったら、そんときはきちんとケジメ付けるつもりや。けどアテが犯人やなかったら勘違いでしてへんことをしたぁ言うて捕まるん、めっちゃアホやん?」

「なんなんだこいつは」


 人を呼んでおいて好き放題なことを言う。自分がどう事件と関わっているのかもはっきりとしない。犯人なら責任は取るが、そうでないなら損はしたくないと言う。家逗はすっかり、灯油の話を聞く気を失っていた。『アテナの真心』に関する事件なら聞かないでもないが、こんな形で関わるのは納得がいかない。


「んで、しゃろ子。アテの頼み受けてくれる?」

「断る!探偵は便利屋ではない!確証はなくとも思い当たることがあるなら風紀委員に伝えるのが善良な市民のあるべき姿だ!」

「なんや、つれないなぁ。ほな牟児津ちゃんは?」

「おい牟児津真白。探偵として忠告しておいてやる。こんな灯油君の戯言に付き合うことはないぞ。赤い宝石の件が事実だとしても、事件に関係している保証はない。こんな馬鹿げた話は——」

「……絶対解決できるって保証はできないですけど、それでもいいなら。私も、もう関わっちゃってるんで」

「なにっ!?」


 家逗の忠告は完全に受け流し、牟児津は灯油の頼みをすんなり受け入れた。ここで断っても、どうせ磯手と川路から『赤い宝石』の件を伝えられ、他の生徒より深く事件に関わっているのだ。そして何より、自分と瓜生田の知っている手掛かりに照らし合わせれば、灯油の話は真実であると考えられる。


「ほんまに!?ありがとう!めっちゃ助かるわ!」

「おおっ!ムジツ先輩、珍しくやる気ですね!」

「本気か牟児津真白!?こんな話を真に受けるのか!?」

「別に、この事件が解決しないと私も困る……ってだけ。どうせ逃げられないしさ」

「ほうほう!ということはこの事件、ムジツ先輩の単独捜査になるということでよろしいですか?探偵同好会の方々はこの依頼を断るようですから!」

「ん待てぃ!誰が断ると言った!やるやる!やるに決まってるだろう!」

「なんやのしゃろ子。さっき自分、断る言うたで」

「ライバルの牟児津真白がやると言っているのに、私が指をくわえて見ているわけにはいかないだろう!むしろそっちがその気なら、この事件で夫婦めおとを決してやろうではないか!」

「決するのは夫婦ではなく雌雄です。ともかく、牟児津様がお受けになるなら受けるということですね」

「……灯油君の依頼を受けるわけじゃない。牟児津真白との決着を付けるだけだ」

「アテはなんでもかめへんよ。事件が解決すんねやったら同じことや」


 牟児津は既に事件に関わってしまっている諦念から。家逗は激しく燃え盛る対抗意識から。それぞれ灯油の依頼を受けることになった。また珍妙な事態に巻き込まれてしまったと牟児津は頭を抱える。これが、ただの珍奇な事件で済まないことなど、まだ知る由もなかった。

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