協調性を重んじて

 五


「それにしても、拾っても拾ってもゴミが減りませんなあ」

 矢次さんが通ってきた道を振り返り、しみじみと言う。

「こうして自然環境を守ろうとする若人わこうどがいる一方で、それを壊そうのする人間がいるとは、実になげかわしいことですよ」

「確かに意図的なものを感じますね」

 遠野さんが同意しながら、足元のゴミを拾い上げた。それは、しかしゴミと呼ぶには気が引けるほど高価そうな金属製のオイルライターだった。

「ブランド物だね」

 佐倉さんが横からひょいっと顔を割り込ませ、ライターをのぞき見た。

「わかるのかい?」

「お父さんが同じの持ってるんだ。不燃ゴミかな?」

 佐倉さんが俺の持つゴミ袋を指し示す。俺は首を横に振り、朝霧先輩に注意を向ける。

「危険ゴミですよ。朝霧先輩が持つその他の袋に入れましょう」

「はいはーい。入れちゃって〜」

 遠野さんが朝霧先輩が持つゴミ袋へとオイルライターを入れる。

「意図的とはどういう意味ですかな?」

 矢次さんが首を傾げる。遠野さんは改まった様子で、

「捨てようと思わなければ、空き缶や花火の残骸ざんがいは捨てられないということですよ。持ち帰り忘れるようなものでもないでしょう?」

 と答えた。

「さっきのライターは落とし物かもしれませんがね」

「なるほどなあ。よく考えてますわ」

 矢次さんがはじめ先生を横目に見る。先生はどこか誇らしげに見えた。

「じゃあ質問ついでに。ポイ捨てする人の考え方はわかりますかな? 例えば、城南川は花火スポットとして年中利用されてますけど、ゴミを持ち帰らずに捨てる人が多いんですわ。中にはバケツやライターなんかも放置する人もいるようで」

 矢次さんが朝霧先輩が持つゴミ袋に視線を下ろす。先ほどのオイルライターがそうだと言っているのだろう。

 ポイ捨てする人の気持ち。換言かんげんすれば、ポイ捨てを良しとする人の気持ちだ。

 遠野さんはあごに手を添え、視線を宙に彷徨さまよわせる。

「性格の問題ではないでしょうか。ゴミを持ち帰るのがめんどくさい、自然環境がどうなろうと構わない、そもそも何も考えていない、など。ポイ捨てを自分の中で正当化しているのでしょう。仮にここが私有地だったら捨てないはずです。自分に害がないからできるのだと思います」

「一理ありますな。さて、それじゃあ」

 矢次さんが俺たちをぐるりと見回す。まるで次の回答者を値踏みしているかのようだ。佐倉さんの視線が自然と矢次さんから逸れてゆく。

越渡こえどさん、意見を聞いてもよろしいですかな?」

 指名されたことよりも名前を知られていたことに驚いた。基先生から聞いていたのだろうか。

 周囲の視線が俺に集中する。大変居心地が悪い。俺は緊張を表情に出さないよう愛想笑いを浮かべる。

 俺も遠野さんと同意見だ。ポイ捨てを良しとする最大の原因は人間性の問題だと思う。けれど、矢次さんが求めているのは別の角度からの意見だろう。ならば、俺はそれに応えなければならない。

 俺は数秒ほど悩み、

「協調性の問題ではないでしょうか」

 と言った。

「ほほう?」

 矢次さんの目が細められた。試されているかのような心地だ。

「『周りが持ち帰らないから持ち帰らない』『ここで持ち帰ろうとすると白い目で見られるんじゃないか』など、協調性を重視するあまり、意図しない行動を強いられているのかもしれません」

「なるほどね。越渡君らしいよ」

 相槌あいずちを打ったのは遠野さんだった。俺はぺこりと会釈えしゃくする。抽象的だっただろうか。矢次さんは顎をゆっくりとさすっている。

「二人ともありがとう。これだけしっかりした若人がいれば、三ツ谷市のこれからは安泰ですな。基先生、良い生徒をもったようで」

 矢次さんが豪快に笑う。お眼鏡に適ったようだ。俺と遠野さんは軽く頭を下げる。基先生も、

「恐縮です」

 と言って、頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る