第36話 決めろ……ヒーロー!
「ぬぅ、小賢しいネズミが! お主を木っ端微塵にするところを邪魔しよってからに」
痛みから回復したゴルデリックが、立ち上がりハルの前に立ちはだかる。
爆発で負傷した右腕は黒く焼き焦げ、黒ずんだ血がぽたぽたと流れ出ている。しかし、負傷の程度に対して出血量は少なく、相手の行動を制限するまでにとどまる程にしかならなかったようだ。
致命傷を与えるには、人間を殺すとときと同様喉を掻っ切るか胸を引き裂くかぐらいしなければならないようである。
「もうネズミなんて呼ばせないよ! 僕はイーチノを傷つけたおまえを許さない!」
「ハッハッハッ! 何を言うかと思えば、戦いに傷はつきものであろう! それに2人がかりでワシに敵わなかったお主らが1人でなにができるというのだ!」
ハルの自信に満ち溢れた言葉を笑い飛ばすゴルデリック。
しかしこの巨体は知らない。ハルの本当の力を。
「哀れな自信に満ち溢れながら死ねい! ネズミが! その顔が分からなくなるほど木っ端微塵にしてくれるわぁ!」
刹那、ゴルデリックはメイスを振り上げそして勢いのまま振り下ろす。全体重を乗せ本当に木っ端微塵にするかのように。
隕石が降ってくるかのように迫るメイス。
しかしハルはその場を動かず、ただ刀剣を構えている。何かを待つかのように。
そして、メイスが目の前まで迫ったとき……。
「……っ! 今だ!」
ハルはメイスの動きに合わせて刀剣を振るった。
瞬間、金属音が響き渡る。
しかし何事もなかったかのようにメイスは地面に直撃し砂埃が舞う。
地面はクレーターのように大きくへこみ、直撃した部分を中心に蜘蛛の巣のようなヒビが入っている。
「ハッハッハッハッ! ワシの攻撃を真正面から受け負ったわい。 文字通り木っ端微塵になったわけだなぁ!」
再び高笑いをする。
一部始終を見ていたイーチノは、焦る様子などなく彼を信じて落ち着いた表情をしていた。
まるでハルの状況を見透かしているかのように。
「フンッ……、ハルがそんなんで死ぬかよ……」
彼女が見つめる先に舞う砂埃が薄れていく。同時に、がっしりと二本足を地に着けて立つ人影が姿を現す。
「ぬぅ! あの一撃を……どうやったのだ!?」
砂埃が晴れた後に見えた光景にゴルデリックは驚きを隠せない。
メイスはハルの隣で地面に直撃している。確実に振り下ろしたはずだ。しかしハルの体には傷一つついていない。
何が起きたのかゴルデリックは理解が追い付かず、呆然とする。
「ゴルデリック! そんな貧相な攻撃で僕を倒せるか!」
「こ、小生意気なネズミが! 今のはまぐれだ! 次の一撃で葬ってやろう!」
ゴルデリックに焦りの表情が出る。
ゴルデリックは再びメイスを斜めに振り上げ、イーチノにしたように薙ぐ体制に入る。
振り下ろしてダメなら、横から攻撃すれば確実に当たると思ったからだ。
しかし、ハルは微動だにせず向かってくるメイスに向かって刀剣を構える。
「そんなもので!」
目の前に迫ったメイス。ハルは瞬きすることなくタイミングを見計らい、そして刀剣を振るう。
カキンッ!
刀剣とメイスが火花を散らしぶつかり合う。
巨体に合わせて造られたメイスが有利な状況であるのは誰が見ても明白だ。しかしハルが相手なら状況は変わる。
振るわれた刀剣はメイスの攻撃を弾き、意図も容易く軌道を変え、ハルの頭上を薙いでいった。
「な、なに! ワシのメイスの軌道をネズミの剣で変えただと!」
ハルの持つ武器の何十倍もの大きさのあるメイスで攻撃したにもかかわらず、ゴルデリックから見れば小刀のような刀剣に軌道を変えられてしまった。
この事実に驚きを隠せないゴルデリック。
「ぬぅ、ならばこれならどうだぁ!」
額に血管を浮きだたせながら、メイスを力いっぱいに握りしめる。そして先ほどよりも早いスピードで暴れまわるように振り回す。
刹那、ハルの目にはすべての動きが目で追えるほどにスローモーションに見えていた。
「これは……」
ピンチだからこそ発揮されている能力なのか、彼自身が持つ先天的なセンスなのかは分からない。しかし、チャンスととらえたハルは強気で攻め入る。
案の定、ハルは多方向から迫りくるメイスを連続で弾いていく。幾度も幾度も弾いていく。
そしてついにそのときがきた!
「魔力は溜まった。あとは武器に魔力を注ぎ込むだけ!」
ゴルデリックの攻撃が鈍り始めてきたのを機に、刀剣に魔力を一気に注ぎ込む。
青白く光る刀剣はいつ見ても美しく、どんなものでも切り裂いてくれそうな雰囲気を醸し出しているようだ。
「ぬぅ……いい加減、肉片にならんかぁ!」
ゴルデリック渾身の一撃。力強く振り下ろされるメイス。対しハルは魔力が込められた刀剣を構え、今まで以上にきれいな動きで迫りくるメイスを弾いた。
「ぬぁあにがおきたぁあぁ!」
魔力の込められた刀剣によって弾き返されたゴルデリックは大きく仰け反り、バランスを崩す。
「胴体がガラ空きだ!」
再び刀剣に魔力を注ぎ込む。そして、ゴルデリックの胸元まで力強く飛び跳ねると、刀剣を振るう体制に入る。
「決めやがれ……ヒーロー……ハル・フワーロ! 最高の一撃を見せてやりな!」
イーチノは力いっぱいにそう叫ぶ。
彼女の言葉に答えるかのようにハルは、刀剣を握り締める。
「僕だって人を救える冒険者だ!」
そして、刀剣を振る。
イーチノが読んだ通りゴルデリックの分厚い甲冑を斜めに裂き、さらに肉を深く引き裂いた。同時に裂かれた甲冑の隙間から血しぶきが舞う。
「グガァァアァァ!」
「もういっちょ!」
魔力がまだ余っていると知るや否や再び魔力を刀剣に注ぎ込み、2発目の横薙ぎをお見舞いする。
2発目も1発目と同様、深く傷をえぐった。
「ウガァァァァァァァァァァアァァァァ!」
背中から倒れながらゴルデリックの苦痛の叫びが部屋中を木霊する。最初の威勢の良さなどとうになく、今は深い傷にもがき苦しむ野郎だ。
出血量からして致命傷だろう。放っておけば確実に死ぬ。ゴルデリックはあおむけに倒れたまま苦痛に拉がれ動かない。動けないなのだろう。
「イーチノ!」
ゴルデリックを倒したハルはすぐさまイーチノの元へと駆け寄る。
「よく……やったな、ハル」
「よかった、まだ生きていてくれた。すぐにゴルデリックの私室でポーションを探そう!」
イーチノの傷を刺激しないよう優しくおんぶし、倒れるゴルデリックを避けて玉座の後ろにある扉の前まで移動する。
両開きの鉄製ドアであり非常に重厚で大きく、人間の1人の力では開けるのは難しそうだ。
だからといい、怪我をしているイーチノに手を借りるわけには……と考えていたそのときイーチノは自らハルの背中から降りる。
「ほら、開けるぞ。こんな扉1人じゃあけらんねぇだろ?」
「でも傷が!」
「気にすんな。戦いに傷はつきもの。生きているだけで儲けもんってもんなのさ」
傷を受けた当初よりもいくらか元気になったように見える。ハルが戦いに勝利してくれたことで調子が良くなったのだろう。
ハルはイーチノと共に扉の片方を押し、ゆっくりと扉を動かす。
人ひとり通れるようになったところで、力を緩める。
中に入ると目に入ったのは、巨大な机やベッドなどの日常生活を送るうえで欠かせない家具から、金銀財宝があふれ出る宝箱がおいてあったりした。
「こりゃ、まるで自分たちが小人になっちまったかのように錯覚してしまうもんだ」
「何もかもが大きい。アリになった気分だ」
部屋を散策していると、イーチノが人間サイズのポーチを部屋の角から見つける。
中を開いてみると、高濃度ポーションが数本入っていた。
それを見るや否や、ハルとイーチノは1本ずつ高濃度ポーションを取り出し、一気に飲み干す。
するとすぐに効果が表れ、傷がひどかったイーチノも完全に傷一つないきれいな肌に戻った。
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