第5話 一歩前に

「おはよー黒崎・・・お前なんでジャージなんだよ」

「あ、うん。おはよう青嶋くん」

朝から職員室に呼び出された僕は、担任にたっぷり怒られた。頼り甲斐のある松尾先生は学校内でも評判高いマッチョ教師だ。今年で三十七歳で奥さんと娘さん二人がいると噂で聞いた。

ただ先生の方も僕と白石の関係は知っているのか、先生が僕を教室に送り届ける際にポツリとつぶやく。

「すまない黒崎、気づいてやれなかった」

先生の顔はげっそりと痩せていて、警察やマスコミから散々追求を受けているため、心も限界に近かった。悪いのは白石を殺した犯人なのに先生にも責任があるのは理不尽じゃないか。

「先生、ちゃんと眠れてますか?」

「はははっ、大事な生徒亡くして寝れると思うか?」

先生は苦しそうな表情で僕に語る。あの元気な松田先生はもういなかった。

「いやさ・・・俺、

「えっ」

言葉が出なかった。先生はため息を吐き、思い詰めた表情で語る。

「アパート特定されたんだよ。それで大家からも出てけってな。ほんとふざけんじゃねーっての・・・」

「そ、そんなことって」

「不都合なことがあれば、責任を取らされるのは大人の世界だからな。現に俺も担任ってだけで、無視されてるんだよ。だから辞めるわ」

松田先生はそう言って僕を教室へ送り届け、校長先生に呼ばれていった。なんでも今度は学校に幾度もなく誹謗中傷や罵詈雑言ばりぞうごんが届いたらしい。

そのことで保護者への説明や今後の対応などのことに追われている。

「松田先生はなんにも悪くない・・・・・・なのになぜなんだよっ。クソが」

教室前で僕はドアを強く叩いた。ジンジンと腫れていく痛みは身体も心も両方あったと思う。

すると僕の様子を気にしたのか、彼が僕の方へ向かってくる。

「おはよー黒崎・・・お前なんでジャージなんだよ」

「あ、うん。おはよう青嶋くん」

「元気ねーな。まあそうだよな、俺もなんか未だに辛いし」

「あ、青嶋くん・・・」

「黒崎、ちょっといいか?」

親友とともに一時間目の授業を抜け出して、僕は屋上に行く。

「なあ?」

「うん、思ってる」

「だよな、生きたくねぇよ。白石が亡くなって、俺も自殺しようと思ったんだわ。

青嶋くんの告白は衝撃的なものだった。白石が亡くなった後、僕は二日間まともな食事も睡眠さえも取れなかった。

まだ完全に思い出す事は出来ないけど、首に縄の痕がついていた。

あの時僕は白石の後を追いたかったけど、結局両親に止められて助かった。

「俺は黒崎、お前に譲ったけど・・・白石のことが好きだった」

「うん、知ってるよ。僕が告白できたのは青嶋くんが応援してくれたおかげだから」

「でも半年経っても後悔してる。もし白石に振られてもいいから告白したかったな」

「青嶋くん」

僕が告白する前、青嶋くんはいつもながらチャラかったけど、真剣に僕のことを応援してくれた。

この屋上から見える美しい街を指して、彼はこう言ってくれた。

『黒崎! お前が白石に告れ』

『な、なにいってんだよ?僕なんて無理だよぉ』

『いいから告れ!だって黒崎と話す白石さ、めちゃくちゃカワイイんだぜ? じゃなきゃ俺が告るぞ?2分やるから告れ告れっ!』

『わ、分かった。僕、白石さん呼んでくる』

想いを告げられず、億劫おっくうな僕を青嶋君は背中をバシバシ叩いて励ましてくれた。

『ところでどこ指差してんの?』

『海外に決まってんだろっ。あーいないかな〜、俺が好きになれる胸デカい女子』

『ははっ、なにいってるんだよ青嶋くん』

『いいじゃんか?男の夢だぞ』

屋上で僕たちは笑い合ったけど、青嶋くんの目には水滴が垂れている。その後白石に告白した僕は青嶋くんに直接報告して、めちゃくちゃイジられた。

「ってかお前さ陸上部かよっ。先生に止められるなんてどんだけ白石のこと好きなんだよ」

「う、うるせーな。青嶋くんだって・・・」

「どうした? 俺の顔になんかついてるか」

青嶋くんは不思議そうな顔をして僕を見る。

僕はふと気づいてしまった。白石が突然亡くなったように、明日生きているから明日に回そうとか考えるべきではなかったんだ。

「なんでもないよ

「うわっ・・・どうしたんだよ篤人アツト!」

僕たちは二人で辛くて苦しい思いをシェアした。

白石を愛した僕と、白石が好きだったテル

輝は茶色の前髪を風になびかせ、僕は親友と一歩だけ進んだ。

白石はいないけど、彼女の文字は残っている。

彼女と再会して二日目、僕と親友は一歩だけ前に歩けたんだ。


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