絶好の撮影日和

 四


 担当エリアである城南橋の中央までやって来ると、橋のたもとは豆粒のように見えた。既に十五分ほど歩いたと思う。

 道中にもゴミ拾いは行われた。可燃ゴミのゴミ袋を遠野さんが、不燃ゴミを俺が、そしてその他を朝霧先輩が担当した。

「あたしが持ちます!」

 ゴミ袋係に立候補した佐倉さんだったけれど、朝霧先輩は仲田さんからゴミ袋を受け取って、

「いいのいいの。雑用なんて先輩に任せて、ともりんはどんどん写真撮っちゃって~」

 と言った。佐倉さんは恐縮した面持ちだったけれど、その反面とても嬉しそうでもあった。佐倉さんは心から写真を撮ることが好きなのだろう。

「佐倉さん、大丈夫かい?」

「え、うん! ダイジョブ!」

 佐倉さんは愛想の良い笑みを浮かべた。それが作り物であることは誰の目にも明らかだ。

 遠野さんが心配するのも当然だ。橋の中央は手入れが行き届いておらず、背の高い草木が多い。俺たちは問題ないけれど、佐倉さんはゴミ拾いにも写真部としての活動にも手こずっているようだった。

「花火のゴミが多いね〜」

 一方、朝霧先輩は俺と同じくらいの背丈があり、女性としては背が高い。おかげで苦労せずゴミ拾いと写真撮影を両立している。朝霧先輩がゴミ袋係を引き受けたのは、佐倉さんを気遣ってのことだったのだろう。

「お、いいね〜。ともりんはいい表情かお撮るのが上手いね〜。ただ、これだと背景が目立っちゃってるから――」

 それでも、朝霧先輩は佐倉さんに妥協の台詞をかけることはなかった。佐倉さんもまた弱音を上げず、朝霧先輩に助言を求めてはシャッターを切っている。とても良い関係性のように思えた。

「俺たちも負けていられないね」

 俺と肩を並べ、遠野さんが横目を向けてくる。

「ボランティアに勝ち負けなどありませんよ」

「知ってるさ。だが、社会奉仕部としては他部に遅れをとるわけにはいかないだろう?」

 元運動部らしい発想だ。遠野さんは中学時代に水泳で良い成績を残している。こういう負けず嫌いな性格が功を奏したのだろう。

「遠野さんはボランティア活動にも全力なんですね」

「そう見えるかい?」

「はい。競技の一種というわけですか。感心します」

 遠野さんは参った様子で肩をすくめた。一瞬顔が強張ったように見えたので、俺は足元に落ちている煙草たばこの吸いがらを拾い上げ、

「部長の指標に付き添いますよ」

 と言いつくろい、遠野さんが持つゴミ袋の中へと入れた。

「副部長ですから」

「悪いねえ」

 遠野さんがにやりと笑う。つられて笑ってみたけれど、足元の空き缶に注意を向けていたから気付かれることはなかっただろう。


 清水さんの言葉を借りるならば、本日は絶好の撮影日和だ。青々とした草木に太陽が照りつけ、瑞々みずみずしい輝きを放っている。苦戦している佐倉さんには悪いけれど、俺はこういった自然の中を悠々ゆうゆうと歩くのが結構好きだ。

 グループごとに清掃エリアを分担しているけれど、はっきりとした境界はないので、他のグループとすれ違うことも間々あった。挨拶あいさつを交わすけれど、帽子を目深に被っている方も多く、表情が読めない。顔見知りがいたとしても、声音だけでは判別できないだろう。

 それでも、他グループの中で唯一知っている人物と遭遇した。

はじめ先生、奇遇ですね。調子はどうですか?」

 遠野さんが基先生へと手を上げてみせる。眩しさに目を細め、基先生は、

「順調だ。そちらはどうだ。抜かりはないか」

 と応じた。

 遠野さんはすかさずさわやかな笑みを浮かべる。

「練習の成果を出せました。これもひとえに先生のご指導の賜物たまものです」

 さすがに持ち上げ過ぎだと思ったけれど、当人は満更でもなさそうだ。表情には出していないけれど、腕組みした指の先がとんとんと軽快なリズムを刻んでいる。

「基先生、怒ってる?」

 俺に耳打ちしてきたのは佐倉さんだ。無表情に腕組みしていれば、確かに怒っているように見えるかもしれない。俺は首を小さく振って、

「喜んでますよ」

 と短く答えた。

 佐倉さんは目を丸くしていたけれど、基先生と遠野さんを交互に眺め、やがてに落ちた様子で相好そうごうを崩した。

「やや、こちらが基さんの教え子の生徒さんですかな?」

 基先生の後ろから五十代と思しき長身の男性が会話に割り込んできた。先生と同じグループの方だろう。『あいおい星』『矢次七都やつぎななと』と書かれた社員証を首から下げている。

「はい、三ツ谷高校一年、社会奉仕部部長の遠野讓とおのゆずるです。先生にはいつも厳しく、丁寧にご指導いただいています」

「ははー! できた生徒さんですなあ! いやはや、僕のせがれにも爪のあかせんじて飲ませてやりたいですわ!」

 矢次さんが豪快に笑う。社交辞令なのだろうけれど、大袈裟おおげさな気もする。顔の印象に引きずられているのかもしれない。面長で顔のパーツが中心に寄っているせいか、胡散臭うさんくさい印象を受けるのだ。先入観は捨てよう。

花緑かろく先生、うちらのこと何か言ってましたか〜?」

 朝霧先輩が口を開くと、基先生はぎろりとにらんだ。虎をも射抜いぬく眼光だけれど、飄々ひょうひょうとした朝霧先輩には全く効いていない。

「残念ながらお嬢さん方のことは何も言ってませんでしたなあ。ただ、社会奉仕部の二人は経験が浅いながらも熱意があると褒めてましたよ」

 口をへの字にする基先生を見て、矢次さんは頭をでて、

「失敬。本人には秘密でしたな」

 と声を潜めた。

 そんなに隠すような内容ではないと思うけれど、先生は知られたくなかったようだ。とりあえず俺と遠野さんは先生へとこうべを垂れる。先生は黙って顔を背けた。

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