第37話 その兜の下には……

 十分な回復を得られた2人はゴルデリックの私室を出るなり、倒れている巨体の脇に立つ。


 唸り声をあげているところを見るとまだ息はあるようだが、呼吸が浅い。胸部の傷からは絶え間なく血が流れ出している。出血死までそう時間はないだろう。


「本当に倒しちまったんだな。こんな巨人を」


「そうだね。僕も驚いているよ」


 自分よりも数倍大きな体を持つ相手を倒したことにまだ実感が沸かないハル。自分が持つ強さの可能性に喜びと不安を感じていた。


「こいつはやりすぎた。一区画を私物化していた者の末路ってとこだな。こいつが何者なのか、顔を拝むとしようかね」


 ゴルデリックは誰にも正体を明かしていない。体の大きさからして巨人族のひとりとされているが、常に兜を被っているため実際に顔を見た者はおらず何者なのか知る者はいないのだ。


 2人はゴルデリックの頭側へと回る。これだけ体が大きいと各部位に移動するのに多少の時間を要する。


 頭の方へ到着すると、早速兜に手をかけ脱がそうとする。が……。


「お、重い……」


 巨体に合わせて造られた兜は大きく、重い。普通の人間が2人が力を合わせたところで兜を脱がすのは難しいのだ。


 これでは正体を暴くことができない。そう考えていると、ゴルデリックが声を出した。


「……ネズミどもよ……、このワシを倒すとは……ワシの武力も堕ちたものだな……」


 突如声を出したゴルデリックを前に、2人は戦闘態勢を取る。しかし、それはすぐに解かれる。


 ゴルデリックの声はすでにかすり声で、まさしく命の灯が消えようとしているような状況である。これでは立ち上がるどころか体を動かすことすら難しいだろう。


「……冥途の土産にお主たちの名を教えてくれぬか……」


 その質問に答えるべきかどうか、迷うハルだがすぐに答えを出す。命の灯が消えようとしている相手を無下にするほど鬼ではない。


「ハル・フワーロ。冒険者をやっている」


「イーチノだ。これから個々のスラム街を仕切る人間の名前さ」


 ハルに続いてイーチノも快諾するように自身の名を答える。


「フフ……いい名ではないか……ゴフッ……。礼とは言わぬが、冥途のゆく前にお主らに土産を残してやろう……」


「土産……?」


 そういうと、ゴルデリックは痛む体に鞭を打ちながら両腕を自身の頭部を掴み、ゆっくりと兜を取り外す。自ら姿を現そうとしている行動に驚きを見せる2人だが、それ以上に兜の下の姿に衝撃を受ける。


「!」


 兜が取り外され顔が露になった刹那、ハルとイーチノは目を見開く。


 兜が外されてまず目に入ったのは肌の色。巨人族とは全く異なる色である緑色だった。そして次に目に入ったのは下あごから生えた2本の長い牙。人間や巨人族には存在しない歯だ。この2つの特徴を目にして、イーチノは声を上げる。


「手前……巨人族じゃなく、オークだったのか!」


 ゴルデリックの正体は巨人族ではなくオークであった。オークは人間並みの知能を持ち、魔物の中でも賢い存在と知られている。その証拠として人と会話が成立している。これ以上の証明は必要ないだろう。


 魔物と知り、イーチノが懐からナイフを取り出す。


 人間と人間の亜種である巨人族以外の種族は魔物として判断され、討伐対象とされている。


 オークも魔物と同類の扱いを受けているため、討伐対象である。つまり敵だ。


「魔物であることを隠すために全身を鎧で固め、顔も見せず誰にも正体を掴ませなかったわけか。人間並みの知能を持つとはいえ、妙な案を考えたもんだ」


 木を隠すなら森の中、人の中に紛れるなら人の中といったところだろうか。人間並みの知能があるとはいえ、ゴルデリックは賢く平凡な人間よりかは高い知能を持っているようである。


 イーチノはゴルデリックの首にナイフを軽くあてがう。


「殺すなら殺すがよい……。ワシの願望はすでに絶たれたのだからな」


 ゴルデリックは深手を負いすでに動けない。首元に当てがったナイフを深く差し込めば、絶命するだろう。そうでなくともこのまま放っておいても出血多量で死ぬのは確実だ。


「イーチノ殺すのは少しだけ待って」


「なんだハル。奴さんの肩でも持つ気かい?」


「そうじゃないけど……。ねぇ、ゴルデリック。1つ教えて。願望って何?」


 ゴルデリックが放った願望という言葉。何か理由があってこの地区を支配していたに違いない。それが気になりハルは質問をする。


「お主も……いち魔物のワシの願望に興味を示すとは変わった人間だな」


 気力のない声で高笑いをするゴルデリック。そのたびに深く傷ついた腹部から血が飛び跳ねる。


「ワシの願望……それは、王都に居る聖騎士団長を殺すことである……」


 その言葉に、イーチノは「あのいけすかねぇ野郎か」と言葉をこぼす。


「その聖騎士団長と何かあったの?」


「ワシの住む村を焼いた人間だ。ワシらは平和に暮らせればよかったものを、あの男はそれを壊したのだ」


「平和だと? 魔物の手前が平和を語るとは笑えない冗談だねぇ」


「ワシらの住んでいた村のオークたちは争いを好まなかった。むしろ平和望んでいたのだ。その証拠に、村の付近にある人間の住む村といろいろな取引をしていたのだ」


「取引?」


「釣った魚と野菜を物々交換したり、焚火に必要な木材を調達したり……他愛のない取引だ。そのおかげか近隣の村とは良い交流関係を築けておったのだ」


 もし彼の話が本当だとするなら、人間・魔物たいの双方から見て異端の存在である。魔物がそのような行動をするなど聞いたことがないからだ。


「ワシの存在は異端そのものであろう。それが原因かは定かではないが突然、王都の聖騎士団長を名乗る男がワシらの村に現れた。そしてワシらの話を聞く間もなく家族を殺し村を焼き払ったのだ」


「でもゴルデリックは生き残ったんだね」


「そうだ……。ワシはまだ小さかったからな。泣きながら逃げ出したものだ」


「それからどうしたの?」


「近隣の村には騎士団がうろついて助けを求められなかったワシは、しばらくさまよった後、人間の死体を見つけた。そのときのワシは丁度人間サイズの防具が入る体の大きさだったからな……。そして正体を隠して冒険者と偽り、小銭を隠しながら旅をした」


 誰だって、家族や故郷を破壊されては気持ちの良いものではない。聞いているだけで胸が苦しくなるような内容だ。


「旅をして、人間に紛れながら過ごし力を付けていった。そして体が大きくなってからは巨人族だと偽り鎧を特注で作ってもらったのだ」


「そうだったんだね。どうしてこの街でブラックファングのボスとして悪さをしようとしたの?」


「武力でこの街を仕切れる存在になりたかったのだ。冒険者たちや衛兵たちを仕切れる存在になり、そして街の総力を挙げて王都に侵攻するつもりだった」


「聖騎士団長を殺すために?」


「そうだ。聖騎士団長は滅多のことがない限り外には出てこない。なぜワシらの村に出向いたのか不明だが、奴をおびき出すには王都侵攻という大罪を犯すしか方法はなかったのだ」


「確かにそうかもしれねぇな。聖騎士団長は滅多の事では動かねぇ男だ。それこそ、王都侵攻なんて大事にならなきゃ姿を現すことはねぇだろうな」


 これが、ゴルデリックの願望だった。


 街の冒険者や衛兵たちを集め、王都侵攻を企てる。そうして姿を現した聖騎士団長を殺すことが彼のやりたかったことだったのだ。


「だがもうよい……。ワシはもうじき死ぬ。家族の元へと行けるのだ……。悔いはない……」


 まるで諦めがついたという顔。これでよかったのだという気持ちを抱きながらゴルデリックは涙を流した。


「ゴルデリックは……それでいいの?」


「良い。ワシら魔物は人間たちにとって害悪の存在。いくら人間に優しくしたところで信頼は得られまい。これ以上生きていても辛い思いをするだけであろう」


 しかし、ハルは食い下がらない。


「いや良くないよ。ゴルデリックは根の優しい魔物だ。悪い人間たちよりも良い魔物の存在だよ」


 そういいハルはとある小瓶を手にゴルデリックの顔の上に乗る。彼の手には緑色の液体が入った瓶、『高濃度ポーション』が握られていた。


「ハル、手前! このオークの話を鵜呑みにする気か! よせ!」


「イーチノ、僕はゴルデリックの話が嘘とは思えない。優しい魔物だと思う。今は魔物は敵だと認知されているけど、ゴルデリックのような優しい魔物がいると認知され始めたら、彼が人間と優しい魔物との橋渡し役になってほしいと思う。だからゴルデリックは生きるべきだ!」


 そういい終えると、ハルはゴルデリックの口の中に高濃度ポーションを流し込んだ。


 みるみると腹部に負った傷が癒えていく。


「ハル! 手前、何考えてやがる! もしまた戦いになればうちらに勝ち目は——」


「もう、そのようなことはせぬ」


 イーチノの言葉を遮るように、ゴルデリックが言葉を紡ぐ。


 傷が癒えたことで体を動かせるようになったゴルデリックは、体を起こしたと思えば正座を̪その場で頭を地に着ける。


「ハル・フワーロ殿! ワシの言葉を信じてくれて感謝する! ワシはもうこの地区でひどいことなどせぬ! 願望は他人を巻き込まない形で叶える!」


 体を丸め頭を地にこすりつけながら、感謝の意を示すゴルデリックはどこか温かみを感じさせる存在であった。人間以上に優しい存在であるゴルデリックという名のオーク。彼を助けたことにハルは悔いを感じていなかった。


 同時に、彼の行動を見ていたイーチノもナイフを懐に仕舞い、ため息を付く。予想外の展開に疲れが出たのだろう。


「ゴルデリック、手前の言葉は本当なんだな?」


「イーチノ殿! ワシの言葉に嘘はない! 信じられぬというのならばこの場でワシの首を掻っ切ってもよい!」


「はぁー。分かった……、分かったよ。だがブラックファングは今すぐ解体しろ。そして、手前とその手下どもは一ノ瀬組の傘下に入れ! それが信じる条件だ」


「分かった。ブラックファングは今日限りで解体、イーチノ殿の言葉に——」


「だが、ひとつ質問させろ! なぜ先代の親友を殺した!」


 忘れかけていたが、イーチノがゴルデリックと相まみえたのには、先代の親友を殺した敵をとるという目的があった。それができなくなった以上、納得のいく理由が彼女には必要だった。


「すまぬ、殺してきた数が多いがためにどの人間なのか見当がつかぬ。もう少し細かい情報を貰えれば思い出せるかもしれぬが……」


「この顔だ! 思い出せ!」


 そういってイーチノが差し出したのは、1枚の紙。その紙には似顔絵が描かれており、しわが目立ち始める年代の男性が描かれている。


「——この者は! 覚えておる! この者は家族を殺した場に居た騎士団の1人だった男だ。だから殺したのだ……。すまぬ……」


「そいつは確かな情報なんだろうな! 手前、適当な情報に流されて殺したんだったんなら本当に――」


「確かな情報である! 何年もかけて手に入れた唯一の情報であったのだ。裏付けもとっておる!」


 一切躊躇することのない迫真の言葉に、イーチノは再びため息を付く。彼女もゴルデリックの言葉に嘘はないと確信的な何かを感じたのだろう。


「そうかい。なら、うちから言うことはねぇ。先に述べた条件だけ飲んでくれるんなら、うちは手前を信じよう」


「その寛大な心に感謝の意を示す! 早速、ワシの部下とイーチノ殿の部下との戦いを止めるべく皆の前で報告をせねば! これ以上互いに死傷者を出したくない」


「そうだな。お互い組織のトップ同士が声を上げれば戦いも止むだろ」


 こうして、ブラックファングと一ノ瀬組の戦いは幕を閉じたのである。

 

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