第39話 殺すしか方法はない 

「イ、イーチノ! マリーはどういう状態なの! 殺すしかないって何!?」


「サイコ化を発症しやがったんだ。冒険者や戦う生活に身を応じている奴らの中には『一線解放』という、いわゆる必殺技のようなものを使える奴がいる。マリーもその1人だ。実際、一線解放は劣勢状態だった戦況を覆したことだってなんどもあるって話があるほど強力なスキルだ。だが、一線解放にはリスクがある。それが『サイコ化の発症』だ」


 


 ——サイコ化。


 一線解放を何度も使い続けることにより突如発症する病。


 必ずしも発症するわけではなく、一定の確率で発症するものだとされている。


 サイコ化を発症するとまず、強制的に一線解放状態が維持され続ける。通常なら魔力切れと同時に一線解放は解除されるのだが、サイコ化した場合は解除されない。そうなるとどうなるか。命を代償に一線解放状態を維持しはじめるのだ。魔力切れ状態での一線解放状態を維持し続けるのはかなりリスクを伴うことであり、寿命が縮むとされている。


 この病の怖いところは一線解放の力を人間を殺すことだけに使うようになるということ。


 一線解放という強力な能力を使い、快楽的に殺人を行う。


 自分の心が制御できず、心の暴走状態となってしまうのだ。


 サイコ化を発症した場合の対処方法。それは殺すこと。


 病ではあるものの、未だにサイコ化発症患者の治癒方法は確立されておらず、これ以上被害を出さないためにも殺すことが唯一の救いとされているのだ。


 しかし、殺すのは容易ではない。一線解放状態にあるがために戦闘能力が非常に高いからだ。戦いの猛者を数人集めた冒険者グループで戦いを挑んでも死者のひとりやふたりは覚悟した方が良いだろう。



 

 ゴルデリック以上に高い実力持った状態のマリー相手に、ハル・イーチノ・ゴルデリック・リリーは複数人で相手すべく戦闘状態に入っていた。


「ワシの一撃で葬ろう! ぬんッ!」


 ゴルデリックはその巨体を活かし、自慢の巨大メイスをマリーの頭上目掛けて振り下ろす。


 しかし、巨体であるぶん動きは鈍く、残像を残すような速さで動くマリーに避けられてしまう。そしてその勢いのまま巨体に向かって飛び上がり一気に間合いを詰めると、腹部に向かって強力な蹴りを一撃入れる。どうんっ! という衝撃波が巨体の甲冑に接触したときと同時に発生し空気を歪ませる。ゴルデリックは数秒間宙に浮いたのち、後方に合った基地の一部を巻き込む形で吹き飛ばされる。


「ゴ、ゴルデリックあんなにやすやすと吹き飛ばすなんて——」


 ゴルデリックとの戦いに苦戦したハルから見れば当然の感想である。蹴り一発でゴルデリックを吹き飛ばしたのだから、実力はゴルデリックをも上回っている状態だと安易に想像できた。


 次に狙われたのはリリー。


 マリーが蹴りを入れた後、着地したときの一瞬の硬直を隙とみて一歩先を読み、彼女の着地予想地点に向かって武器を振りかぶった状態で詰めていた。


 そしてマリーが地に足を付ける。だれしも人は高いところから飛び降りれば、数秒間の硬直が生まれる。それは彼女も同様で着地と同時に硬直が生まれた。そこ狙い、リリーがタイミングよく両刃剣を薙ぐ。


 リリーの戦闘スキルからしてすべてがばっちり。行動・タイミング・先を読む力……すべての歯車がぴったりと合い、完璧な攻撃だと思われた。


「なっ!」


 攻撃が通ると思っていたリリーの薙ぎは空を切り、目の前からマリーの姿は消えていた。


 そしてすでに両刃剣を振り切った状態の彼女の背後で狂気に支配された薄紫髪の戦士は武器を斜め上に振り上げていた。


「くそっ!」


 いち早く殺気に気づいたリリーは、咄嗟の反応で低姿勢になり皮一枚で躱す。と、同時に体を翻し回転切りの要領で両刃剣を薙ぐ。遠心力を乗せスピードとパワーを兼ね備えた備えたカウンター攻撃であるためこの行動を予測できていなければ、避けることはまず難しいだろう。


 しかし、この攻撃すらも避けてしまうのがサイコ化した人間の恐ろしいところ。


 マリーは両刃剣が薙ぐ動作を見せた瞬間に、すでに後方へと素早く移動しており青髪傭兵のカウンター攻撃は空振りに終わった。


 攻撃を予測していたために避けられたというよりかは、攻撃されたから避けたといった感じの避け方だ。尋常な動体視力と次の動きを咄嗟に予測する能力、たとえ次の一手の攻撃が予測できていなくとも、攻撃を避けることが可能なのだろう。


 これでは、不意の一手を放ったとしても確実に当たらない。


 それを証明するかのように、ゴルデリック以外の3人はそれぞれ隙を見つけては攻撃を仕掛けるが、当たらない。


「うちらの攻撃を見てから避けてやがる。はる、うちと傭兵じゃぁ攻撃は当てられねぇ。ゴルデリックすらも倒した手前の『弾き』でなんとかならねぇか?」


 唯一勝てる見込みがあるとすればハルが持つスキル『弾きスキル』だ。


 この攻撃は弾くことで体内に魔力を蓄積させ、一定以上貯まると刀剣に魔力を付与できるようになる。付与した状態で弾けば、相手は強制的に仰け反らせることができ、大きな隙を作り出すことができる。


 サイコ化を発症し、攻撃的なマリーにとって最も相性のいいスキルと言えるかもしれないのだ。


「できるかもしれない。けど、マリーの攻撃が早すぎてタイミングが取れない! 僕の実力で弾ききれるか……」


 弾くにはタイミングが重要となってくる。弾く井タイミングを間違えれば魔力はたまらないし、下手を打てば深手を負ってしまうこともあるだろう。


 まだ、自信がないハルに対してイーチノは優し̪い声音で問いかける。


「ハルはマリーのことをどう思っている?」


「それは大切な仲間だと思っているよ。サイコ化した今でも」


「なら、あいつを苦しみから解き放っちゃくれねぇか。殺してやらねぇと、あいつは苦しみ続ける。それを見続けるのはこちとら辛い。これは一ノ瀬組トップとしてのお願いだ」


 真剣な眼差しでハルの瞳を捉えるイーチノ。


 その態度に、彼はできるかできないじゃない。一ノ瀬組のためにもマリーのためにもやらなくてはいけないと悟った。


「分かったやるよ。苦しんでいるなら、いち早く解放してあげないと……」


 そういうと、ハルはマリ―を見据える。リリーと向き合っており、様子を伺っているようで、互いに一定の距離を保ちながらゆっくり移動している。


 そこへ割り込むようにハルは刀剣を構えると自分にヘイトが向くように、マリーに向かって突撃した。

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