求められたものを差し出すだけ

 六


矢次やつぎさん、はじめさん、そろそろ再開しましょう」

 基先生と同じグループの女性が声を上げた。二十代後半だろうか。栗色のショートカットが陽光に照らされ、とても美しくえている。首から『あいおい星』と書かれた社員証を下げている。

「そうですな。それじゃあ皆さん、また後で会いましょう」

 矢次さんが目を線にして大きく手を振る。俺たちも手を振り、ゴミ拾いを再開した。

「仲田さん」

 基先生たちの姿が見えなくなったところで、遠野さんが声を上げた。先導していた仲田さんが振り返る。

「何ですか?」

「基先生のグループにはどうして『あいおい星』の方が二人いるのでしょうか? 矢次さんともう一人、女性の方がいましたよね?」

 グループ分けは四人一組に『あいおい星』の方が一人加わる。遠野さんの疑問はもっともだ。

「それね。矢次さんが体調不良の子と替わったんだよ。遠野君たちと同じくらいかな? 歩くのが辛そうでね。だけど何かしたいと言うんで、集めたゴミの分別をお願いしたんだ。矢次さんは元々分別係だったからね」

「そうだったんですね。ですが、体調不良の方に任せて問題ないのでしょうか?」

「大丈夫。清水さんが待機しているし、他の担当者も一緒だから」

「それなら安心しました」

 仲田さんが前を向いたところで、俺は遠野さんと肩を並べた。横目を向けると、俺の意図を汲み取り、

「なに、人不足なら力になろうと思っただけさ」

 と言った。

 遠野さんらしい気配りだと思った。


 時刻は十一時三十分。予定よりも遅くなってしまったけれど、俺たちは集合場所へと戻ってきた。基先生のグループは先に戻ってきていた。

「よろしくお願いします」

「はい、ありがとうございます」

 ゴミ袋を渡すと、中年の女性がにっこりと微笑んだ。首から『あいおい星』『栗本雅子くりもとまさこ』と書かれた社員証を下げている。緩いパーマがかかった髪型とエプロンを合わせた姿が母親を想起させる。唯一母親らしくないものと言えば、隣の簡易イスに置かれたセカンドバッグだろう。栗本さんの所有物ではないのかもしれない。

真田さなだ君、これよろしくね」

 真田と呼ばれた方が栗本さんからゴミ袋を受け取り、中身を入念に確認する。帽子を目深に被っているけれど、俺と同年代であることは明らかだ。矢次さんと交代した方に違いない。確かに顔が青白く見える。

「よろしくお願いしまーす」

 朝霧先輩がゴミ袋を渡すと、栗本さんは真田さんとは別の方に袋を渡した。すらっとした長身の女性で、社員証には『あいおい星』『朱田椿あけたつばき』と書かれている。どうやらゴミ袋の種類ごとに担当を分けているようだ。ミスを少なくするための工夫だろう。

「ありがとうございました。こちらをお受け取りください」

 ゴミ袋を渡した旨を伝えると、『あいおい星』の方からスポーツドリンクとスティック状の栄養補助食品が配られた。

美味うま美味うまい」

 受け取って早々、遠野さんは栄養補助食品にかぶりついていた。代謝が良いのだろう。汗が滲む顔でスポーツドリンクを飲む姿はとても様になっている。

「生き返るな」

「お疲れさまでした」

越渡こえど君もお疲れ」

 遠野さんが左手を上げる。人付き合いは、広く、浅く、ほどほどに。その信条が頭をよぎり、俺は逡巡しゅんじゅんした。しかし、佐倉さんや朝霧先輩の視線が突き刺さり、俺は遠野さんのハイタッチに応じた。続けて、写真部の二人ともハイタッチを交わす。

「おお、売り物みたいだな」

 佐倉さんが持つデジカメの画面をのぞき込み、遠野さんはうなった。画面にはゴミ拾いに勤しむ俺たちの姿が写されている。光の向きや影を意識した画角は見事と言わざるを得ない。城南川が天の川のようにきらめき、青々とした草木からは生命の息吹いぶきを感じられる。遠野さんが唸る理由もよくわかる。

「とても綺麗に撮れていますね。佐倉さんにお願いして正解でした」

 俺の台詞に佐倉さんは照れたようで顔を弛緩しかんさせた。

「いい写真だね。カメラが好きなのかい?」

 気付くと矢次さんも画面を覗き込んでいた。他にも栗本さんをはじめとした分別係の面々もそろっている。フローラルな香りが漂わせているのは朱田さんだろう。

「はい、写真部なんです。今日は先輩と一緒にボランティア活動の写真を撮りに来たんです」

 佐倉さんはうなずいて、朝霧先輩へと目を向けた。視線に気付いた朝霧先輩が口にしていたペットボトルのキャップを締め、一眼レフカメラを矢次さんへと差し出す。

「見ますか〜?」

 朝霧先輩の一眼レフカメラはどうやらデジタル式のようで、佐倉さんのデジカメと同じように画面に撮影した写真が表示されている。

 佐倉さんの写真も素晴らしかったけれど、朝霧先輩の写真は圧巻と言わざるを得なかった。素人目にも惜しい部分が見当たらないのだ。写っている人の感情まで読み取れるようだ。

「これ、捨てたんですか?」

 朝霧先輩の写真を見て、真田さんが目を丸くした。指を差しているのは金属製のオイルライターだ。確か佐倉さんがブランド物と言っていたものだ。

「はい。うちは知らなかったんですけど、ライターって不燃じゃなくて危険ゴミなんですね。袋を間違えるところでしたよ〜」

「確かに意識しないとわかりませんよね」

 真田さんは苦笑した。分別係からすれば、朝霧先輩の勘違いは信じられないものなのだろう。あるいは、自分も分別係となって初めて知ったことなので、共感を覚えているのかもしれない。

「あらやだ」

 分別係の栗本さんもまた朝霧先輩の写真を見て、目を丸くした。どうやら俺たちの親世代には馴染み深い代物のようだ。一方、朱田さんはブランド物だと認識していないようできょとんとしている。

「これはね」

 栗本さんが朱田さんに早口で説明する。聞き終えるなり、朱田さんは目を丸くし、口元に手を当てた。

「捨ててしまっていいんですか? 貴重品は警察に届けると清水さんが」

「いいのよ。ブランド物と言っても、ヴィンテージならまだしもこれは安物みたいだから。うちの主人も同じような物を持ってるけど、大した値段にならないわよ。なのに、『大切な思い出だから』とか言って押入れの奥に仕舞っちゃって」

「そうなんですか」

「大体、ゴミ袋の中から探すなんて無理でしょ」

「それもそうですね」

 栗本さんたちは笑い声を上げた。同じ『あいおい星』である栗本さんと朱田さんはともかく、真田さんが二人と仲良くしていることは意外だった。半日にも満たない時間で仲良くなったのだろうか。コミュニケーション能力は体調不良に左右されないことを実感した。

「皆さん、本日はありがとうございました」

 どうやら参加者が全員戻ってきたようだ。『あいおい星』代表者の清水さんが簡易テントの前で声を上げた。にぎわいつつあった辺り一帯が瞬時に静まり返る。

「これで終わりか」

 清水さんが話す中、隣では遠野さんがしみじみと感慨にふけっていた。

「充実した時間はあっという間ですね」

「越渡君も満足してくれたかい?」

「はい。少し名残惜しい気もします」

「同感だな」

 遠野さんがからからと笑う。求められた台詞を返すことに後ろ暗さは抱かない。けれど、遠野さんにはそれすら見透かされているように感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る