第32話 組織のトップに必要なもの

「手前がゴルデリックかい。ずいぶんとデカイ図体をしているもんだねぇ。まるで山だ」


 フランシュとの思わぬ取引で手に入れた『高濃度ポーション』。おかげで戦いの傷を癒すことができ、万全な状態へと回復したイーチノとハル。


 回復アイテムなどはすでに使い切ってしまっている。再び傷を負えば、回復する手段はない。だからと言って引き返すことも敵わない状況。


 このままボスのいる間へと歩を進めるしかないのだ。

 

 そして2人は討伐すべき目的の人物、『ゴルデリック』と対面すべく基地の奥にある高さ4メートルはあろうかという赤と黒で塗装された金属扉を開き、ボスの間へと足を踏み入れていた。


 踏み入れたと同時に、目に入ったのは部屋の奥で巨大な玉座に座る全身甲冑に包まれた巨大な体を持つ男。その甲冑には乾いた返り血がいくつも付着しており、多くの人物を屠ってきたことが伺える。


 かなり部屋が大きく、扉から玉座まで距離がかなり離れている。天井もかなり高く4・5メートルはある。部屋全体が大きく、小さな民家ならすっぽりと入ってしまうほど広い。


 ゴルデリックの身長を基準に作られたがために、このような部屋の大きさになったのだろう。普通の人間には不要の間取りだ。


「お主らか、基地内に入り込んだネズミというのは」


 ふてぶてしい態度で玉座に座りながらブラックファングのトップは問いを投げる。


 その声音は低音で威圧感があり、部屋の中をこだまするほどの声量がある。半端な覚悟で彼の前に立とうものなら、その声だけで脂汗を掻き失神してしまうだろう。


「ああそうだ。手前からみたらネズミに見えるかもしれねぇが、うちらからしたら手前は丸々太った豚にしか見えないねぇ」


 相手を苛立たせるように皮肉を言うイーチノ。


 戦いにおいて、最初に冷静さを失った方が負けと言われている。イーチノは相手の感情を揺さぶり怒りを買うことで、冷静さを欠かせる作戦を試みているのだろう。


 すでに、会話が交わされた時点から戦いは始まっているのだ。


「カッカッカッ! 確かにワシから見ればお主らはネズミのように小さく、お主らから見ればワシは豚に見えるか。ハムスターとでも言い表せばよかったか? 汚らしいハムスターどもよ」


 しかしゴルデリックは冷静さを欠くことはなかった。図体と同様、精神も図太いようだ。


 このまま皮肉を言い続けても、冷静さを欠かせることは難しいだろう。


 相手に皮肉を言われて堂々としている、その態度、変わらぬ声音、何一つ出会った時と感情が変わっていないからだ。


 それはイーチノも同じ。どれだけ皮肉を言われようとも動じることはないだろう。


 それが組織のトップを務めるに必要なことでもある。ちょっとやそっとのイレギュラーやトラブルで動じない肝の強さ、相手に皮肉やバカにされたとしても動じない心の強さ。組織のトップを務めるには必要不可欠な要素と言える。


 常に冷静さを保ち、何があっても動じない、部下に的確な指示を出し目的を達成する。組織のトップに立つ者としての重要事項だ。


「一戦交える前に、手前には聞きてぇことがある。なぜ、うちの親父……先代の親友を殺した? 手前の組織に入らなかっただけで殺す必要があるのか?」


 こみ上げる気持ちを抑えつつ、冷静な口調で問いただす。


「誰のことだか知らんなぁ。だが、ワシの命令によりお主の関係者を殺した言うのならば、理由は1つ。この組織には逸材と呼べる人物が山ほどおる。そしてその親友とやらも何かしらの逸材を持った人間だったのであろう。ワシの組織はそんな者を野放しにしておかない。必ず組織に加入させる。しかしその者は誘いを断ったのではないか? 断ったのであれば敵に回ることがあるやもしれぬだろう。組織の害悪となる芽は摘んでおかなくてはな」


「殺した親友すら覚えてない手前が害悪そのものにしか見えないがな」


「当たり前であろう。摘んできた目の数は星の数ほどいるのだからな」


 すでに冷静さを欠き始めているイーチノ。このまま言葉を交わし続ければ、いずれ彼女の心は爆発する。


 しかし彼女よりも早く爆発したのは、怒りの炎を燃やしたハルの方だった。


「組織に敵意を持つ時が来るかもしれないから、入らないから殺す? そんなのあまりにもエゴイストすぎる!」


「エゴイストで何が悪い? 人間、みなエゴイストであろう。ワシは人間の本能を真似たまでよ」


「違う! 人は助け合って生きる人種だ。同じ人なら分かるはずだ!」


 ハルの怒気の籠った声がこだまする。


 普段温厚な彼がここまで怒りを露にしているのには、ハルの優しさが根底にあるからだろう。


 青年が怒りを露にしたのは、イーチノの問いに対してゴルデリックが答えを返した後だ。その答えがハルの『人は助け合う人種』というものを否定していると感じ、加えてイーチノを長年苦しめてきた要因だったからこそ、彼女の代わりに怒りを露にしたのだ。


 戦いの場で冷静さを欠いたほうが負けだ。だからこそイーチノに冷静さを欠いてもらいたくないがために、ハルは彼女の代わりに声を荒げたのだろう。


 代弁とも言えるハルの怒りの咆哮に、イーチノの心の靄が少し晴れていた。


 ふと冷静さを欠かずに済んだイーチノは、ゴルデリックの言葉に引っかかりを覚える。


(人間の本能を真似た? このゴルデリックという男。図体のでかさからして人間の亜種、巨人族だと思っていたが違うってのかい?)


 巨人族は人間の亜種と位置付けられている人種だ。その名の通り体が大きく、一般人の平均的な身長の3倍から5倍はある。


 体の大きさ以外に通常の人間たちとの違いはなく、頭脳や言語、繁殖方法までもが一緒だ。


 しかし、ほとんどの村や町、ファルンといった地方都市までもが、通常の人間サイズで建物が建築されているため、通常の人間と同じ空間で暮らすのは困難とされている。そのため、巨人族には巨人族用の村や町がありそこで人間たちとの交流を行っている。


 もちろん例外として、ゴルデリックのような巨人族が街の中に自分たちが動き回れる住居を作り、そこに拠点を構える者もいる。


 そういった巨人族の特徴や歴史から、ゴルデリックは巨人族の悪党だと思っていたイーチノだったが、彼の『人間の本能を真似た』という言葉に引っかかりを覚えたのだ。


 巨人族は人間と同じ生き物と言っても過言ではない。つまり、同じ人間として認められているのに『真似る』という言葉を使うのはおかしいのだ。


 その言葉からして、自分は人間ではないと言っているかのようにも思える。


(だが、問いただしたところで答えは返ってこないだろうねぇ。まるで生身を隠すかのように全身甲冑で覆っているんだからさ)


 緊張感の漂う雰囲気の中でも、組織のトップであるイーチノは冷静さを保ち、思考する。もちろん、ハルの代弁が彼女の手助けとなったことも事実だ。


「それで、お主たちはワシの首を取りに来たのか?」


「その通りさ。手前のやっていることは極悪非道。手前からスラム街の利権を奪い取って、うちら一ノ瀬組が仕切ることにするのさ」


「お主たちがこのスラム街を仕切ったところで、何も変わらぬ。ワシの首を取るなど時間の無駄」


「なぜそう言い切れる」


「一ノ瀬組、王都のスラム街では治安改善に向け人々から信頼を受けて活躍しているようだが、この街のスラム街は勝手が違う。暴力で支配しなければ、この場を仕切ることは不可能なのだ」


 王都のスラム街にて一ノ瀬組が治安改善に成功した理由は、住人との信頼関係構築にある。


 一ノ瀬組と王都のスラム街の住人とは信頼関係が成り立っている。それを証明しているのが、みかじめ料だ。


 みかじめ料を収めてもらう代わりに、何かトラブルがあれば何かしらの方法で解決する。これが一ノ瀬組の仕事となるわけだが、現状みかじめ料は住人自ら納めているのである。


 どういうことか。


 一ノ瀬組は、強制的にみかじめ料を徴収したりしない。相手がお店を守ってもらう用心棒になってもらいたいと願い出たときに、契約を交わしみかじめ料を徴収するのだ。


 一ノ瀬組を頼ってくれる、つまり信頼関係が出来上がっているということにつながるのだ。


 対し、ブラックファングは用心棒をしてやるからみかじめ料をよこせと強制的にみかじめ料を徴収する。


 加えて、みかじめ料を徴収しているのにも関わらず、ろくな働きをしない。これでは何のためにお金を払っているのか分からない。


 挙句の果てには、何事も脅しや暴力で支配しようとする。お店がみかじめ料を払えないと知れば、危害を加え無理やりにでもみかじめ料を徴収する。


 その結果、スラム街の雰囲気は最悪。集まるのはならず者や風浪者。そして荒くれ者。これでは街の衛兵も自ら出向き問題を解決しに行こうとは思わないだろう。


 そんな状況のファルンのスラム街。


 だからこそ、イーチノは先代の親友が生きたこの街から害悪を駆除してやりたいと強く願うのだ。他の区画から見放されたスラム街が、いつか他の区画と同じくらい居心地の良い場所にするために。


「それは手前のやり方が悪いからとしか言いようがない。うちら一ノ瀬組が仕切ればここの問題は解決する。いや、絶対に解決する」


 多少の怒気を込めて言葉を放つイーチノ。


 ハルもイーチノならこの街の雰囲気がとても良い、住み心地のよい場所に変貌させてくれると信じていた。


「ならば、力づくでワシを止めて見よ。できるものならな。だが、お主たちはワシと戦う前にこやつらに殺されるのだ」


 ゴルデリックの言葉と同時に、柱の陰から2対の兵士が現れる。


 その兵士は全身白銀の甲冑で覆われており、手には全長2メートルはあろうかというランスを装備している。


 兵士たちを前に、ハルとイーチノはすぐに違和感を覚えた。


「こいつら人間味がねぇ。まさかとは思うが、【魔石兵】じゃねぇだろうな」


 目の前に立つ甲冑を着た兵士は、敵を前にしても動じることなく武器を身構えている。しかし、その動作はどこか機械的な雰囲気があり、何よりも人間味の独特の暖かさを感じない。むしろ、冷徹で冷たさを感じてしまう。


 イーチノの問いに、ゴルデリックは笑い声を響かせる。


「ほう、よくぞ見破った。こやつらはワシの言葉に忠実に従ってくれる魔石兵。お主らはこやつらに殺されるのだよ」


 ゴルデリックまであと一歩というところで、魔石兵による妨害が彼らを襲うのだった。

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