第54話 野宿 夜中にて。

 焚火を囲みそれぞれ持ち寄った食材で夕食を済ませた一行は、リリーを除き夢の中へと入っていた。


 人によって寝相が異なり、寝る姿勢も異なる。


 ハルは持ち運び可能な冒険者用の寝袋に包まり、すぅーすぅーと寝息を立てながら寝ている。


 夕食を食べた後、彼はすぐに睡魔が押し寄せ、身に任せるように眠りについた。遠征2日目にして相当疲れが溜まっていたのだろう。その寝顔はとても気持ちよさそうで、宿で寝ているときと変わらない寝相をしている。


 一方でマリーはというと、鞘を軸にして前かがみに座り込み瞼を閉じている。


 深い眠りにつくことは難しい体勢ではあるが、奇襲を受けた際にすぐに眠りから覚め戦闘態勢を取れる眠り方である。


 イーチノを守るためどんな状況下でも臨戦態勢がとれるよう培われてきた寝相なのだろう。素人が何の気なしにできるような寝方ではない。訓練された眠り方だ。


 そしてリリーはというと、寝ているふたりの見張りをするため焚火の前に座っていた。


 遠征1日目で採取した天然由来の茶葉をポットで沸かしたお湯に浸し、コップに注いで茶を飲んでいた。


 傭兵の仕事として冒険者の遠征に付き添うことも多い彼女は、野宿の見張り番をさせられることがよくある。傭兵という立場上、雇い主である冒険者には逆らえない。そのため、いくら疲れていようとも見張り番をしろと言われたらしなければならないのだ。


 そういった経験から、彼女は野宿の際にできる暇な時間の潰し方、疲れを残さない過ごし方を心得ていた。傭兵での経験が今活きているのである。加えて、遠征に必要最低限の物の他に、野宿の際に便利なアイテムなども持ち合わせているのだ。


 そのひとつが茶葉からお茶を作る小型のポットである。


 水を入れ下から火で熱することでお湯を沸かすことができるごく一般的な普通のポットを持ち運び用に小さくしたものなのだが、特徴的な点がひとつある。それが、どこでも即席で茶を作れるということ。


 ポットに水を入れる上部の注ぎ口には金網があり、中に向かって大きく窪んでいる。そこに茶の原料となる茶葉を入れ、茶葉が浸るまで水を灌ぐ。そして焚火でお湯を沸かせば茶葉から茶が染み出し、即席で茶を作れるのだ。


 茶葉には疲れを取ってくれる効果がある。眠らずとも疲れを癒せるのだ。加えて冷える夜でも体の中から温まることができ、野宿の見張り番にはもってこいの便利アイテムなのである。


 そういった便利アイテムを駆使して、幾度もなく辛い傭兵業を乗り越えてきた彼女にとって、夜中の見張りなど朝飯前である。ちなみに1日目の見張りもリリーが担当した。


「夜空が綺麗だ」


 茶の入ったコップを片手に、渓谷の隙間から空を見上げる。


 雲ひとつない空には数多くの星が無数に輝いており、夜だというのに暗さを感じさせない。加えて、月夜の明かりがほのかな光を放ちリラックスできる空間を作り出している。


 幻想的で日中には見ることのできない、見張り番の特権だ。


「ふ、ん……。ん……リリー?」


 ふと焚火の方から声が聞こえる。


 振り返ってみると、ハルが目をこすりながら寝袋から体を出し上半身を起こしていた。


「すまん、起こしたか?」


「う……ん、いや……。不思議と目が覚めた……」


 目が覚めたと言いつつもまだ半分寝ぼけているようだ。


 重い瞼をこすり、ぼやける視界でリリーに視線を向ける。


「まだ夜は深い。疲れているのだろう、眠っていていいぞ」


「ありがとう、気を使ってくれて……。でも、リリーは眠らないと……、後で倒れちゃうよ。2日間も見張りをしているんだから、少し寝たらどう……。僕が代わりに見張りをする……から……」


 あくびを噛み殺そうとするが噛み殺せず眠そうである。それでも、リリーのためにと必死に背伸びをしたり、無理やり体を動かしたりしてゆっくりと脳を覚醒させていく。


「私は仕事で何度も見張り番をしてきている。2、3日、寝ないなど慣れっこだ」


「いや、眠ったほうがいいよ。目も冴えてきたし、僕からの恩返しと思って……ね?」


 寝袋から出たハルは立ち上がり、体を大きく動かす。そして、完全に目が覚めたことをアピールすると焚火を囲むように座った。


「ハル……貴様も案外頑固なところがあるな。他人のためなら自分を犠牲にする。なら、その厚意に甘えて少し眠ろう。それと、茶葉を煎じた茶がこのポッドの中に入っている。眠くなったときにでも飲め。疲れが取れる」


 先ほどまでリリーが口を付けていたコップをハルに手渡す。


 中身は空っぽだが、先ほどまで温かい茶が入っていたため、ほんのり温かい。湯たんぽのようだ。


「眠る前に少し話さないか」


「いいけど……何かの相談?」


「何、ちょっとした身の上話だ。師匠としてついてきた以上、私のことを何も知らないのでは信頼に掛ける部分があるかもしれないからな」


「そんな、信頼しているよ。けど、リリーの身の上話なら聞きたいかな。気にならないって言ったらウソになるし」


 その言葉にリリーは焚火の前に座る。そして、自分の過去について語り始めた。

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