第40話 絶対に救いたい

 ――カキンッ! ——カキンッ!


 絶え間なく鉄と鉄がぶつかり合う音が、夜のとばりの中で鳴り響く。


 その音が鳴り響くたびに、火花が散り一瞬だけ淡い光を生み出しては儚く散っていく。


「ぐっ! 攻撃速度が速すぎてタイミングが合わない!」


 ハルは素早い攻撃を繰り出すマリーの攻撃を弾こうとするがうまくいかずにいた。


 敵の攻撃を受け弾くことで真価を発揮するハルの弾きスキル。4人がかりでも止めることができないサイコ化したマリーを苦しみから解放する最終手段として勝てる可能性のあるハルが動き出した。


 自らヘイトを買い、攻撃の的になるような動きをしたのだが予想以上の攻撃速度の速さに苦戦を強いられていた。


「マリー! 僕だよ! ハルだよ! 僕たち仲間でしょ! 思い出して!」


 タイミングが合わない原因として攻撃の速さだけが問題ではない。


 マリーのカウンターとも言える攻撃だ。


 正面から攻撃が飛んでくるかと薙ぐ予備動作を見せた途端、目にもとまらぬ速さでハルの死角に回りこみ武器を振り上げているのだ。


 そのたびに。


「フンッ! その動きは想定済みだ!」


 リリーとイーチノの連携攻撃がマリーを襲う。


 ハルの視界の外にマリーが移動した場合は、少し離れて全体の動きを見据えているイーチノとリリーが彼の死角を補うように動く。そうすることで、不意打ちとも言える攻撃を止めることができ、弾きスキルの真価を発揮できるよう集中してもらうことができるからである。


 ふたりの攻撃を前に、マリーはその武器を振り下ろすことなく不規則な動きで移動し各々から距離を取る。その動きは残像が残るほどの素早さで、目で追うことはできない。


「早くマリーの不規則な動きに慣れないと!」


 ハルの正面で距離を保った状態で動きを止めたマリーを前にそう呟く。


 異常とも言える素早い攻撃、瞬時に死角へと動く素早さ、そして不規則な動きがハルに苦戦を強いらせていた。


 攻撃は強か。ヘマをすれば深手を負うという焦りが、ハルを及び腰にしていた。


(いくらか魔力は蓄積しているけど、この量じゃなにもできない。もっと効率よく弾いていかないと!)


 自分を鼓舞するような気持ちを胸に、刀剣を再び構えるハル。それに呼応するようにマリーも柄を握り締め長剣を握り構えた。


「フヒヒ……! コロシテ、コロシテヤル……。タスケ……コロシ……」


 ハルの耳には届かない声量でぶつぶつと何かを言ったかと思えば、突如加速をつけハルに向かって距離を詰めてくる。


 瞬きをする間もない素早さでハルの目と鼻の先に迫ったマリーはすでに武器を構えており、薙ぐ体制を取っていた。


 一歩遅れて、ハルも相手の動きに合わせてどんな攻撃でも弾けるよう刀剣を構えなおす。


 次の攻撃の予測をし刀剣を構えた途端、最初の薙ぎを皮切りに乱舞とも言える猛攻がハルを襲った。


「ぐぅぁぁぁあああああぁ!」


 突如の猛攻にハルは驚きと焦りを覚える。


 それでも無我夢中で刀剣を振り動きを合わせる。しかし、捉えきれない攻撃が多々あり体に少しずつ傷が増えていく。


「なんて無茶苦茶な攻撃なんだ!」


 猛攻に対応すべく刀剣を振るい続けているおかげか、すんでのところで攻撃の軸をずらすことができており、致命傷とはならず1つひとつの傷はかすり傷程度で済んでいる。


 しかし、塵も積もれば山となる。という言葉があるようにかすり傷と言えど、負い続ければ体に大きな負担としてのしかかってくることは間違いない。


 この状況を打破するには、一刻も早くマリーの攻撃に対してタイミングの合った弾きを繰り出すことしかない。


「このおぉぉぉ!」


 戦況は変わらないが、1つだけ朗報があった。


 それはハルの体内に魔力が蓄積し始めているということだった。


 猛攻に合わせて刀剣を振るってはいるが、そのほとんどがタイミングが合っておらず、真価を発揮できていない。


 しかしまれにタイミングが合い、それが魔力蓄積に繋がる弾きとなっている。攻撃される回数が多いがために蓄積に繋がる機会は比例して増えているのだ。


「この状況が続けばいける! マリーを解放することができるッ!」


 勝機が見え始めたハルは強気で狂ったような目つきをしていた。


「グゥゥゥゥァァーー!」


 自信に満ち溢れ絶対に苦しみから解放してやるという勝利への確信が覇気として現れていた。


 その覇気に当てられたマリーは弱気になったか、先ほどまで不気味に口角を上げていた表情が一変、口角が下がり怯えた表情をしていた。


 それでも猛攻の速度は落ちない。


 ハルも負けじと猛攻に対応して刀剣を乱舞させる。



 そして……。



「マリー絶対に苦しみから解放してあげるから!」


 相手を強制的に仰け反らせ大きな隙を作るために必要な魔力が溜まった。


 あとは魔力を刀剣に付与し、弾くだけだ。しかし、猛攻が一向に収まらず魔力を付与する隙が無い。


 そこでハルは吠えるような声を上げる。

 

「リリー! イーチノ!」


 ハルのその言葉を合図に、声を掛けられた2人はマリーに向かって刃を振るう。


 2人の攻撃が当たるすんでのところでマリーは猛攻を止め身を引く。


 イーチノとリリーの援護のおかげで、ハルとマリーの間の距離ができ、刀剣に魔力を付与する時間ができた。


「ハル、頼んだ。マリーの野郎を救ってやってくれ」


「……うん、分かった……」


 イーチノの願いに快諾ともいえない返事をするハル。


 それもそうだろう。これからお世話になった人間を殺そうとするわけなのだから。


 苦虫を嚙み潰したような顔で魔力を刀剣に付与していく。


「ハル、サイコ化を発症した人間を生かそうとするな。殺さねば、被害は拡大する。これは皆を守るためでもあるのだ」


 まだ殺すことに納得しきれていないハルに今度はリリーが声を掛ける。


 言っていることは冷酷でありながら至極当然。


 確かにこのまま放っておけば、他の人間を殺しかねない。彼女を救うため、みんなのために殺すしかないことは分かっていた。


 でも、心の奥底ではどうしても否定してしまう。殺す以外で救える可能性を模索してしまう。優しいハルだからこそ、冷酷な決断を下すことができない。


 それでもやらなくてはいけないのだ。


「マリー……救ってあげるから……」


 これは救うことだと自分に言い聞かせ、一歩を踏み出す。そして様子を伺っているマリーへ向かって魔力を付与した刀剣を構えて間合いを詰めるハル。


 対しマリーはその動きに合わせて、武器を振り上げた。


 そして互いの制空権の中に入ったと同時に、2人の武器が交差する。


 ガキンッ……!


 付与した刀剣がマリーの攻撃を強かに弾き、大きく仰け反らせ隙を作り出す。


 後は、魔力を付与した刀剣で彼女の急所に一撃入れるだけだ。


「ぐぅぅぅ!」


 刀剣の柄を力強く握るたびに自然と溢れ出る涙。短い付き合いだったがよくしてくれた彼女。走馬灯のようによみがえる思い出にどうしても最後の一歩が踏み出せなかった。


 マリーの瞳に視線を向ける。


 驚くことにその薄紫色の瞳には涙が浮かんでいた。


「マリー……?」


 ハルが優しく声を掛ける。答えは返ってこないと思っていたのだが……。


「ハ……ル……、タス……ケテ……ッ」


 今確実にハルに向かって『助けて』と言葉を発した。


 サイコ化して心のコントロールを失っていたと思っていたとしても、まだ自我を保っているところがあるようだった。


「——マリーッ!」


 助けを求めるマリーの言葉を無視できるほどハルは心の強い人間じゃない。


 まだ残ってる自我に語り掛ければ救えるかもしれない。ハルは刀剣を捨て、マリーに向かって正面からタックルし、思いっきり抱き締めた。

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