第35話 イーチノの気持ち

「あの情けなさそうな青年が、ここまで立派な男だったとはうちも驚きだねぇ」


 座り壁にもたれかかりながらゴルデリックに向かって歩みを進めるハルの背中を見ながらそう呟くイーチノ。


 すでに血まみれで、体の至るところから痛みがあるところを鑑みると骨にヒビや最悪折れていてもおかしくはない状態だろう。


 到底、助力なしでは動ける状態じゃなかった。


 それでも、ハルを助けるべく、気合で放った槍はゴルデリックの一撃を止めることに成功した。


「ハル、責任を感じているのは手前だけじゃねぇ。エサとなりうるような条件をつけてこの戦乱に無理やり巻き込んじまったうちにも責任はある。もしこの戦いで手前が死ぬようなことがあれば、うちも責任を取って自決しよう……」


 イーチノはそう呟くと懐から、短刀を取り出す。


 組織のトップとして関係のない冒険者を巻き込んだ責任は取らねばならない。ましてや、その者が死んでしまったとなったら、自決する以外の選択肢はない。


「うちも、随分と軽い気持ちでハルを誘っちまったもんだ。後悔はしてねぇが、責任は感じてる」


 短刀を握り締め、いつでも刃を自身に向けられるように体制をとる。


「ハル、手前とうちは一心同体だ。手前が死ねば、うちも死ぬ。だがなハル。手前は勝つと信じてる。絶対に勝ってくれることを……」


 勝算なんてものはない。たとえあったとしても数字で表しただけの、科学的な根拠を示しているだけ。


 彼女がと信じている理由は、長年戦いに身を投じてきて培った勘。


 幼いころから培われてきた勘だ。


 たかが勘と思うかもしれない。何事も勝算という数字で科学的根拠を示した方が現実的だと思う人もいるだろう。


 しかし、ときには勘にたよって信じることで思い通りになることが多くあるのだ。


 戦いに身を投じてきたからこその培われた勘。彼女は幼き長でありながら、信じる力の強さやすごさを知っているのだ。

 


 そして、戦いが始まった。


 彼女の目に映るハルの多彩な動きと、ゴルデリックの重厚な攻撃。


「信じてるぞ、ハル!」


 その信じる思いは彼に勇気と幸運を与えるのだった。

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