頼もしい助っ人

 二

 

 俺たち三ツ谷高校社会奉仕部は、ボランティア活動の一環として城南川の清掃ボランティアに参加した。発案者は部長兼クラスメイトである遠野さん。水泳部時代のジャージに身を包んでおり、服の上からでも逆三角形の身体つきがよくわかる。現役時代と遜色そんしょくない。

 顧問教師であるはじめ先生も引率している。白のTシャツにデニムという、休日の父親を思わせる格好だ。けれど、俺の父親とは決定的に人相が異なる。怖いというよりもいかめしい。怒っていないのだけれど、目が細く、不機嫌そうに見える。オールバックという髪型もそれに拍車をかけている。

 そして、本日は社会奉仕部以外に二人のメンバーが参加している。三ツ谷高校写真部の佐倉さんと朝霧先輩だ。

「佐倉さん、その格好でいいのかい?」

 遠野さんからの問いかけに、佐倉さんは大きな瞳をしばたたかせた。七分丈のパンツに緩いパーカーを合わせ、首からはデジカメを下げている。

「おかしいかな? 動きやすくて汚れてもいい服を選んでみたんだけど」

「似合ってるさ。だからこそ、確認したんだよ」

 佐倉さんが嬉々として目を細める。顔に出やすい人だ。隣で朝霧先輩がニヤニヤと遠野さんを見つめている。

「色男、口がうまいね~。ともりん、こーゆーのに騙されちゃいけんよ?」

 朝霧先輩と同時に佐倉さんも笑う。『ともりん』とは佐倉さんのことだ。下の名前である『灯涼ともり』からとっているのだろう。

「朝霧先輩こそ、その格好でいいんですか?」

「いいのいいの。部屋着みたいなものだから」

 朝霧先輩がその場でくるりと一回転する。短パンにスタジャン、首からは一眼レフカメラを下げ、円を描くように黒髪おさげがひらりと舞う。朝霧先輩を構成するどの要素にも関連性が感じられないものの、不思議と一つのファッションとして成立している。

「今日はよろしくお願いします」

 俺が口火を切ると、遠野さんもそれにならい、軽く会釈えしゃくした。

「いい写真をよろしく頼みます」

 佐倉さんは照れたように両手を振り、朝霧先輩は指でOKマークを示した。


 話は数日前にさかのぼる。社会奉仕部の部室で遠野さんが発案したことがきっかけだ。

「写真部に活動写真を撮ってもらおう」

「活動日誌に残すためでしょうか」

「それもある。が、一番は勧誘のためだな。新聞部に取り上げてもらって、勧誘の一助としたい」

 今のところ社会奉仕部は俺と遠野さん、そして顧問である基先生の三人だ。五月にも入り、各部活が本格的に活動を始めてきた今、部員を増やして活動の幅を広げたいのだろう。

「須田さんに頼むのでしょうか」

 須田さんとは同じクラスにいる新聞部の男子生徒だ。俺の後ろの席でよく話をしている。

「ああ。話はつけてあるんだ」

手際てぎわがいいですね」

「よせやい」

 遠野さんが照れた様子で顔を逸らす。演技かと思ったけれど、その横顔は確かに弛緩しかんしている。

「事情はわかりました。ですが、休み中の活動です。俺たちで撮るわけにはいかないのでしょうか」

 清掃ボランティアは五月の第二日曜日に行われる。写真部は土日に部活がないので、休日を返上してもらう必要がある。

「撮りたくても撮れないのさ」

「デジカメならあったと思いますが」

 パソコンの前から離れ、備品棚をあさる。二人きりでいると、話すこともすぐに尽きる。そういう時には部室内を物色したりしているのだ。確か先日、備品棚の中に旧機種のデジカメを見つけた気がする。

「ありました」

 ほら、と言って差し出したデジカメを遠野さんはひょいっと持ち上げた。電源ボタンを長押しし、黒い画面を俺へと向ける。

「壊しちまったんだ。メカは苦手でね」

 どうすればわずか数日でデジカメを機能停止に追い込めるのだろう。デジカメから顔を上げると、遠野さんの参った顔が目に入った。そんな顔されると、こちらが参ってしまう。

「なら、写真部からデジカメを借りるのはどうでしょう」

「秒で壊すような人間にデジカメを貸すと思うかい?」

「思いません」

 前科を隠せば貸してくれるだろうけれど、それだと騙しているようで後ろめたい。なるほど、遠野さんは次から気を付けるのではなく、次も壊す前提で考えているのか。清々しい限りだ。

「それに、社会奉仕部全体の活動を撮影するなら、第三者に頼んだほうがいいだろう? 俺も越渡こえど君もはじめ先生も、清掃活動がメインになるわけだからな」

「言えてますね」

 というわけで、俺たち社会奉仕部は写真部の二人をボランティア活動に招いた次第だ。顔見知りということもあって、佐倉さんと朝霧先輩が立候補してくれた。

「激写してあげるよ~」

 朝霧先輩の台詞は心強かったけれど、『激写』と言われると、後ろ暗いことなどないのに不思議とドキッとしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る