第2話「モロ合法ですっ!!」


 翌朝、牟児津は疲れの残る体をベッドから無理やり起き上がらせた。大村に絡まれたことと真尋との姉弟喧嘩の疲れが残っていて、朝からとんでもなく気怠い。しかも今日はいつもより早起きだった。それは、昨晩、益子から連絡を受けたせいである。


 「ムジツ先輩!瓜生田さん!明日の朝、みんなが登校して来る前に大桜の下に集合しましょう!」


 いつの間にか勝手に作られていたチャットグループの通話で、益子は楽しそうに言った。電話口でも益子の声は耳に刺さってうるさい。


 「めぐるんによれば、ポイ捨ては朝と夕方が特に多いそうです。ですから明日の朝、ポイ捨ての現場を見に行きましょう!」

 「んなもん見てどーすんの。私は今日疲れてるんだから一秒でも長く寝たいんだよ」

 「ポイ捨ての現場を押さえれば現行犯逮捕でスピード解決できますよ!そんな幕切れは呆気なさすぎるので、私としては遠慮したいところですが」

 「事件解決に遠慮とかねーよ」

 「今日は既にめぐるんが掃除した後でしたから、どんなゴミが捨てられてるかが分からなかったんですよね。実際に捨てられてるゴミを見れば、真犯人への手掛かりになるかも知れませんよ!」

 「うん。益子さんの言うことも一理あるね」

 「ちょっと、うりゅ」


 益子の言うことに瓜生田が同調した。牟児津としてはテスト期間でもないのに早起きなど遠慮したいところだが、どうやら早起きに賛成が多数派になりつつあるようだ。


 「ムジツさん、行こうよ。私が起こしてあげるから」

 「んん……まあ、うりゅが来てくれるんなら……え、てか何気にまた私が解決する流れになってない?」

 「そりゃそうですよ!ムジツ先輩、毎日めぐるんとバキュームくんに追い回されたいんですか?」

 「毎日追い回されるようなことなんてしてないんだよ!」

 「ですからそれを証明するんです!では明日に備えて私は早く寝ますおやすみなさい!」

 「勝手だな!」

 「おやすみ〜」


 自分からかけてきたにもかかわらず、益子は用件を済ませるとすぐに電話を切ってしまった。瓜生田も交えて約束してしまった以上、起きるにしろ起こされるにしろ早起きは確定してしまった。そのため牟児津は電話を終えた後、すぐにベッドに潜ったのだった。それでも起きてみれば疲れが残っているので、今日一日この疲労感に付き合わなくてはならないのか、と牟児津は目覚めから憂鬱になった。

 いつも通り洗面所に行って顔を洗い、制服に着替えてから髪をいつも通り結び、いつもより少し急ぎめで朝食を済ませた。牟児津が朝食の最後に牛乳を飲み干したのとほぼ同時に、チャットアプリに瓜生田から連絡が入った。もう家の前で待っているらしい。


 「うりゅがもう外にいるって。今日はもう行くね」

 「補習?」

 「ちがうっ!友達と約束してんの。いってきまーす」


 母には、娘が普段より早起きして出かける理由は分からない。だが、瓜生田が一緒にいるなら何があっても大丈夫だろうと、深く訳をきくことなく送り出した。

 牟児津は、油断すると勝手に落ちてくるまぶたを堪えながら、外で待っていた瓜生田と合流した。


 「おはよーうりゅ!お待たせ!」

 「ムジツさんおはよう。よく起きられたね」

 「さすがにうりゅに起こされんのはね……ヒロの手前もあるし」

 「そういえば、昨日ちゃんと叱れた?」

 「分かってて聞かないでよ」


 いつもより早い朝の通学路は、行き交う人も車も少なくて、いつもより清々しい気がした。



 〜〜〜〜〜〜



 「マジで捨てられてんじゃん」

 「マジでしたね」

 「それに、思ってたよりひどいよ。これは」


 まだ登校する生徒はわずかな朝の学園で、大桜の下に集まった牟児津たちは唖然としていた。昨日大村がきれいに掃除したばかりの樹の周りには、まさにゴミとしか言いようのない物が散乱していた。

 風を受けて転がるビニール袋、口の開いたカラフルなプラ包装、凹んだ空き缶に油の染みた紙袋、果物の皮などの生ゴミもある。どこからどう見ても人が出すゴミである。となればこれらのゴミは自然に集まったものではなく誰かが捨てたものということになり、その人物が意図してこの場所に捨てているということになる。

 つまり、この事件には明確な犯人が存在するということだ。


 「こりゃあ大村さんも怒るわ。毎日これじゃああんまりだ」

 「現場の記録は私に任せてください。めぐるんが来る前に写真撮っとかないと」

 「大村さんはまだ来ないの?」

 「毎朝バキュームくんで校内を掃除しているので、そろそろ来るはずですが」

 「バキュームくん……?だれ?」

 「──ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 「あ。来ました」


 益子が現場の写真を撮っていると、遠くから地響きのような音と雄々しい叫び声が聞こえてきた。牟児津はうるさそうに、瓜生田は何事かと心配そうに、益子はいつものことのように、それぞれ声がする方を見た。朝日を浴びて黒光りする掃除機とともに、力強い眼差しの大村が突っ込んで来た。


 「せいそおおおおおおおおおおおっ!!!」

 「わあああっ!?」


 昨日のように全員を土埃に巻き込むことはなく、大村は減速して牟児津たちの前で止まった。それでも、初見の瓜生田を驚かせるだけの馬力は出ていた。爆音を轟かせる掃除機がエンジンを吹かし、いつでも再加速できる状態を保っている。瓜生田は驚愕の目でその掃除機を見た。


 「すごい、ね……合法?」

 「モロ合法ですっ!!そしておはようございますっ!!」

 「めぐるんおはよう。私たちもさっき来たところ。こりゃあひどいね」

 「毎日これなんですよっ!夕方はともかく、どうやって毎朝捨てているのやら……!」

 「見るな私を」


 大村はまだ牟児津を疑っているのか、ぼやきながら視線を投げる。牟児津はそれを敏感に察知して睨み返した。火花を散らす二人をよそに、瓜生田と益子は現場の記録が済んだことを確認してから、ゴミを調べ始めた。

 散らかるゴミは燃えるものと燃えないもの、生ゴミと缶・ビン・ペットボトルなどがごちゃごちゃになっていて、分別の気配など全くない。一ヵ所に寄せるわけでもなく散乱しているのが、まるで木の下にゴミを満遍なく広げようとしているようだった。


 「これっていつからなの?」

 「1ヶ月と少し前からですっ!ポイ捨てなんて学園内で初めてでしたから、はっきり覚えていますよっ!それから毎日この有様ですっ!」

 「毎日って、土日も?」

 「ええ。土曜も日曜もですっ!部活があるので学園は開いていますから、もしかしてと思って様子を見に来たんです。案の定でしたっ!」

 「これのためにわざわざ土日に登校してんの?マジ?」


 牟児津には信じられなかった。部活動や委員会活動をしている生徒なら休日に登校するのも珍しいことではないのだが、どちらにも所属していない牟児津には休日に自分の意思で登校することなど、この瞬間まで想像できなかった。


 「ふむふむ。見たところ食べ物関係のゴミばかりのようですね。誰かここで宴会でも開いたのでしょうか」

 「お花見って時期じゃないよね」

 「時期だったとして、わざわざ高校に忍び込んで夜中に花見するとか酔狂の極みだよ。酒飲む前から酔ってどうすんの」

 「伊之泉杜学園生の心の拠り所である大樹、『大桜』。不届きにもその周囲にゴミをポイ捨てする狼藉者が現れた!人目を盗んで行われる謎の宴会の参加者は果たして……!?この難事件を解決するのは、今回も事件に巻き込まれた我らがムジツ先輩!と。いい感じじゃないですか?」

 「何がだ!勝手に記事にしようとすんな!」

 「えー、でも寺屋成部長と契約しましたよね?握手を以て契約に同意したものとみなしまして、さらに自動更新ですから永久に有効ですよ。あと期間満了前の契約解除は違約損害補償を要求いたしますので──」

 「じゃかあしい!なにをこざかしい利用規約みたいなことをべらべらと!」

 「でもムジツさん、握手した瞬間の写真撮られてるよ」

 「……ぬああっ!ちくしょう!分かったよもう!やりゃいいんでしょやりゃあ!どうせどっかの変態が犯人なんだから、警備員さんに聞けばなんか分かるでしょ!」

 「ああ、それはそうかも」


 毎朝学園の門を開けているのは、専属契約している警備員だ。朝は誰よりも早く学園に来て、教師や早起きの生徒たちを迎えている。今朝、牟児津たちが登校してきたときには、見たことのない高齢の警備員が門の前に立って挨拶活動をしていた。教師とは顔馴染みのようだったので、初めて来たわけではないらしい。牟児津たちはその警備員から話を聞くため、警備員室に向かった。

 登校する生徒が増えてくるころ、警備員は校門前での挨拶活動を切り上げて屋内の仕事を始めていた。学園内の施錠された教室を解錠し、警備員室のシャッターを開けて来校者帳簿などを用意し、お茶用のお湯を沸かしている間に玄関の砂や埃を掃除している。ひとつひとつの動きは緩慢でのんびりしているのに、朝の短い時間のうちにそれらをテキパキと効率よく進める様は、警備員としての仕事歴が長いことを感じさせた。そんな朝のルーティンを済ませても、まだ牟児津たちが普段登校する時間にはかなり余裕があった。お茶を淹れて一息ついた老警備員に、大村がはきはきと声をかけた。


 「迫武せこむさんっ!おはようございますっ!」

 「ふぁい、おはよう。ああ。大村さん。あれ。今日は友達も一緒?」

 「そんなようなものです。同じクラスの益子さんと、同じ1年生の瓜生田さんと、2年生の牟児津先輩。みなさん、こちらは警備員の迫武さんです」

 「どもっ。はじめまして」


 大村に紹介された三人とも、この翁面のような笑顔を浮かべる警備員──迫武せこむ 警悟けいごとは初対面だったので、揃って会釈した。顎回りに肉を蓄えた中年の警備員と目玉が飛び出て見える若い警備員は知っていたが、この警備員は今まで見たことがなかった。その二人より先に仕事を始めているということは、普段夕方頃には帰宅しているのだろう。


 「ちょっとお聞きしたいことがあるんですがよろしいですか」

 「はいよ。どした」


 深いしわの刻まれた面長の顔は、孫娘を見るような優しい表情で大村を見つめていた。がっちりした警備員の服を着ているにもかかわらず、漂う雰囲気は緩い。短く言葉を切って話すせいでなんとなくこちらもゆっくり喋らなくてはいけないような気になってくる。大村は慣れているのか、変わらない調子でしゃべり続けた。


 「先月から大桜の下に毎日ゴミがポイ捨てされているんです。何か御存知ありませんか」

 「ポイ捨てぇ?大桜ってあそこ?どうやって?」

 「それが分からないから調べてるんですよ。今朝も捨ててありました」

 「ん〜。毎日ちゃんと門は閉めてるし、警備もかかってるからね。誰かが入れば警備会社に連絡が行くはずだよ」

 「つまり外部から侵入してゴミを捨てることは不可能、と」

 「ネコとタヌキが夜桜でも見て宴会してるのかなあ。はっはっは」


 夜中に部外者が侵入してゴミを捨てているとなれば警備上の大問題なのにもかかわらず、迫武は能天気に笑った。化猫や化狸の宴会の不始末ならまだかわいいものだが、悪意を持った人間の仕業となれば、ポイ捨てなどという嫌がらせから更にエスカレートしかねない。


 「まあ、色々と引き寄せるものだよ。特に人の想いがこもったものは」

 「え……なんですかそれ?大桜ってそういうのあるんですか?」

 「さあどうかなあ。少なくとも僕の時代にはそういうことはなかったなあ」


 含みを持った迫武の言葉に、牟児津の心臓がぎゅりりと捻じれる。大桜の歴史は学園より長いという。そうなれば、大桜にまつわるうわさの一つや二つは立っていそうなものだ。学生が集まる場所で語られるうわさと言えば、大抵は陰惨なテーマがつきものである。まさか本当に、あの大桜の下で毎夜妖怪が宴会や運動会を開いているといううわさでもあるのか。そう考えるだけで、牟児津は朝から背筋が寒くなった。


 「夜は分かりませんが、夕方にもポイ捨てがありますからね。朝はめぐるんが掃除してますから、そのゴミは確実に朝から夕方にかけて捨てられてますよ。妖怪は寝床でグーグーしてる時間です」

 「そ、そっか……!そうだよね!」

 「そうですよ。それに大桜のうわさって言ったら、そういうのとはちょっと違いますから」

 「……んへ」

 「迫武さん、お時間取らせました!それじゃあ私らはこの辺で失礼します!」


 今度は益子の意味深な発言で、牟児津は背筋からつむじまで寒気に貫かれた。その手の話題は聞かないようにしているが、知らないからこそ余計にあれこれ想像してしまう。そんな牟児津を瓜生田が抱え、一行は警備員室から離れて教室棟の休憩スペースに移動した。そろそろ朝のホームルームが始まる時間である。色々考え過ぎて固まってしまった牟児津の体をほぐして、瓜生田が正気に戻す。


 「おーいムジツさん。気を確かに」

 「うへっ?た、確かだよ!?ずっと確かですけど!?」

 「ムジツ先輩は妖怪とか怪談が苦手なんですね」

 「別に私が特別苦手なわけじゃないし!そういうのって怖がらせるために作ってあるんだから怖がるのが当然じゃん!社交辞令で怖がってるだけだし!」

 「斬新な強がりですね」

 「強がりかなあ?」

 「どうでもいいんですよそんな話はっ!ともかく迫武さんもポイ捨て事件については何も御存知ないようでしたっ!部外者の犯行の線はなくなりましたから、ますます学園関係者の関与が濃厚になってきたということなんですよっ!事の重大さが分かっていますかっ!」


 学園のセキュリティを担う警備員が特に異常を感じていないなら、やはりゴミのポイ捨ては学園内の人物によるものだと考えられる。それはそれで、部外者よりいくらかマシというだけで由々しき問題である。大村はまた掃除機のエンジンをうならせて、じゃれ合う牟児津たちを鎮まらせた。


 「ともかくこれで皆さん、ポイ捨てがされていることは分かりましたねっ!」

 「う、うん。分かったよ」

 「でもムジツさんが犯人だっていうのも分からなくなったんじゃない?ムジツさんは今朝、私たちと一緒に来たんだよ。なのにもうゴミは捨ててあったし」

 「今朝あったということは、あれは夜中に捨てられたものです。まだ確定でシロと言えない以上は疑いますのでっ!」

 「疑いだけで暴走掃除機に追いかけ回されちゃたまんねーわ!」

 「ふむ。普段夕方にも捨ててあるなら、今日も夕方までに犯人が捨てにくる可能性はあります。見張りますか!」

 「授業があるのに?」

 「私は窓際の席なので見張れますよ。お二人はいかがです?」

 「うん。私も窓際だから見張れるよ。でも前の方だから、あんまり期待しないでほしいな」

 「私は無理だ。四方八方に人がいる」


 益子の提案に対して、瓜生田は手を挙げて牟児津は首を横に振った。大桜は教室からグラウンドや陸上トラックの方を見たときにちょうど手前に立っているので、窓際なら根本付近を監視することができる。しかし、瓜生田は授業中に窓の外へ意識を向けた経験などそうそうないので、役目を果たせるか心配だという。


 「では1年生組は監視を、ムジツ先輩は……今朝の現場の写真をシェアしますので、何か気付いたことがあれば放課後に」

 「だりぃ宿題抱えちゃったなあもう」


 せめて考えることくらいは続けようと、牟児津は素直に益子から写真を受け取ることにした。今朝の現場を撮影したデータが十数枚送られてきて、様々な角度からゴミを写した写真が牟児津のスマートフォンの画面いっぱいに並んだ。まるで自分の携帯がゴミ箱になったようだ。ここから犯人の手掛かりを得られればいいのだが。牟児津はあまり期待せず、その画像を保存した。



 〜〜〜〜〜〜



 午前の授業が終わり、昼休みもあっという間に過ぎ、午後の授業から解放されて、牟児津たちは再び大桜の下に集まった。放課してから少し時間が経っており、各部活動は練習を始めている。少し西寄りから差してくる陽を受けて、大桜は丸い影を地面に落としていた。その大きな影の中に、いくつものゴミが沈んでいる。瓜生田たちはその光景を前に、驚きの表情を浮かべていた。


 「また捨てられてるね」

 「いったいどういうことでしょう?私たちはずっと監視してたんですよっ!いつの間に捨てられてるんですかっ!」


 午前から一日中監視を続けて、瓜生田たちは大桜の下に近付く怪しい人影は見つけられなかったらしい。授業中に校舎からグラウンドの方へ移動する人影があればかなり目立つはずだ。にもかかわらず、三人がかりで監視して違和感の一つもなかったという。しかし、目の前には大桜の下にゴミが散らかる光景が広がっている。いったいいつの間にこんなことになっていたのか、三人ともが自分の目を疑っていた。


 「本当にずっと見てたの?」

 「ずっとですよ!ずっと過ぎて何回チョークミサイル食らったと思ってるんですか!」

 「知らんわ」

 「でも確かに、これだけのゴミが捨てられてるなら誰かが見ててもおかしくないはずだよね。それなのにこうなってるのは……ちょっとおかしいな」

 「うりゅが言うならそうか」


 誰も目撃していないのなら、誰も大桜の下には近付いていないということではないのだろうか。しかし現実としてゴミは捨てられているので、何者かが三人の監視を掻い潜って捨てたということになる。監視されていることすら気付くことは難しいというのに、それを躱すことなどできるのか。その場にいる全員が頭を悩ませる。


 「う〜ん……なんかなあ。そこまでしてここに捨てる意味ってあんのかな」

 「この大桜は学園のシンボルのひとつですっ!この場所を汚すことは学園に対する宣戦布告と言っても──!」

 「それは過言。でもその辺の道端に捨てるよりは事件性を感じさせますよね。何かしらのメッセージがあるのかも知れません。記録しときますね!」


 益子は、再び現場を色々な角度から撮影し、その全ての写真を牟児津に送信した。牟児津のカメラロールがどんどんゴミの写真で散らかっていく。授業時間中にスマートフォンを出すわけにもいかず、昼休みにまでゴミの写真を見ていたくなかったため、牟児津は結局その日、まだゴミをきちんと確認しなかった。ゴミの写真というタスクが積み重なっていくのが、牟児津をなんともやるせない気持ちにさせるのだった。

 大村が怒涛の勢いで大桜の下を掃除するのを見届けた後、牟児津たちは帰路に就いた。今日は益子も一緒に下校だ。曰く、新聞部は取材のためなら学園外でも活動することができるらしい。学園が認めているのか新聞部が勝手に言っているのかは判断がつかないが、どちらにせよ牟児津にとっては煩わしいことこの上ない。


 「なんで帰り道でまであんたに付きまとわれなきゃならないんだ」

 「いえいえ。私も帰り道がこっちなんですよ。偶然ですね。これって運命じゃないですか?」

 「駅使う人はみんなここ通るよ」


 ほどほどの人通りとほどほどの車通り。広がって歩いても大して邪魔にならない程度の広さがある道を、牟児津たちは駅に向かって歩く。そして昨日と同じ、学園生たちを見守るお地蔵様の前に、小学生が二人しゃがみこんでいた。昨日と全く同じそのシチュエーションに、牟児津は眉をひそめ、瓜生田は眉を上げ、益子は二人の眉を読んだ。


 「どうしたんですかお二人とも」

 「あそこの黒いランドセルの子、ムジツさんの弟なの」

 「ほう!弟さん!なるほどなるほど!」

 「ヒロ。何やってんのまた」


 牟児津の弟と聞いて、益子はお地蔵様の前でしゃがみこむ真尋に好奇の目を向ける。その声に反応して、真尋はまた驚きの表情で振り返った。真尋に興味津々の益子の様子に、別に珍しいものでもないだろうと牟児津は呆れ、真尋とその隣にいる翡翠色の髪の少年に近付いた。


 「昨日も今日も、なにこそこそしてんの」

 「っ!」

 「また黙って。悪いことしてないならこそこそしない。人から疑われるよ」

 「ムジツさんはこそこそしてないのに疑われるもんね」

 「うっさい。で、君は?ヒロの友達?」

 「……っ!」


 牟児津に尋ねられたその少年は、小さく息を漏らして眉尻を下げた。明らかに困惑している。牟児津は自分が何かしたかと不安になった。まだ声をかけただけだ。

 男子にしては長めの翡翠色の髪と純朴さを感じさせる透き通った瞳が、素直で大人しそうな印象を与える。粗雑で生意気な真尋とは対照的だ。しかし真尋と同じように、その場では一切言葉を発そうとせず、慌てて立ち上がった。そして申し訳なさそうに頭を下げた後、真尋と一緒に逃げるように走り去ってしまった。


 「行っちゃった。ムジツ先輩、怖がられてるんじゃないですか?」

 「なにをう。ヒロのやつ、学校で私のことなんて話してんだ。帰ったらとっちめてやる」

 「やめといた方がいいと思うなあ。今はわけもなくお姉ちゃんに反発したいんだよ。そういう年頃なの。だから、何もしなくてもそのうちなんとかなるよ」

 「なんでうりゅにあいつの気持ちが分かんの」

 「私だって妹だもん」


 そう言えばそうだったという気持ちと、だからって分かるか?という気持ちが半分ずつ、牟児津の心に湧きあがった。瓜生田とは小さい頃からずっと一緒に遊んでいるが、瓜生田が李子に訳もなく反発していたことなど記憶にない。ずっと仲が良い姉妹だ。


 「とにかく、ヒロくんにも友達の子にも、ムジツさんには言えない事情があるってことだよ」

 「でもなあ……隠し事はいいけど、なんか悪いことしてんじゃないかって心配になるんだよなあ」

 「だったら私が聞こうか?」

 「ぅへ?」


 瓜生田が手を挙げた。予想だにしなかった提案を聞いて、牟児津は間抜けな声を漏らす。


 「ヒロくんと友達がここで何してるのか。ヒロくんも、ムジツさんより私の方が話しやすいかも知れないじゃん」

 「そうかなあ」

 「親密な間柄だからこそ言えないことというものもあります。家族なら尚更ですね。私も、あの子に関してはムジツ先輩より瓜生田さんをぶつけた方がいいと思います!」

 「ほら、益子さんもこう言ってるし」

 「あんたが私ん家の何を知ってんだよ」

 「牟児津家の事情は存じませんが、人から話を引き出す方法は心得ていますよ」

 「んむぬ」


 尤もらしく胸を張られると、牟児津は何も言い返せなくなった。益子の言い分はともかく、瓜生田の言うとおり、普段から喧嘩ばかりしている自分よりも、昔から世話になっている瓜生田の方が話しやすいこともあるかも知れない、と考えた。牟児津も、瓜生田の誕生日プレゼントについて内緒で李子に相談したことがあるし、そういうものなのだろう。

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