第4話「いいってことよ」


 益子からの報告を受けて一夜明けた次の日の朝、牟児津は昨日と同じように早起きした。同様に早起きしている真尋の様子を窺いつつ、身だしなみと朝食、荷支度を終わらせ、いつでも出発できる体勢を整える。やがて真尋は、昨日とほぼ同じ時間に家を出た。


 「いってきまーす!」


 それを聞いた牟児津は、すぐに自分も玄関に走っていった。そしてある程度真尋が家から離れるのを待ってから、自分も家を出た。


 「いってきます」


 緊張の表れか、または真尋に気付かれないように忍ぶ気持ちが表れたのか、牟児津はこっそりと声をかけた。家を出て早速、同じようにこっそり家を出て来た瓜生田と鉢合わせた。昨日の夜のうちに事情を話しておいたので、瓜生田とは目配せだけしてすぐに真尋の後を追いかけ始めた。

 いつも通っている駅で、いつもと同じようにやってくる電車に乗る。真尋が電車に乗ったことを確認して、牟児津と瓜生田も隣の車両に乗り込んだ。ここからなら、尾行されていると知らなければ気付きようがない。


 「なんだかスパイごっこみたいでワクワクするね、ムジツさん」

 「いい気なもんだよ、うりゅは」


 気を紛らわせようと敢えて言っているのか、それとも悪気無く天然で言っているのか、呑気な瓜生田に牟児津は呆れる。牟児津は今から自分の弟とその友達を泳がせて、謎解きの舞台まで連れて行こうとしている。自分も巻き込まれた立場だが、さらに身内を巻き込むというのはなんとも心苦しいものだった。

 しばらくして電車は、学園の最寄り駅に到着した。電車を降りると、真尋はドアの正面で待っていた遠藤少年とチャットで会話して、すぐに改札に向かった。牟児津と瓜生田は、遠藤少年を尾行していた益子と合流し、あいさつもそこそこに移動を開始した。


 「やっぱり無言だね」

 「なんなんだいったい。気持ち悪い」

 「昨日、お参りをした後は普通にしゃべってたんですけどね。何かそういう儀式でしょうか」


 益子の話によれば、大村は既に学園の掃除をしているらしい。今朝もゴミは落ちていたそうで、朝から相当腹を立てているとの話だ。大村はいつでも腹を立てているのでそれは問題ないが、今日でその怒りん坊ともおさらばできるのだと思えば、尾行にも一層気合いが入る。

 商店街を行く小学生二人の後を、女子高校生3人がこそこそつけていくのはなんとも珍妙な様だった。朝で人通りが少ないお陰で誰にも咎められずに尾行できたのが幸いである。真尋と遠藤少年は交差点を曲がり、大通りを抜けて緩い坂道に入る。そして話にあったように、途中にある地蔵堂の前でしゃがみ込んだ。二人の姿を確認すると、牟児津は瓜生田と益子とともに、二人を取り囲むような位置に回り込んだ。懸命に拝む二人が気付かないうちに、三人は一気に距離を詰めた。


 「……ん?ぎゃああっ!?」

 「えっ!?わあっ!?えっ……?えっ!?」

 「はーい、大人しくしてね二人とも」


 拝み終わったのか違和感に気付いたのか、真尋が顔をあげて振り向くと、そこには牟児津と瓜生田と益子が壁のように立ち塞がっていた。驚きのあまり声を出した真尋につられて、遠藤少年も驚きの声をあげる。すかさず瓜生田が二人を抱きかかえ、あっという間に捕まえてしまった。


 「り、李下!?なんだよ!」

 「まあまあ落ち着いてヒロくん。こうしないとヒロくんすぐ逃げちゃうでしょ」

 「ふぐぅ」


 瓜生田に思いっきり抱きかかえられて、暴れすぎた真尋は早々に体力が果ててだらりと手足を投げ出してしまった。一方の遠藤少年は未だ事態を把握しきれていないようで、不安げに牟児津たちの顔を見ていた。状況を説明するため、牟児津が遠藤少年に目線を合わせて話しかける。


 「風吏くん、いきなりごめんね。私のこと覚えてる?」

 「っ!っ!」


 遠藤少年は、黙って首を縦に振った。その表情は少し申し訳なさそうだ。


 「よかった。それで、今ヒロと二人でここにお参りしてたでしょ。それで少し、私たちに付き合ってほしいんだ」

 「???」


 明らかに遠藤少年の顔色が悪くなり、困惑の表情になっていく。突然こんなことになれば誰でもそうなるだろう。疲れ果てた真尋を瓜生田が押さえたまましゃがませ、牟児津は二人に説明を始めた。

 高等部にある大樹、大桜の根元にゴミが捨てられる事件が発生したこと。その容疑者として牟児津が疑われていること。また、真尋と遠藤少年が休日も毎日ここにお参りしていることを、益子を使って明らかにしたこと。

 これまでの経緯を、なるべく二人に分かりやすいように語っていく。そして最後に牟児津は、自分の考えを付け加えた。


 「それでね。このお地蔵様と、大桜のポイ捨て事件、これがもしかしたら関係してるんじゃないかって思うんだ」

 「へえ、そうなの?」

 「私もいま初めて聞きました!ムジツ先輩、どういうことですか?」

 「大桜まで行こう。そこにきっと、答えがある」



 〜〜〜〜〜〜



 「遅いですっ!いったいどこで何をしていたのですかっ!」

 「ごめんごめん。ちょっと通学路で小学生を二人ほど捕まえてて」

 「何をしていたのですかっ!?」

 「安心してよ。こっちはヒロくん、ムジツさんの弟。でこっちは風吏くん、ヒロくんのお友達。どっちも初等部の子だよ」

 「はあ。どうも初めまして」

 「……」


 真尋と遠藤少年を連れて、三人は高等部の門をくぐって大桜の下までやってきた。休日も部活動があるため校門は開かれており、自習スペースも解放されていて学園生なら自由に入ることができる。大村は今日も朝から学園内を掃除していたようで、すっかり聞き慣れた掃除機のエンジン音が相変わらず空気を振動させている。

 ようやく関係者が全員揃い、牟児津は大桜の下に立って全員に正対した。一度に全員の視線を受けることになったが、うち二人は子どもで、うち二人は見慣れた顔である。さほど緊張することもなく、推理を披露し始めた。


 「大村さん、わざわざお休みの日までありがとう。ようやく、一連のポイ捨て事件の犯人が分かったよ」

 「誰なんですかっ!その不届き者はっ!」


 推理モードになった牟児津の心は穏やかで、いつもほど頭の中はいっぱいいっぱいではなかった。


 「1ヶ月くらい前からほぼ毎日ゴミが捨てられてるこの事件は、実はそんなに難しいことじゃなかったんだよ。難しく感じてたのは、私たちが的外れな証拠ばっか集めてたからだ」

 「どういうこと?」

 「たとえば、犯人はどうやってここにゴミを捨ててるのか。私たちは一日ここを監視して犯人を見つけようとしてたから、本当に犯人がゴミを捨ててる現場に気付けなかったんだ」

 「んん?んんん?なんだかよく分かりません。監視していたから気付けなかった?」

 「あとは大村さんが気にしてた、どうしてこの場所を選んで捨ててるのか。これもそう。別にここである必要なんかないんだよ。たまたまゴミを捨てる場所がここっていうだけ。でもそれは、ある意味でここにしかならない理由なんだ」

 「ええいっ!訳が分かりません!一体全体何がどうなってこうなっているというのですか!犯人は誰で、なぜここにゴミを捨てているのですかっ!」


 牟児津の言葉は益子たちの頭をますます混乱させるばかりだった。持って回った言い方では結局誰にも真相が伝わらない。牟児津は手を動かした。この事件の犯人を示すため、人差し指を構えている。


 「一連のポイ捨て事件。姿を見せず、毎日毎日1ヶ月もの間ここにゴミを捨てていた犯人は……!」


 牟児津の指が伸びた。それが事件の犯人を指し示す。真っ直ぐ、真っ直ぐ、頭上に向かって。




 「カラスだよ」




 大桜の樹から、ひらりと何かが落ちてくる。それは木漏れ日の光を受けてきらきらときらめくようで、光が透けて景色に溶けるようだった。牟児津は目の前に落ちたそれを拾い上げる。半分がビニールで半分が和紙のその包みを広げて、それが何かをはっきりと検めた。


 「カ……カラスぅ?」

 「ムジツさん、それって……」

 「うん。やっぱり、それで正しかった」


 今この瞬間まで、牟児津は自分の推理が正しいのか、確証が持てていなかった。状況から積み上げた推理は整合性がとれているように見えても、必ずしも事実を表しているとは限らない。そこに必要なのは物的証拠、これ以上ないほど明確な根拠なのだ。


 「ど、どういうことか説明してくださいっ!カラスが犯人だなんて言われても……納得できませんっ!」

 「うん。分かったよ。それじゃあまず、どうしてここにゴミが捨てられるようになったのか、その理由からだ」


 なおも声を上げる大村に、牟児津は冷静に対応する。もはや牟児津には一連の出来事の全てが手に取るように分かっていた。それをそのまま話すだけのことに、慌てる必要はない。


 「大桜はこれだけの大きさだから、色んな生き物が巣を作ってるんだ。もちろんその中にはカラスもいる。巣を作ったカラスは、あちこちから持ち帰ってきた食べ物を巣の中で食べて、そして食べかすを巣から蹴り落とす」

 「そうすると……それが大桜の周りに落ちたゴミになるってこと?」

 「カラスはなんでも食べるからね。だからゴミの種類に統一性がなかった。でも食べ物に関係するゴミっていうことだけは共通してたよね」

 「し、しかしですっ!」


 大村が異議を唱えた。


 「カラスなんて以前からずっといましたっ!ですがここにゴミがポイ捨てされるようになったのは1ヶ月ほど前からのことですっ!それまではきれいなものでしたよっ!」

 「確かに、この辺りはカラス対策でゴミ捨て場にネットをかけたり、カラス除けを設置したり、色々対策してるよね。だからあんなにたくさんのゴミは出ないと思うけど……」

 「そうだね。ゴミ捨て場から出るものには、カラスも手を付けられないと思うよ。でもそうじゃないとしたら?」

 「そうじゃない……ああ!まさかですけどムジツ先輩!」

 「うん。ここのカラスは覚えたんだよ。通学路にある地蔵堂、それと似た場所なら、ネットもカラス除けもなく食べ物が手に入るって」


 地蔵堂の前に供えられたお菓子や果物を思い返して、益子が声を出した。学園生にとっては通学路の地蔵堂がすぐに思い付くが、カラスの行動範囲ならこの街一帯にある地蔵堂や道祖神、神社などのお供え物を全て食べ漁ることができるだろう。そして可食部と一緒に運ばれてきた非可食部は、さっさと巣から蹴落とされてしまうということだ。


 「でもどうしてカラスは、急にそんなことを覚えたんだろう?学習するにしたってきっかけがないと」

 「きっかけならあったよ。ちょうど1ヶ月くらい前、地蔵堂に食べ物が置かれるきっかけが」

 「……」

 「もう分かってるんでしょ。ヒロ、風吏くん」

 「……っ!」


 牟児津の指摘で、二人はほぼ同時に肩を跳ねさせた。カラスが地蔵堂に食べ物があると学習するきっかけ、ちょうど1ヶ月ほど前、それだけ情報があれば誰でも分かる。それが、当事者ならばなおさらのことだ。


 「あんたたちがあの地蔵堂にお供えをし始めたのが、このポイ捨て事件の原因だよ」

 「くうっ……!」

 「ど、どういうことですか……?この子たちが、ポイ捨て事件の原因とは……?私にも分かるように説明してくださいっ!」


 唯一事情を知らない大村が、今度は怒りではなく懇願するような声をあげた。どんどん進んで行く話について行けず、もはや聞き役に徹するしかない。


 「それは……」

 「……ぼ、ぼくがっ……!」


 牟児津の言葉が遮られた。瑞々しい若葉を思わせるあどけない声だった。


 「僕が、始めたんです……!僕のお父さんがもうすぐ手術で……!上手くいきますようにって、おねがいして……!だから、僕が原因なんです!」

 「ち、ちがうぞ!いやちがくないけど……おれもやった!フーリのおねがいごとが叶いますようにって、おれもいっしょにお参りしてた!おれも原因なんだ!」


 遠藤少年が初めて言葉を発した。それにつられるように、真尋もまた声をあげる。お互いがお互いを庇うように自分の責任を主張する。牟児津は二人の行いを“原因”と言ったが、かと言ってポイ捨ての責任を二人に追及するというのは無理がある。


 「二人とも、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ムジツさんは別に、二人を責めてるわけじゃないから」

 「え……」

 「要するに大村さん、この事件に犯人なんていないんだよ。カラスは別にポイ捨てをしようと思ってしたわけじゃない。むしろポイ捨てだとも思ってない。ただ生きてるだけなんだ。ヒロと風吏くんだって、まさかお供え物がそんなことになるなんて予想できない。ただ純粋にお参りしてただけなの」

 「し、しかしですね……そもそもここに落ちているゴミがお供え物のゴミだという証拠がないでしょう。たまたまタイミングが被っただけかも知れないじゃないですか」

 「そう言うと思ったよ」


 待ってましたとばかりに、牟児津は先ほど落ちてきたゴミを見せた。半分がビニール、半分が和紙になった包みには、大きく黒い線が引かれている。ずたずたになった袋を整えてみれば、黒い線が示す意味もはっきりと分かる。そこには大きく、“ムジツ”と書かれていた。


 「こ、これは……?」

 「いま話した可能性に、昨日の夜に気付いてね。準備しておいたんだよ」

 「準備というと?」

 「この包み、『淡月』っていうお菓子の袋で、私がストックしてるものなんだ。でもそれが最近、やけに早いペースで減ってたから不思議に思ってたの。で、昨日益子ちゃんにヒロを尾行してもらったら、ヒロがこれを地蔵堂にお供えしてるところを見つけた。だから、もし本当に地蔵堂のお供え物がここにポイ捨てされてるなら、区別できるようにしておこうと思って名前を書いといたの。ヒロ、あんたまんまとこれを持っていってくれやがったな」


 益子が送ってきたゴミの写真に映り込んだ『淡月』の包み。異様なペースで減っていく自分のストック。そして真尋のお供え物。場所も時間もばらばらに起きている事件の全てを『淡月』がつなげていることに気付いた牟児津は、このお菓子がもともと自分の物であったという証拠を準備していたのだった。

 事件解決の根拠になったとはいえ、自分で買ったお菓子を勝手に持って行かれたことは別の問題である。牟児津は瓜生田に頭を撫でられる真尋をキッと睨み付けた。真尋は少し膨れて言う。


 「……だって、お供え物なんて自分で買えねーもん」

 「ったく。普通に言えば分けてあげるじゃんよ。こそこそ人のもん盗むとか一番しょうもないやり方すんな!」

 「……」

 「ヒロくん。ちゃんとムジツさん謝んないとダメだよ?」

 「……めんさい」

 「なんだって!ちゃんと謝れ生意気坊主!」

 「うわっ!ごっ……ごめ、ん……んなさぃ……」

 「うん、よく謝れました。ムジツさん、いいんじゃない?」

 「まあ……じゃあうりゅの顔に免じて今までのことは許してやらあ」


 なんとも肩透かしな結末に呆気にとられている大村は放っておいて、牟児津は真尋に詰め寄る。多感な時期の真尋にとっては、姉に謝るということすら恥ずかしく感じられて、素直に言葉を出せなくなってしまう。それでも瓜生田に促され、やっとの思いで真尋は姉に謝罪した。

 しかしここで真尋は気付いた。普段は駅と教室の間をお参りの道として言葉を喋らずにいたが、今はそのどちらにも辿り着いていない。それにも関わらず、二人とも遠慮なく喋ってしまっている。


 「あああっ!お、おいフーリ!言葉……!」

 「もういいよ、ヒロ。ありがとう。今まで、僕に付き合ってくれて」

 「え。だって……いいのかよ?お前のお父さんは……?」

 「大丈夫。どっちみち、分かんないからさ。どうなるかなんて……お医者さんしだいだよ……」


 それは明らかに、遠藤少年の強がりだった。真尋より早く、自分が喋ってしまったことに気付いた遠藤少年は、自分に言い聞かせるようにそう言った。しかしその手はカタカタと震えていて、どう見ても大丈夫ではない。結果的にポイ捨てを誘発することになってしまったとはいえ、遠藤少年には何の罪もない。ただ純粋に父親の快復を祈っていただけだ。なんとかしてあげたいと牟児津は思うが、なんと声をかけてやるのが正解か分からず、踏み出しあぐねていた。

 その状況に一歩踏み込んだのは、それまで真尋たちを押さえつつ話を聞くことに徹していた瓜生田だった。瓜生田は、二人の横にしゃがみこみ、優しくその頭を撫でて問うた。


 「風吏くん。ヒロくん。お参りで一番大切なことって、なんだと思う?」

 「?」


 瓜生田の問掛けに、二人ともきょとんとしている。


 「お参りの方法って色々あるよね。同じ場所でも人によってお参りの仕方は違う。どれが正しくてどれが間違いなんてなくて、みんな正しい。なんでだと思う?」

 「……分かんねえよ」

 「それはね、その人が一番強くお願い事ができる方法が、その人にとって一番正しい方法だからだよ。風吏くんとヒロくんは、毎日欠かさずあのお地蔵様にお参りしてたんだよね。私はそれだけでもすごいことだと思うな」

 「で、でも、しゃべっちゃダメなんじゃ……」

 「お参り中ずっとしゃべらないのってどう?大変だった?」

 「……うん」

 「そうだよね。普通はついしゃべっちゃいそうになるよね。でも君たちはずっとそれを守ってきた。それは、君たちの気持ちがそれだけ強かったってことなんだよ。喋っちゃいけないってルールを守れるくらい強い気持ちでお参りができたのなら、その気持ちはきっと本物なんだよ」

 「う、うん……」

 「だから、もししゃべっちゃっても大丈夫。風吏くんもヒロくんも、本物の気持ちを持って、本当に叶ってほしいと思ってお願いしたことなら、きっとお地蔵様も聞き届けてくれるよ」


 真尋と遠藤少年の頭を優しく撫でながら、瓜生田は諭すように話す。自分のしたことがもたらした結果と、お参りの途中にしゃべってしまったことでひどく動揺していた遠藤少年だったが、瓜生田の話を聞いて少しずつ落ち着きを取り戻してきた。父親の手術が上手くいくかどうか。今はまだ神のみぞ知ることであるが、先ほどまでより安心して考えられるようになったようだ。


 「ヒロくんも、風吏くんのために一緒に頑張ったね。えらいえらい」

 「んん……」

 「大村さんも、納得したよね。このゴミは誰のせいっていうわけでもない。自然に出てくるもののひとつってこと」

 「……ええ、まあ、誰にも責任がないことは分かりました。どうやら私も冷静ではなかったようです」


 そう言うと、大村は牟児津に正対し、真っ直ぐその目を見つめた。牟児津の心臓がぎゅっと縮んだ。


 「牟児津先輩。あらぬ疑いをかけてしまって大変申し訳ありませんでした」

 「お、おおう……いいってことよ」


 ドギマギしたまま応対したので、自分でも何を言っているかよく分からないまま、牟児津は大村をあっさり許してしまった。大村はその次に真尋と遠藤少年を見た。見下ろされる形になり、二人の心臓もぎゅっと縮む。


 「お二人とも、その純粋な心持ちは素晴らしいものです。ですがひとつお願いがあります。次からは、包みを剥いてお供えするように」

 「わ、分かりました……」


 咎めることはせず、ただゴミが出ないよう工夫することだけを求めて、大村はそれ以上二人の行いに口を出すことはなかった。牟児津も瓜生田も益子も、大村は掃除機に取り憑かれた掃除狂いかと思っていたので、意外にも大人の対応をしたことに驚いた。


 「そうだ。せっかくだから、帰りにみんなでもう一回お願いしに行こうか」

 「賛成ですっ!その前に、ここの掃除を手伝ってくださいね」

 「あーもう、貴重な休日をヒロなんかのために……」

 「ムジツ先輩はヒロさんが心配だったんですよね。お姉さんは大変です」


 不満を口にしながらも、事態が一件落着したことと真尋の友人を想う気持ちを知って、牟児津は一安心していた。大村は正体の見えない犯人によるポイ捨てから、遠藤少年はプレッシャーになっていたお参りのルールから解放され、憑き物が落ちたようにさっぱりとした顔をしていた。その後、全員で大村の指示のもと大桜の下を掃除した。そして帰りに、全員でお地蔵様に、遠藤少年の父親の手術の成功を祈った。

 それだけでなんとなく、全てが上手くいくような気になってくるのだった。

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