第8話 折れたチョーク
ポキッ
ふとした瞬間だった。僕が退屈な気分で生物の授業で先生が握ったチョークが折れてしまった。
「あれ、おかしいな。これはまだ新品だったはず」
初老っぽい白髪で背中の曲がったおじいちゃん先生は、白衣のポケットから白いチョークを取り出す。
はっきり言うなら、この授業を受けた目的は白石と一緒に授業を受けたかっただけのため、先生の名前は一切興味がない。
ただでさえお経のような喋り方に、教科書の内容をそのまま丸写しする先生の授業なんて意味あるのだろうか?
左隅の席で僕は窓を眺めると普段の学校とは明らかに違う光景が目に映った。
「ちょっと!聞いてますか〜」
外でザワザワと声が聞こえる。耳障りな怒号が大量に聞こえる。
「お帰りください!取材は事前に許可しないとダメなんです」
「学校側が隠蔽しているんですよね?亡くなった白石美姫さんについてなんとも思わないんですか?」
「本当はあの犯人について何か知ってるんですよね!」
「教えてくださーい!・・・それとも亡くなってほっとしてるんですか?」
このスーツを着た大人たちは本当に人間だろうか?
僕は窓に映る地獄を見てしまった。大量のスーツを着た
その人は僕と白石の担任の松田先生だ。家にも連日、報道陣や誹謗中傷に苦しむ日々が続いても、僕たちを少しでも普通の日常を過ごしてほしいよう懸命に働いている先生だ。
そして対応しているのが松田先生だけなのは他の先生は全ての責任を押し付けているからだからか。
僕は心の奥からくる汚い感情をグッと堪えて窓に映る光景を見続ける。ただの学生が介入するなんて身の程知らずだろう。力不足な子供は出ても無意味だと自分の中で言い聞かせる。
「おい、黒崎くんや」
すると白髪のおじいちゃん先生が綺麗なチョークで僕の方を指す。その目はまるで何かを諦めろといっているような目と感じてしまう。
「なんですか?」
「君は今日の週刊誌を知っているのかね?」
先生はそういって教卓の中から取り出した一冊の冊子を僕にあげる。他の生徒もざわざわとしていた。僕は先生から受け取った冊子に映る内容に目を向けると、それは犯人の
「な、なんですか・・・これ」
「もちろん全部嘘なのは分かっておる。私も担任の松田くんも既に白石さんのご両親から事実確認を取っておるからな」
週刊誌の内容はこうだった。犯人は白石を引くつもりは全くなく、白石が自ら車に飛び込んだ。むしろ被害者は私だ・・・。
そして続く内容として、匿名の主婦が白石がパパ活をして苦しんでいたとか元気で明るい彼女が身体を売っていたとか、両親から精神面での虐待を受けていたとか何も知らないで散々虚偽情報が出回っている。
「み、みんなはこれを知ってた・・・・・・」
「そうだよ」
そう発したのは僕の一つ前にいた第一ボタンを開けて、袖を捲ったチャラそうな男子だった。
その男子は僕の方に身体を向けると、彼の睨みに身体が震えてしまった。
「美姫が亡くなったのは確かに事故のせいだ。でもよぉ、なんでなんでだよ! なんでアイツの友達だった俺たちが付け回されなきゃならねぇんだよ」
「佐々木くん、落ち着きなさい」
彼が苦しみを吐き捨てるかのように、大きな声が教室に響き渡る。その声に響いたかのように、今度は彼の二つ右にずれた席の男子が同調してくる。
「いや佐々木の言う通りだよ」
つるんでいた高身長の男子は、彼が吐き捨てた毒に混ぜるかの如く更にキツい言葉を突きつける。細くキリッとした目が爽やかな見た目とは裏腹に、何か触れてはいけないものが込められているように感じる。
「みんな苦しんでんだよ。犯人が悪い?美姫がパパ活してた?そんなの友達なら誰もが嘘だって分かってんだよっ! 全く関係ねぇ奴らに美姫と友達だからって、冷たい目で見られてさ。挙げ句の果てに俺の弟も君のお兄さんの友達はヤリマンとか言われ耐えられると思うか? 」
何も言い返せなかった。白石が亡くなったから、クラスの雰囲気が明らかに悪くなっている。それだけでなく僕の彼女が事故で亡くなった二次災害は、みんなに毒牙を与えていったんだ。
段々と罪悪感が襲いかかり僕の呼吸が荒くなっていく。ふと右端後ろの席にいた秘密の共有者の灰原さんが視界に入った。
灰原さんは授業中かけているメガネ越しでも分かるくらい水滴が溢れている。
「緑川くんまで・・・もういい。黒崎くん、今すぐ保健室に行きなさい。松田くんの代わりに私が早退させておくから」
白髪の先生がついに僕の状態を判断してか、保健室に行くように促す。
「分かりました」
「あと灰原さん。黒崎くんを連れて行ってくれるかな? 授業終わるまで戻らなくてもいいから、頼んだよ」
「わ、分かりました
灰原さんはハンカチで慌てて涙を拭き取って、僕の手を強く握って、早足で保健室に連れて行ってくれた。
「大丈夫だよ、黒崎くん。恵のせいじゃない」
この時の僕は聞こえなていなかったけど、保健室までの移動中に灰原さんはこう呟いたと思う。
そんなの分かってる、でもでも・・・じゃあなんで僕は何も言い返せなかった!!!
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