第53話 冒険は大変!

 街を出立してからはや2日。


 日が暮れ、あたりが暗くなりこれ以上進むの危険と判断した一行は、野宿するため岩肌の渓谷にできた大きなくぼみを野宿地と定めた。


 野宿地を定めるな否や、ハルは野宿地に向かって布団にダイブするかのように硬い地面へと倒れこんだ。


「はぁー、疲れた……。2日間も歩きっぱなしだし、休んでも疲れが抜けきらないから疲労が溜まる……」


「冒険者というのはそういうものだ。これが生業だからな。数をこなせば慣れる」


「ですが、初日から魔物との戦闘も頻繁にありましたからね。初めての冒険にしては辛いかもしれません」


 この2日間、移動と戦闘の連続でハルの疲労はかなり溜まっている状況だった。修行で鍛え上げた基礎体力があるとはいえ、イレギュラーが多く初めての冒険にしては辛いものがある。


 一方でリリーとマリーはそこそこ余裕がある状態だった。


 リリーは普段から仕事で冒険者とともに遠征をすることが多く、慣れているからだ。1週間の遠征など何度も経験してきていることだろう。


 そしてマリーはというと、冒険者としての経験もなく、遠征経験もほとんどない。しかしイーチノに鍛え上げられた基礎体力と一ノ瀬組で培った無駄のない戦闘能力で体力を消耗しないよう動き、さほど疲弊している様子はみられなかった。


「では、野宿の準備を始めましょうか」


 先ほども述べた通り、今回の野宿地は両サイドが高い岩肌に囲まれた渓谷。その渓谷の片側の壁に大きなくぼみがあり、洞窟とまではいかないが身を隠すことができるほど奥行きがある洞穴だ。


 2日も歩き続ければ景色はがらりと変わる。出立初日は草原や森林など緑に囲まれた場所を通っていた。野宿する場所も草木が生い茂る場所での野宿だったため、地面も柔らかく寝心地もそこそこよかった。しかし2日目からはがらりと景色が変わり、植物がほとんどない岩肌の渓谷を進むようになっていた。地面は硬く歩くたびに靴が磨り減る。


 緑にあふれた草原地帯と比べ岩肌の渓谷は殺風景であり、何の面白みもない。加えて殺風景すぎるがゆえに、魔物と出くわせば身を隠す場所などなく、やり過ごすこともできない。そのためか2日目の魔物との戦闘回数は初日と比べて増え、さらにはより強力な魔物が相手だったため、一層疲労が溜まっていった。


 ハルは考える。


 どのくらいの距離を歩いたのだろうか。街からは相当離れた場所まで来ているのは確かなのだが、目的地まであとどれくらい時間がかかるか分からない。一応地図はあるものの鮮明なものではなく、さらには大雑把にしか距離感が図られていないため、進むべき方角と位置関係しか分からない。


「ねぇ、リリー……。明日にはハルゴ村に着く?」


「正直なところ厳しい。魔物との戦闘も多くイレギュラーが多かったからな、もう2日はかかるとみていたほうがいい」


 その言葉に、ハルは仕方がないと思いつつ大きなため息をつく。


 出立時の予想ではハルゴ村へは歩いて3日ほどで到着するという予想だった。つまり予想通りいけば明日には着くはずだった。しかしイレギュラーが多かったために、もう2日ほどかかるかもしれないとのことらしい。


「ハル、ため息は幸運を逃してしまうためご法度ですよ」


「分かってる。分かってるつもりだけど、ここまで大変だと思わなかったからため息が出ちゃって。自分の見通しの甘さに悔しさを覚えるよ」


 記憶を探る手掛かりとして始めた冒険。しかし、それが予想以上に厳しく辛いものだったことに、ハル自身の覚悟が甘かったことにため息をついているのだ。


「僕ひとりでクエストをこなそうだなんて甘かった。マリーとリリーが付いてきてくれたことに感謝しているよ」


 当初はひとりでクエストをこなそうと生き込んでいた。しかし実際にクエストを遂行してみると予想以上に大変。もし、マリーとリリーが声を掛けてくれなければ悲惨な結果になっていたかもしれない。


 そういった意味では、ほんとうにふたりには恩義を感じているのだ。


「まぁ、そうですね。ひとりでクエストを受けていたら大変なことになっていたかもしれませんね。同行して正解でした」


「ハル、クエストというのは薬草採取などの手軽のものを除いてひとりでこなすようなものではない。クエストを受けたいと思ったらこれからも私を頼れ。そのときは一緒に同行してやる」


 ふたりの優しい心遣いにハルは瞳を潤ませる。疲労が溜まっていることも相まって感情がぐちゃぐちゃである。


 —

 ——

 ———


 野宿の準備が完了し、食事の準備が始まる。今日の当番はリリーだ。


 その間、マリーはハルに歩み寄る。


「ハル、だいぶ疲れが溜まっているようですね」


「まぁね。冒険者ってなかなか大変な職だなって実感しているところ」


「そうですか。なら気晴らしと言っては何ですが、占いをしてみませんか?」


 マリーは笑顔でそう言うと懐からカードの束を取り出す。20枚前後の束だろうか、それなりの分厚さがある。


「占い? マリーって占いができるの?」


「趣味程度ですが、気晴らしにはいいかと」


 マリーはカードを裏返しにして5×4の長方形型に並べていく。


「ハル、直感でいいのでカードを3枚選んでください」


 言われたとおりに、3枚のカードを指さし選ぶ。


 選ばれたカードをマリーは一枚づつゆっくり表にしていく。


 表にされたカードには独特の絵柄が描かれており、それぞれ何かの意味を持つようだ。


「この3枚のカードにはそれぞれ、独立した意味を持っています。そしてそれぞれのカードが3枚集まったとき、独立した意味を持つカードはひとつの大きな意味に変わります」


「なるほど。それで、結果はどんなかんじ?」


「あくまで占いなので参考程度に留めておいてください。まず、あなたには苦難が降りかかると出ています。それも近いうちに。しかしその苦難は、あなただからこそ乗り越えられるもの。そして苦難を乗り越えた先に待っているのは、あなたが望む未来。ですが、その未来を手に入れた先にさらなる苦難が降り注ぎます。この苦難をどう乗り越えるかによってあなたが進むべき道筋が見えてくると出ていますね」


「これからの人生試練続きってことでいいのかな」


「そう捉えてもらって構いません。ですが、あくまで趣味程度の占いですから、暇つぶし程度の娯楽だと思っていてください」


 食事ができたとリリーが声を掛けてくる。短い時間であったが占いという娯楽で暇も潰せたことだし、仲間がいる冒険って楽しいこともあるんだなと実感したハルだった。

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