俺たちの問題ではない

 七


「今日はお疲れさまでした」

 遠野さんが輪の中心で会釈えしゃくする。応じる形で俺や佐倉さんたちも頭を下げる。既に『あいおい星』代表者である清水さんの話は終わり、本日の集まりは解散となった。辺りには帰路につく参加者の姿が見受けられる。

 遠野さんははじめ先生を含む全員の労をねぎらい、拍手で締めくくった。慣れたものだ。中学時代に水泳部部長を務めていただけある。

「じゃあ」

 解散、と遠野さんが口にしようとしたところで、それまで黙っていた基先生が声を上げた。

「今日は自転車でここまで来たのか」

 俺たちは互いに目を見合わせ、順番に答えた。

「はい、そうです」

 と俺が言い、

「うちらはバス〜」

 と朝霧先輩が佐倉さんと顔を合わせながら言い、

「走ってきました」

 と遠野さんが胸を張って言った。

 佐倉さんが目を丸くし、遠野さんへと奇異の眼差しを向ける。当然の反応だ。むしろ、動じない他の面々がおかしいのだ。かく言う俺は既に感覚が麻痺している。

「そうか。ならば、昼食でもどうだろうか。ちょうど昼時だろう」

 腕時計を見る。時刻は午前十一時五十分。確かに空腹を感じる。

「近くに蕎麦屋そばやがある。歩いて行ける距離だ」

「俺は構いません。越渡こえど君はどうだい?」

 拒否権はなさそうだ。遠野さんの目がきらきらと輝いている。俺はうなずいて、

「ぜひ」

 と答えた。

「朝霧先輩と佐倉さんはどうですか?」

「うちらもオッケーだよね、ともりん?」

「はい。あ、でも、バスの時間確認しておかないと」

「二人さえ良ければ送ってゆこう」

花緑かろく先生太っ腹〜。じゃあ、よろしくしちゃお〜」

 基先生が遠野さんへと目配せする。その意図を察知し、遠野さんは首を横に振った。

「走って帰ります。今日は絶好のランニング日和ですから」

「承知した」

 基先生が先導し、それに朝霧先輩と佐倉さんが続く。俺は遠野さんと肩を並べて二人に続いた。

「基先生、社会奉仕部が続いて嬉しいんだな」

「そうなのでしょうか」

「浮かれているじゃないか」

 俺にはそう見えないけれど。遠野さんの視線に釣られ、基先生の背中を凝視する。不意に振り返られ、基先生と目が合ってしまった。やはり射竦いすくめられるような鋭い眼差しにはいまだに慣れない。

「大丈夫ですよ。家内にスペアキーを頼みましたから」

 不意に快活な声が聞こえてきた。仲田さんの声だ。声音に反して、何か問題が起きたような口ぶりだ。俺は視線だけ声の主へと向けた。簡易テントが片付けられている前で、仲田さんが清水さんと何事か話している。

「どうかされましたか?」

 遠野さんが立ち止まり、大声でたずねた。よく通る声だ。仲田さんたちの注意がこちらへと向く。

「遠野君。いやなに、軽トラの鍵が無くなってしまってね」

「鍵が、ですか」

 遠野さんはあごに手を添え、仲田さんへと歩み寄った。基先生たちが何事かと引き返し、遠野さんの周りに集結する。

「盗まれたということでしょうか」

 俺がたずねると、仲田さんは手を大きく横に振った。

大袈裟おおげさだよ。セカンドバッグに入れて、イスの上に置いていたら無くなっちゃったんだ。テントの下だし、関係者以外近寄らないだろうから油断してたよ」

 仲田さんが近くのイスへと視線を向ける。折り畳み式の簡易イスだ。その上にはセカンドバッグが置かれている。あのバッグには見覚えがある。確か栗本さんにゴミ袋を手渡した際、そのそばで見かけた。やはり栗本さんのバッグではなかったようだ。

大事おおごとじゃないですか?」

「いやいや、スペアキーは家にあるし、三十分もすれば家内が届けてくれるから大丈夫だよ。どのみち片付けもそれぐらいかかるし、古い軽トラだからあんまり困っていないよ。金目のものも入っていないしね」

「そうは言うがね仲田君」

 清水さんはなおも食い下がっている。正義感が強く、違法行為を許せないのだろう。

「ともかく、俺は警察沙汰にする気はありませんよ。遠野君たちも余計な心配かけてごめんね。でも、大丈夫だから」

 遠野さんの顔は納得いっていない。けれど、基先生が、

「私たちが首を突っ込む問題ではない。行こう」

 と言って先行すると、遠野さんは大人しく昼食へと向かった。

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